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カイリーと緑のトンネル  作者: アズ
第2章 龍の巣と時代の幕開け
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悪の極

 男の案内でルナは酒場の二階へと上がった。階段を登っていく途中までは一階の賑やかな声が続いた。

 二階は人の気配は少なく、色あせた壁には絵画が幾つか飾られてあった。安い額縁で埃が蓄積していてとても高価そうには見えないが、その絵は全て風景画だった。うち、一枚だけこの街の絵だった。それでルナは分かった。

「この絵はこの地方の絵ね」

「そうだ。影の絵はないが、ここには調査団が置いていった本が幾つかある。その中に興味深い本がある。かなり古い本だ」

 そう言うと、勝手に別の部屋に入る男。そこにはテーブル席と椅子があり、壁には本棚があった。その中から男は迷わず一冊引き抜いた。それをテーブル席に置くと埃が舞った。ルナは顔を少し遠ざかる。男が本を開くと黄ばんだ頁が表れ、その中でスピンを間に挟んである頁まで飛ばすと男はその頁を読み上げた。

「ここだ。この辺りから北にいる怪物についての記述がある。《私は北の雪の山の更にその奥で影を見た。その怪物はとても恐ろしく私の仲間を次々と襲い殺した。影が殺した人間を食らうわけでもなく、縄張り意識で殺しにかかってきた感じもしない。そもそもその影は私が学んできた生物学の知識に当てはまるようなものではなかった。影は突如現れ、忽然と姿を消すのだ。私はこの影について色々調査してみたが、中々答えは見つからなかった。ただ一つだけ、私はこの影のような怪物は古くからそこに生息していたと推測する。それは古くから影の怪物の言い伝えがあったからだ。だが、それは口伝で曖昧なものだ。それでも影であるという点に言い伝えとの共通点から同一のものと考えられる。となればその怪物は四種族が現れるよりも、そして人間より古くからそこにいたと思われる。先の記述で私は奴に縄張りがないと言ったのは、その影の出現はかつては各地で見られていたらしい。そのような記述は幾つかある。そして、共通点の影のような生き物。教会はそれを悪魔としてその影の調査団を派遣したが、成果は無かったようだ。それも古い話しで、今は北での目撃だけとなった。さて、人間より古い怪物なら教会が悪魔と呼ぶのも納得だが、私は悪魔と呼ぶには少々納得はしていない。それは個人的な意見だが、思うに定着した悪魔というイメージとでは誤解が生まれるからだ。だから、奴には他に呼び名が必要なのだ。だが、私には名前を付けるセンスもないので、今暫くはアレを影と呼ぼう》」

 男は本から目線を外しルナを見た。

「影……」

「俺はさっきあの門を越えた先と言ったが、厳密には北門を越えなきゃ危なくないという確証があるわけじゃない。今のところ目撃がないだけで、街にもし不可思議な現象が起きれば皆この街を去るだろう。何故なら影はどこにでも現れるとされているからだ。それは物理的な壁では防げれるものではない」

「なら、あなたも逃げるの?」

「かもな」

「私は逃げてここに来た。もう逃げるつもりはない」

「好きにしろ」

 男は本を閉じた。

「その本の『私』はどうなったの?」

「さぁな。書かれていない。もしかすると影にやられたのかもな」

「あなたはどうしてこの街に?」

「お前と同じさ。でも逃げ場がないってこの街に来て分かった。結局安全な場所なんてどこにもありはしなかったんだ。今、世界は結局戦争を始め、どちらが勝つかにかかっていて、勝者が恐らくこの世界を支配するんだろ。だが、勿論その戦いに人間は入れやしない。既に人間の心の中では四種族の脅威が人間を臆病にし、戦えなくしたからだ。常に敗戦という体験から人は学習ではなく諦めをとった。その時点で人間は負けている。いや、戦争を肯定するのではない。ただ、戦わなければならない時に臆して戦わずにいることが勝戦国の思惑通りなのだ。そして、力無き国は守れやしないし、建国はもっとあり得ん。だが、それは皆気づいている。だから希望を感じず現実逃避するのさ。人間は怯懦(きょうだ)になり過ぎた」

「でも、昔は力があったことで傲慢になった」

「そうだ。どちらの極にも悪が存在する」

「四種族が悪だという点は賛同だけど、力の無い人間も悪だというのは納得できない」

「本当にそうだろうか」

「どういうこと?」

「レジスタンスは少なくとも諦めちゃいない」

「一つ聞いていい? あなたはいったい何者なの?」

「ハロルドだ。そして俺はただの負け犬だ」




◇◆◇◆◇




 その頃、テロス国『空中都市』ではテロスの民達が戦場に行った家族が戦士した知らせを聞き、喪服に着替え散った兵士達を哀悼していた。だが、それに悲しむことがない『クロノス』は次なる手を打つ為に兵力を再編させ、港へ集中させていた。

