三回戦目(レイン)
試合もここまで勝ち残ると、控室もそれなりに豪華になっていた。控室にはなんとジュースやお菓子のバイキング形式で無料だった。だが、ほとんどの出場選手は目の前のものには目も向けずにコンディションを整えていた。そんなピリピリした空気感の控室で、さっきからレインに目線を向けている奴がいた。そいつは長躯にプラチナブロンド、山羊髭にパイプを加えた長靴の男だった。だからレインもそいつを睨み返した。
あれがレインの次の対戦相手…… 。
その近くには屈強なボディビルダーのような筋肉を持った男、ボニーの対戦相手がいた。ボニーはそれを見て少し不安そうになっていた。だから私はボニーの肩に手を乗せ「無理しないでよ」と言った。だが、ボニーは首を横に振る。
「皆の為だもんね」
それは一攫千金を得て海外で自分達の家を持つこと。私達の目標だ。だからといって……と思ったけどボニーは皆の目標だから自分だけ手を抜きたくないんだろう。本来のボニーなら怖がって他の試合も棄権していたかもしれない。でも、ボニーは皆の目標の為に勇気を出してくれた。きっと個人的な理由ならそうもいかなかっただろう。それに水を差すようなことは言いたくはない。
すると、アナウンスが流れた。三回戦が始まるアナウンスだ。観客達は一斉に盛り上がった。その声は控室まで届いた。皆の緊張感がより高まった。
「最初はレインだったね」
私がそう言うとレインは頷いた。
「そうだよ。まぁ、さくっと終わらせてくるか」
レインはそう自信満々に言った。
「それじゃ行ってくる」
「頑張って」
「まかせて」
レインはそう言って会場へと向かった。
皆は控室のモニターを見た。
歓声が盛り上がるリングに、レイン、そして先程の男が立った。そして、互い見合う。そこに心配が現れた。直後、レインに震えるような寒さが背筋を凍らせた。これは戦慄だ。そうと分かるのは、男の目に強い殺気が込められているからだ。
「ここではよく血が流れる。それは当然、血の流れないリングなど見ても退屈だからだ。観客達が求めるのは血と暴力。それは人の奥底に眠る本能。人間は己の凶暴な獣を飼いならしているのだ。そしてそれは牙を見せ、敵を襲い、観客達はそれを見て興奮する。それが己の獣と共感した時だ。例え世界が人間以外に支配されたとしても、己にいる獣が消えてなくなるわけではない。人は常に何かに飢え、奪い、そして殺し合う生き物だ。そんな人間を恐れ神がそれに変わる四種族を送り込んだと考えれば、恐れるべきは四種族ではない」
「……何を言ってるわけ?」
「分からんか? このトーナメント戦が単なる一攫千金を夢見る猛者達を集め戦わせる余興だと? 確かに、この世界に娯楽は必要だ。酒も煙草も。だが、それよりも欲しいものは力。人間が再び世界の支配者となる力が」
「力……」
「このトーナメント戦の主催者は偽造だ。そして、本当の主催者は世界を取り戻そうとする者達」
「レジスタンス!?」
「いや、連中とは違う。自分達の国を得るなど生ぬるい」
「どういうこと」
「テロスにレジスタンスの本拠地があるように、ヒュレーにも別組織がいるということだ」
審判は合図を送る。
「始めっ!」
歓声が盛り上がり「やれー」「やっちまえ!」という声が飛び交う。
二人の会話はどうやら観客達には聞こえていないらしい。
レインはまず戦いに集中しサイコキネシスを放った。だが、男は当然かのようにサイコキネシスを纏いそれを防いだ。
「!?」
やはり、こいつもサイコキネシス使いだったか。いや、予想はしていた筈だ。ただ、あの男の話しのせいで集中力が一旦途切れた。あれが男の狙いか?
レインは構わずサイコキネシスで攻撃を送り続ける。
だが、奴の纏っているサイコキネシスは鎧のような硬さで全く通じていない。すると、男は右手を前に突き出した。直後、炎が前方へ放射される。火炎放射の如く、更に広範囲に。
私と同じパイロキネシス!
それは控室のモニターで見ていたカイリー達も驚いた。
「パイロキネシス! エネルゲイアを堂々と曝すのか」
どうする……レイン。相手がエネルゲイアを使うならレインも使わないと勝てない。でも、出したところでレインに勝てるかどうか。
あろうことかパイロキネシス同士の対決になるとは。
レインは即座に判断した。選択肢は二つ。自分のエネルