これからの目的
血と死体から漂う異臭、そんな時代が終わって早二年、世界は新たな時代に突入しつつも平穏を取り戻しつつあった。例えばヒュレー、戦争で負った傷は復興をある程度果たし、社会経済の混乱も既に回っている。それはテロス国からの賠償金から得た大金だけでなく、テロス国の技術をヒュレーの研究者が分析をしたからだ。一方でテロス国は降伏はしたもののかつて人間国が大敗したような被害というわけではない。特に戦死者の数は比ではないだろう。とはいえ、戦場から生き残ったテロス兵士は複雑な心境だった。生き残ったことによる罪悪感と、むしろ生き残ったからこそ仲間の分まで生きなければならないという責任感と、戦場の記憶が蘇り恐怖心が常にまとわりついた。そんな精神状態から自殺する者が少なからずいた。それは精神が耐えられなかったからと、早く仲間の元へ行こうとした両面からだ。それに、生き延びてもあるのは賠償金という生活苦が生きる者達の希望を奪った。
それでも生きるテロス民達。彼らは何を思うのか。それは自由と独立を求めることだろう。かつて、人々が戦争によって失ったものを今度はテロスは取り戻そうと外交を通じて再び失った信頼を回復させながら、懲罰的なものでなく一国として認めてもらうよう若い者が新たな時代、国難を切り開こうとするだろう。
そして、それをどう受け取るかはヒュレー次第になる。
人間が新たに加わった五種族はようやく本当の和平交渉に挑むのである。
話しはかわり現在、ヒュレー国に長く滞在していたカイリー達は任務を終え、新たな『人間国』へ入国していた。
港からは人間達の活気に溢れ、世界各地で点在していた人間の多くは人間国に来ていた。そのせいか港の街はあっという間に発展し、市場は盛り上がっていた。
その港街から数キロ離れた場所に巨大な壁がある。それは国境の壁で、その向こうにはヒュレー兵達が滞在している。テロス民の多くはそこにいた。因みに『空中都市』はヒュレー国との交渉でヒュレーが管理することになった。その条件は人間国の独立を認めるか否かに関わる為に人間国はそれを了承した。
テロス国では本土での戦争の爪痕がないだけに、経済はAIを失っただけで取り戻しつつあった。ただ、労働力がテロス民になったという変化はあった。それはAIに任せてきたぶん、これからは自分達で考えなければならない。政治も経済も日常生活、例えば結婚相手等。それはテロス民にとって大きな変化となった。導いてもらうのではなく、己で道を切り開かなくてはならない。それは苦痛で大変であっても、『目的』は自分で見つけなければならない。それが意志を持つということでもあるのだろう。
話しは戻りカイリー達は任務の報告に一度本部に行く必要があり、港街で休息がてら準備をしてから首都へ向かう。
任務というのは、ヒュレー国の政治や経済界との情報、それにヒュレーの抱える問題についての調査だった。ヒュレー国は戦争にこそ勝利したものの、無限にあると思われた『資源の宝庫』と呼ばれた土地に陰りが見えていた。今は資源の再利用にテロスの技術を活用している。カイリー達の調査では人間がかつて資源の採掘をしていたこともあってか情報は容易に収集でき、それによるとかなり深刻な状況にあることが分かった。資源によっては貴重なものだと20年分もない。今は資源採掘に制限をかけているのが現状だが、それも解決策とは言えないものだった。
港街にあるリニア駅、そこにカイリー達が改札のない通路を真っ直ぐ進んだ。今は改札無くてもデジタル管理で簡単に自動でどの駅からどれくらい利用したかを人体に埋め込んだチップで管理し、自動で精算口座から引き落とされる仕組みになっていた。
まさに新時代に相応しい技術だ。
「そう言えばテロスはリニアより速い麒麟を扱えるみたいだけど麒麟タクシーとかあったら良くない?」
「レイン天才!」とボニーは褒めた。だが、カイリーは即座に「人間が生身で耐えられる速度じゃないでしょ。人間やめるなら別だけど」と冷静に反論した。
「そうか……でもさ、そんな凄い麒麟が政府には結局その正体を見つけられなかったんだよな?」
そう……それはヒュレー側も調査したが同じだった。未だ麒麟は謎のままだ。なんでもテロスはエルフに麒麟を奪われたの一点張りだった。確かに本土を調べてみても『空中都市』ですら見当たらなかった。
「あれから麒麟も見なくなったし、本当にどこえ消えたのやら」レインはそう言った。
麒麟……カイリーにとっては苦い記憶。弟を殺害したテロスが跨がって現れたあの麒麟の顔を見た自分は恐怖した。あの龍の頭をしたあれが襲いにかかってくるんじゃないかと。
「さぁね……」
麒麟には色々な噂がある。確かなことはテロスが跨る麒麟は本体ではないという話。本体の麒麟は誰も跨がったことがなく、また、跨ることも出来ない。それは強くて凶暴。麒麟は誰も認めようとはしない。そして、麒麟は分身体を生み出す。テロスはそれに跨がっていたに過ぎない。それでも充分麒麟の凄さはあった。実際、ヒュレー国を苦しませたし、人間もあれには恐れた。正直、レジスタンスがAIを攻撃したところで、その機能が消失したとしても、ロボット兵が全て敵になろうと麒麟がロボット兵に敵う筈はないし人間が麒麟に敵う筈はない。だからテロスが最後まで抵抗することはあり得たのだ。だからこそ、麒麟本体はいつから行方不明になったのかが重要になる。AIが管理していたシステムの消失で国中のセキュリティがダウンした。麒麟の行方不明はその後からになる。エルフが本当に関わっているのか?
そのエルフは相変わらずの鎖国状態。エルフの現王は一様協議に加わってはいるが、エルフの森への出入りの制限はそのままだった。
今、最大の謎はエルフだ。人間国もその国の調査は然程進んでいないと聞いているが…… 。
リニアの乗り心地は快適だった。人間国では道路や鉄道などのインフラ強化に力を注いでいる。人間には麒麟がいないのだから当然だ。それでも人間にとってリニアは充分だった。
実際、直ぐに首都に到着しカイリー達はリニアから駅に降りた。
高い天井、広々とした空間、人間の行き交うルートの頭上には広告が映像として流れている。電子パネルも壁もスクリーンがあるわけでもない映像だけが空中で等間隔にあるのだ。
ヒュレーとはまるで違う。
広告は全て人間だ。色んな商品やサービスを紹介しており全て人間向けになる。駅には清掃ロボットが可動しており、床をピカピカに磨いている。
カイリー達はそんな駅から出ると首都を目の当たりにした。
高いビル群が聳え立ち、その中には各省庁の建物が紛れている。
「二年でここまでなるのか!?」レインはそう言って驚愕した。ボニーもメアリーも初めて見る首都を見回している。
「これがテロスの技術力……」
ロボットなら休まず正確に建物を建築出来る。それがここまでとはカイリーも驚いた。
そして、そのビル群の中に私達が向かっていた本部が建っていた。
カイリーは思った。夢が叶ったら私達はこの後どうしようかと。その前にこの国は独立を果たし人間国として出発したが、国は果たしてこれからどこへ向かおうとしているのか。テロスが再び独立を宣言した時、人間国はテロス国とどう対峙するのか。テロスは再び人間国の領土に対し不当を訴えテロス国のものと主張しないだろうか。それは直ぐでなくても、あり得ない話しではない。人間国はだから軍備増強をしているのだから。
果たしてこの平和はいったいいつまで続くのだろうか。カイリーは少しだけ不安を感じていた。