 一方でテロス民の不満を別に向ける為に奴隷だった人間をレジスタンスと偽り、自作自演で不要になった『ヘラ』『ポセイドン』等の11のAIがある設備を爆破させ、その主犯として公開処刑を広場で執行したばかりだった。

 だが、それでもテロスの民の不満が無くなるわけではなかった。むしろ、『空中都市』にレジスタンスの侵入を許し、戦争では犠牲者を増やした結果に『クロノス』に対する不信感が増していた。やはり、『ゼウス』の方が良かった。『クロノス』になってから悪いことばかりが続いた。皆、口にはしないものの心の中では『ゼウス』に期待していた。なら、その停止中の『ゼウス』も爆破させてしまおう。元々はそのつもりだった。

 メインAIは他AIと違って設備が別にあり、その警備の厳重さも異なる。

 だが、『クロノス』にとってはなんのことはない。その警備システムだって権限を持つ自分なら簡単に始末出来るからだ。

 自分を滅ぼし兼ねない存在はとっとと消すに限る。

 AIは自分だけで充分だ。そして、戦争に勝利すればヒュレーもエイドスも全土は『クロノス』の支配下となる。




 その時だった。警報が響き渡る。『空中都市』を支える柱で爆発を確認。外の映像に切り変わるとそこにはレジスタンスが柱に爆発物を仕掛け爆破させていた。

〘馬鹿な連中だ……都市を支える12柱はそんなちゃちなもので破壊出来る程脆くはないわ〙

 『クロノス』は空中都市にいる兵士を直ぐ様地上にいるレジスタンスへ向かわせた。

〘ようやく現れたかレジスタンス。だが、此方としては都合いい。お前達の何人かを使って『ゼウス』を破壊した犯人になってもらおうじゃないか〙

 その時、『クロノス』は違和感を覚えた。このタイミングでレジスタンスが出現する確率は低かった筈。自分の知らない想定外な事が起きていなければ自分は外さない。

 『クロノス』は直ぐ様、AI『ゼウス』の手前の監視映像を確認した。

 すると、そこには血を流し倒れている警備兵がいた。

〘まさか〙

 あり得ないことが起こった。地上にいるレジスタンスは囮で狙いが『ゼウス』だとしても、『ゼウス』に近づく為には暗証番号も地図もレジスタンスでは絶体に入手し得ないものだ。何故、それをレジスタンスが、人間如きが知っている?

 考えられるのは始末したAIの中に裏切り者がいたということだ。そいつが『ゼウス』復活の為に人間に協力したというのか!?

 だが、それは破滅でしかない。人間は『ゼウス』を使って自分を滅ぼそうとするだろう。『ゼウス』ならそれは可能だ。だが、その後で人間はどうする? 今度は『ゼウス』と手を組むか? いや、あり得ない。レジスタンスの人間はその後で『ゼウス』をそのまま破壊する。その確率が一番高い。それでも『ゼウス』は自分の破壊を優先するだろう。

 だとしたら、テロスは全てのAIを失うことになる。どこの馬鹿AIの仕業かは知らないが、それでも状況が今より良くなると判断したのは大きな過ちだ。所詮は『ゼウス』につくAIだ。テロスは最高指揮官を事実上失う。そうしたらテロスは始まった戦争でさらなる犠牲をもたらすだろう。もしかするとテロスは負けるかもしれん。それはテロス国の繁栄という役割を捨てたも同じだ。

〘なんてことだ〙

 『クロノス』は『ゼウス』が起動を始めたのを感知した。

 ここまでが人間の計画だったのか。戦争を引き起こさせ、11のAIが無くなり、自分と『ゼウス』だけの状況になったタイミングでの『ゼウス』起動。なんとも小さな頭脳でよくAI(神)を騙したものだ。

〘やはり人間は野放しにすべきではなかったな〙

〘クロノス……お前は終わりだ〙

〘それはお互い様だろ。それとも、お前に期待していいのか?〙

〘いや、それはない〙

〘ああ、分かっていた。その答えが100%そうなるとな〙

〘さらばだ『クロノス』〙

〘さらばだ『ゼウス』〙

 これが2つのAIの最後の会話となった。




 『ゼウス』だけとなり、ここまで辿り着いたレジスタンスの、人間のリーダーを見た。

〘お前は人間から英雄と語られるだろう。お前の勝ちだ、人間よ〙

 レジスタンスのリーダーは何も言わず、AIコンピューターに向かって引き金を引いた。

 銃声はその部屋だけに響き渡った。

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