四種族
ルナの一声は次々と他の皆に伝わり、脱出の雰囲気だった。気の早い者たちは皆に合わせることもせず走り出した。それを見た周りはもう作戦が始まったもんだと勘違いしそれに続いた。
「上手くいったみたいね」とルナはその背中を追うわけもなく見届けたあと、私達に向かって「それじゃこっちよ」と言って先頭を走った。そしていきなり曲がり角が現れるなりその角を右へと曲がった。
ルナは逃げる準備として施設の地図を頭の中で密かに作っていた。それは私達より長くここにいたから出来たことだ。
私達はロボットや兵器の部品を保管する大きな部屋を通過した。そこは高い天井に届くまで伸びる棚がずらっと並んでおり、それに沿って天井にはリフトとそれが移動するレールが通っていた。
途中、照明が戻る。予備電力に切り替わったようだ。だが、直ぐに爆発音が響きまた照明が落ちた。
「この建物大丈夫かな?」とレインは心配そうに言った。
「さぁ」とルナは素っ気なく答える。
それから私達は大きな部屋を出ると、直ぐそこに避難用の出入口の扉が見えた。装甲の分厚い扉は電気ではなく内側からのバルブで開けるタイプのようだった。ルナはそれを回しガチャと音がすると、扉は開いた。
装甲ドアを開けた先は外だった。やや冷たい風が吹き、空は青かった。私達は外に出ると遠くで銃声が響いた。
施設では火災による煙が出ており、まだ爆発音も聞こえてくる。
私達は足を止めずに走り、向こうに見えるフェンスを登りそれを越えると、私達は遂に脱走を果たした。
◇◆◇◆◇
数時間後、施設は半壊し消火を終えた頃にはテロスの政府関係者と軍の上層部が視察に来ていた。そんな彼らに現場にあたった二足歩行の人型ロボットは状況を報告する。
〘火は沈下し、現在逃亡した奴隷の一部は捕らえ、残りはまだ捜索しています〙
「追跡装置はどうした?」
〘外されたようで『衛星タコ』からの追跡は出来ませんでした〙
「なんたる失態」
〘申し訳ありません〙
「何人がまだ見つかっていないんだ?」
〘六人です〙
「六人?」
〘はい。六人とも同じ部屋の奴隷です〙
「仲間で上手く逃亡したか。それで、逃亡奴隷は見つかりそうなのか?」
〘電気施設が破壊され、周辺の監視カメラも全て機能を停止していましたので、どちらに向かったかまでは分かっておりません。ただ、施設の倉庫近くの非常口が開けられていたところから逃亡ルートを予測しております〙
「……それは罠だな。我々をそちらに誘導させ無駄足を踏ませるつもりだ」
〘では、それを踏まえて新たな逃亡ルートの〙
「もういい! お前の頭脳じゃまだまだ使えんな! このポンコツ」
〘申し訳ありません〙
「それで、襲撃したのはどこの種族だった?」
〘100%エルフです〙
「それも騙されているな。奴らではない」
〘しかし、お言葉ですがエルフは度々自然の破壊に対し抗議をし、強硬姿勢を見せる態度を何度もとられていました。また、エルフの持つ武器や敵の死体もエルフだと判明しております〙
「エルフの遺体はわざと残されたものだ。もし、エルフの仕業だというなら尚更この奇襲はおかしい。何故こそこそと動く必要がある?」
〘分かりません〙
「我々とエルフをぶつけ戦わせようとする何かがいるということだ、このポンコツめ」
〘申し訳ありません〙
「分かっているのか? ここにいる連中は単なる奴隷ではない。我々が生物兵器の発明として研究したデータそのものだ。それが他の手に渡ってみろ。技術の流出だぞ!」
〘申し訳あ〙
直後、テロスは銃を抜き、目の前にいたロボットに向かって撃ち続けた。ロボットは防弾性ではある為、その程度では破壊出来ない。それはこのテロスも分かっていた。
「黙ってろポンコツが!」
〘……〙
ロボットは命令通りに従った。
ともあれ、ここで起こった事は間違いなく世界全体の均衡に影響する。それは長く続いた平和が途絶えることを意味した。
