『憤怒』がつくりだすは狂気の庭
白虎がやられたという連絡は、無線機によってターキス隊長から一部に伝えられた。その中に色欲の錬金術士も含まれていた。黒の鉄仮面が自らの命を犠牲にして白虎を倒した。戦争というものを考えたら、作戦の成功率をあげる為に誰かが犠牲になることは必然なのかもしれない。だが、それが錬金術士にとっては嫌だった。戦場は命が軽くみられる。なにも戦争の為に生まれてきたわけじゃないんだから。それでも兵士が戦場に向かうのは、テロス国で言えばスコアに影響するからだろう。戦争に行けばスコアはあがり、更に成果をあげればそれに応じてスコアはもっと上がる。そうすれば身分の高いテロス国民になれる。ずっと戦場で戦う必要はない。この作戦が無事終えればあとは優雅な暮らしが待っている。逆に戦場を拒否した者はスコアを落とし身分も立場も危うくなる。その後の人生を人質にとられ戦場に駆り出された兵士は己の欲と国家に逆らえない恐怖心からなるもので、結束力が高いというものではない。対して、我々は国を、大切なものを守るという一致団結した使命がある。
テロス兵には付け入る隙がある。
例えば、テロス兵に降伏を促す。あくまで捕虜として命の保証を約束する。
既に数名は降伏し、テロス兵の中で動揺が起きている。それもそうであろう。いくら麒麟に跨り素早く空を駆けれても、既に白虎でだいぶ騎馬隊に犠牲を出したからだ。だが、その白虎が黒の鉄仮面にやられた今、再びテロスの騎馬隊に勢いが戻りつつあった。
馬の蹄のような足音が近づいてきた。色欲の錬金術士が後ろを振り返ると、そこに麒麟に跨る黒い鉄仮面がいた。
「何故戦わずに逃げた?」
こいつとは今日で二度目になる。最初に会った時は煙玉を放ち一旦退避した。
「そりゃ準備の為さ」
「我々が来ることは想定していたんじゃなかったのか? だいぶ、麒麟を倒す為のトラップが展開されていて騎馬隊は簡単には降りてこれなくなった。あれはお前の仕業だろう錬金術士」
「トラップの場所は『占い師』に任せたけれど、お前達じゃそれも見破れるだろ」
「それで、準備は終えたのか?」
黒の鉄仮面はそう言いながら剣を抜いた。
「ああ」
錬金術士はそうとだけ返事した。
その頃、シモスの植物によって麒麟を殺された別の鉄仮面は剣を抜き襲ってくる意思を持ったツタを次々と斬り倒していく。斬れた断面からツタは色を茶色く変色し、枯れ始め最後は塵となって消えた。
「黒の鉄仮面には近づくな、触れるなという文句があるが、お前が斬ったツタは全部駄目になるようだ」
すると、シモスの背後から地面を突き破って地上へ巨大な植物が顔を出した。それは赤黒い花に巨大な口を持った植物だった。
「『食神植物』」
「神を食らう植物だと?」
「植物に姿を変えれる神がいるのを知っているか? こいつは逆に神によって植物に変えられた元神だ。植物に変えられた『怒り』から神を食らい成長する悪魔の植物と化した。こいつは燃やしても斬ってもそこから種が排出され、その種は太陽の熱でさえ溶かすことが出来ない。僅かな水分で急速に成長することで『食神植物』は何度でも生まれ変わる」
「食人植物や食テロス植物みたいなものだろ」
「こいつは食らった奴の遺伝子を取り込み成長し姿を変える。そして新たな種を生み排出する。それまでの古い種は『食神植物』とならず、新種の植物の種として根をはり、綺麗な花を咲かせる。これ程残酷で美しい生命はないだろ。俺のお気に入りだ」
「だが、触れればそれも枯れる」
「そうだな」
その直後、上からガラスの割れる音と一緒に水が落ちてきて鉄仮面を濡らした。
「なんだ!」
「これは錬金術士が錬金して生み出した『モーリュ薬』だ」
「なにっ!?」
「俺の協力が無ければ奴はこれをつくれなかっただろう。奴に協力するのはこれで二度目だ。その『モーリュ薬』はお前の枯らす能力が一時的に使えなくなる。というわけでお前を食らえるわけだ」
鉄仮面は自分の剣を見た。確かに力が出ないのが伝わる。だが、それでサイコキネシスまで塞がれたわけではない。
「問題ない」
鉄仮面は地面を蹴り走り出すとサイコキネシスを纏った剣で斬撃を放ち、巨大な『食神植物』を真っ二つに割った。
「『憤怒』のシモス、たいしたことないな」
「お前、もう忘れてるぞ」
「?」
真っ二つにした『食神植物』から大量の黒い種がばら撒かれ、地面に次々と落ちる。
「言ったろ、斬ったら種が出るって。出た種は僅かな水分で急速に成長する。物覚えが悪いんじゃないのか鉄仮面野郎。いいか、馬鹿でも分かるよう教えてやる。これから見せるが本当の『憤怒』。凶暴な植物が暴れまわる逃げ場のない無法地帯の庭こそ、俺の殺戮現場だってことをな」
「あぁ……」
自分の手で『食神植物』が次々と出現し、鉄仮面を囲むと、腹を空かせた『食神植物』は鉄仮面へ一気に食らいついた。
◇◆◇◆◇
南はシモスの狂気な庭と化し、付近にいた騎馬隊を巻き込んだ。これで騎馬隊は南から近づくことは出来なくなった。騎馬隊は西側に向かい始める。そこには鉄塔の上から見下ろす黒の鉄仮面とそれを見上げる『人形師』ラファがいた。
「シモスは早速暴れてるようだ。それで敵がこっちに向かっている……全く面倒な」
「途中、騎馬隊の数名が撃ち落とされたのを見た。何もない場所からだ。お前の人形にそんな機能はない筈だ」
鉄仮面はそう言った。
「そうだな。俺の人形にそんな機能はない」
「なら、何故だ」
その時だった。
また、どこからか弾丸が飛び、鉄塔の上にいた麒麟の頭を撃ち抜いた。脱力した麒麟は鉄塔から落ち、鉄仮面は麒麟からなんとか離れるとサイコキネシスで飛び、近くの建物の屋上になんとか着地した。もし、あのまま落ちたら奴の人形に囲まれて一瞬で終わっていただろう。
麒麟は……駄目だ。
その時、鉄仮面の後ろに弾丸がはじかれた。
鉄仮面は急いで頭を下げた。
「そうか。テロス兵の光学迷彩の機能を使ってるな」
「敵が落とした技術を盗まない戦争があるなら教えてもらいたいよ」
「くっ……」
西側に向かってきた騎馬隊が次々と見えない場所から撃ち落とされていく。
「いくら隠れて撃とうが素早く移動できる麒麟を命中させるのは不可能だ」
麒麟に光学迷彩が不要なのはそもそも当てることが不可能であり、敵に伝説の麒麟の姿をむしろ見せることで敵は臆する。それなのに……
「どうなってる!?」
「撃つタイミングと方向は全て『占い師』に自分の人形の操作権を委ねているからさ」
「成る程な」
「あと、そこトラップあるから」
「な!?」
刹那、白い光が鉄仮面を包んだ。
◇◆◇◆◇
北側。色欲の錬金術士は深い溜め息をついた。西側から爆発音が鳴り響き、ターキスが三体の鉄仮面がやられたのを連絡した。ということはつまり……「嫌な予感は当たるもんだよ本当に……お前が本体か」と錬金術士は言った。
鉄仮面は近くにいた騎馬隊に手を向けた。
「アナテマ」
すると、手から黒い霧が現れその騎馬隊を取り込むと、その麒麟が黒くなり、霧を吸い込んだ騎馬隊は姿を変え、黒い霧から鉄の鎧と鉄仮面が現れた。その時点でもうかつてのテロス兵ではない。名も無き黒の鉄仮面兵。それを操り指揮するこいつこそ、テロスの騎馬隊隊長。
「ロデス」
錬金術士はそう呼んだ。