黒の鉄仮面
リング上が激しく揺れ立っていられなくなったボニーはしゃがみリングから落ちないよう堪らえるのに必死だった。空中には砂が舞い上がり、渦をつくり出した。一方、偶然発現した自分の能力をまだ完全にものにしきれておらず、直ぐに氷でどうにかしたくてもどうすれば良いのか具体的に分からなかった。
ここまでかもしれない。敵のエネルゲイアが知れただけでも次の皆に繋げられる。
ボニーはもう一度対戦相手を見た。相手は力を溜めている。もっと大きな力を放つつもりだ。
ボニーは片手をあげ「降参します」と言った。
すると、地揺れはおさまり、砂はリングの上に落ちた。
審判が相手選手に勝利宣言をした後、アナウンスが流れ試合の一時中断が流れた。
観客席からは「今回は多いな。リングの補修は前回は最終日だけだったのに。今回は見所な選手が多いな」「特に初めて見る顔、結構やるな」と言った。
ボニーはリングから離れ控室に戻るとカイリー達がボニーを出迎えた。
「やったじゃん! エネルゲイアが出来るようになったんだ」レインは凄く喜びボニーを褒めた。ボニーは照れながら「でも負けちゃった」と言った。
「気にしなくていいよ。ボニーはよくやったよ」とカイリーは言い、隣にいたメアリーは頷いた。
その後、試合は一時間遅れで始まり、残っていたメアリー、カイリーが出場。対戦相手二人はサイコキネシス使いでなかった為、簡単に勝利し明日の出場が確定した。
◇◆◇◆◇
ヒュレー地下都市の外ではすっかり黄昏時になっていた。雲が多い空から見える夕焼けが待機する兵士達には不気味に感じた。これから、敵が迫ろうとしているのだ。恐らく、昨夜とは違い大規模な戦いになり、大勢が死ぬことになるだろう。その恐怖心がこの時間を特別に感じさせた。
狙撃兵は既に待機中で、地上には七名の元凶悪犯達が持ち場についていた。
色欲の錬金術士は自分の腕時計を見た。『占い師』によればこの後だ。
地平線彼方にある太陽は僅かにだけまだ顔を出していた。だが、それも沈みかけ暗闇が現れようとしている。
各々の覚悟を胸にその時を待ち構えた。
そして、遂に太陽が姿を消すと空は暗闇に没し、空から大群の麒麟とそれに跨る騎馬隊が現れだした。
東の空から、西にも、南、北と順々に現れる。ヒュレーの島を囲むように騎馬隊はある一定の距離で停止する。そして、どこからともなくラッパが吹かれた。対して此方は角笛を鳴らす。
まるで、空から終わりを告げる月に照らされた死神かのような騎馬隊は一斉に出撃を開始、地面を馬が蹴るような地響きは聞こえてこないものの、麒麟の鳴き声が空に響いた。恐ろしい獰猛が鳴いているような声だ。
ターキスは無線機で合図を送る。無数の弾が空に向かってパラパラと音が鳴り響き、全方位から近づく騎馬隊を撃ち落とそうと弾丸の雨が降り注いだ。だが、それで騎馬隊が怯むこともなかった。ターキスは次の段階として暗闇の海、照明を消していたヒュレー艦隊から上空にいる騎馬隊に向け一斉放射、砲撃を行った。
すると、次々と撃たれ命中した騎馬隊は麒麟ごと暗闇の海へと落ち始めた。
それでも突破してきた騎馬隊を地上部隊が迎え撃った。
うち、真っ黒な霧を発生させ赤い目を持った特別な麒麟が四体、ヒュレー地上に侵入した。うち一体は東から廃墟のある中心地に向かって猛スピードで空中をかけていた。
それを司令室にあるモニターで見たターキスは無線機で兵士に「行かせるな! 直ちに撃ち落とせ」と声を張り上げる。その命令に銃弾がそちらに向くが、速すぎて全く命中しなかった。
「このままだと防衛線を突破されるぞ!」
その時だった。横から白い大きな獣が飛び掛かった。それは麒麟の首を鋭い牙が噛み、空中から地上へと落とした。麒麟に乗っていた騎馬兵は振り落とされ、地上に背中から落ち転がった。
麒麟はそのまま白い獣に食い殺され動かなくなった。
振り落とされた黒い鎧の兵士は起き上がり、白い獣を睨んだ。鎧の頭部は鉄仮面を被っている。
白い獣は伝説の生き物、白虎だった。その白虎の背に乗っているのは『調教師』ラリスだった。
「『調教師』ラリスか」
「私を知ってるの?」
「知らぬ者はいない。白虎に跨り大量虐殺を繰り返した凶悪犯」
「白虎は腹を直ぐに空かせるし一日三食じゃ足りなくて。でも、それは無差別じゃない。死んでもいい連中ばかりを狙った」
「ならば善であると?」
「さぁね? あんたはどうだろう。あんたは悪者でしょ? なら、白虎の餌にしても問題ないよね」
西側、そこには錆びついた鉄塔がある。その鉄塔の上に二体目の黒い麒麟がいた。連中の狙いは地上から地下都市に続く入口。そこを待ち構えていた『怠惰』のラファは地上から黒い麒麟に跨る兵士を見上げた。その地上には無数の小さな赤い光が。否、それは目だった。無数の人形兵士である。最初の素材は粘土、そこから『着せ替え』で何の衣装を着せるのかで人形はその姿に相応しい本領を発揮する。例えば兵士のような格好をさせれば、その人形は兵士のように狙撃も剣も扱える。今、まさに人形は銃を構えた兵士である。
一方南では意思を持ったツタがもう一体の黒い麒麟を捕らえ地面へと抑えつけていた。必死にそこから抜け出そうと麒麟は抵抗するが、抵抗すればする程ツタは全身をきつく巻きつけ締め上げていく。そして、首に絡まったツタは麒麟の息の根を閉ざした。
麒麟に跨がっていた兵士は既にツタから脱出し、死んでいく麒麟を見届けていた。その黒い鎧に鉄仮面の兵の背から声が掛かる。
「何故俺みたいなのが『庭師』か教えてやろうか?」
「『憤怒』のシモス……お前に殺された遺体は全てお前の庭の地中にさしずめ埋められたのであろう」
シモスはニヤリと笑った。
「俺の植物の栄養は水と太陽ではない。血と肉だ」
「成る程」
「お前もこれからその栄養になるんだ。見てみろ、植物が飢えているのが分かるか?」
「ああ、分かる。見ずともな」
「何?」
「飢えているのはなにもお前の植物だけじゃない」
「なんだ、お互い血に飢えているのか」
そして北。そこに色欲の錬金術士が現れ黒の麒麟に跨る兵に立ちはだかった。
「『色欲』の錬金術士……」
「テロス騎馬隊の中でもかの四騎士が現れるとはテロスもいよいよ本気ということだね」
「……」
こうして夜の戦争の狼煙があげられることとなる。
だが、その時前線の兵はまだ知らない。テロス国空中都市付近でレジスタンスとの戦いが始まっていることを。