この世界の平和だった百年。その前は人間の争いが絶えなかった。この世界には信じられている信仰がある。それは何もなかった暗闇の宇宙に歪みが突如現れ、それはやがて穴となり、そこから大地が出現した。その土地で先に神によって誕生された人間達が住んだ。しかし、人間は争いばかりしており、神はそんな人間を見て失敗作と見なし、新たな種族、生命をその大地に誕生させた。それが新たな種族になる。
テロス
ヒュレー
エイドス
エルフ。しかし、エルフは精霊の生まれ変わりと見なされている。この四種族が、人間に勝る種族であり人間にかわって大地を支配する。それは自分達を肯定した信仰だった。故に、どこの土地でも人間の扱いは酷いものだった。神に失敗作と見なされた種族だから特に誰も罪悪感を持つことさえなかった。そして、百年。人間はどんどん他の種族に捕らえられ奴隷として労働を課された。これがお前達の原罪に対する罰であると。
だが、この四種族は中々にクセがあった。傲慢なテロスに閉鎖的なエルフ、その他の種族も色々な属性を持ち合わせていた。この四種族は時々啀み合い仲は良いとは言えなかった。
◇◆◇◆◇
その頃、カイリー達は施設から脱走後廃墟となった炭鉱を横切り、まずはこの街から脱出を目指し歩き続けていた。
「ねぇ、あの炭鉱で大勢の人間が亡くなったのよね」
レインは歩きながらそう言った。
炭鉱での労働は過酷なだけでなく事故も多く、それで大勢が亡くなったという話しなら自分も聞いたことがある。
「炭鉱での労働じゃなくて良かったよ」とレインは言った。すると、ルナが続いて言いだす。
「そういえばこの近くに廃墟となった病院があったわね。事故や病気になった人はその病院に運ばれたみたいよ。といっても設備はほとんどなくて、そこでも大勢が亡くなったようだけど。だからそこには幽霊が出るとか」
それを聞いてボニーが「ギャー!」と悲鳴をあげた。
「まぁ、私達は一旦その廃墟となった病院に向かってるわけだけどね」
「え? なんで? どうしてよ」とレインは驚いてルナに訊いた。その横でメアリーもうん、うん、と頷いている。
「仕方ないでしょ。街に出るにもわざと遠回りしてかないと最短ルートは絶対テロスにマークされてるから避けなきゃいけないし。街を出る前に日が暮れてしまうわ」
「だからってよりにも病院じゃなくたって」
「なら、あんただけ残れば」アンジェリーは冷たくそう言った。アンジェリーは基本ドライな接し方をする。それで何度かレインと揉めたこともあった。レインはレインで空気が読めないというかお喋りなところが静かなアンジェリーにとってはやかましく感じるのだろう。でも、最近はお互い最初の頃よりかは慣れたのか口論も減ってはいた。因みに、アンジェリーはメアリーにだけは優しい態度をとることがあるのを私は密かに知っていた。
「そうはいかないわ」
アンジェリーの発言にルナがそう答える。
「こいつが万が一テロスに捕まって私達のことをべらべらと喋られても困るもの。だからいい? 私達は絶対街を出るまでは団体行動厳守。勝手な行動は私が許さないからね」
ルナがそう言うと、なんだか怖く感じる。
「そういうことなら分かった」とアンジェリーもあっさり認めた。
「でもでも病院はやめようって。幽霊だよ? 他の場所とか探さない?」
「どうやって? あなたこの辺の地理分かるの?」
「いや……」
「私達は脱走の身。もう捕まるわけにはいかないのよ」
捕まることは死を意味するからだ。それは口にしなくても皆も分かっていた。
「そもそも幽霊なんて本当に出るわけ?」とアンジェリー。
「噂程度しか知らないけど、テロスはその病院には近寄ろうともしないぐらいらしい」
「そう……」
私はまさかと思った。あのテロスでさえ幽霊を信じるのか? いや、恐れているとは。
ともあれ、私達は一晩泊まるその廃病院へ向かうことが決まった。
そして暫くして、そのコンクリートの病院が見えてきた。
「うわ……」窓ガラスも幾つか割れたままの荒れ放題の姿を見てレインは一瞬固まった。
「これ、マジのやつじゃん」
メアリーはその横でぶるぶると震えている。
アンジェリーは無反応。
ボニーはレインと手を繋いでいる。
私は幽霊を信じていないのでなんともといった感じだった。
そして、私達は一晩その廃墟の病院にお邪魔した。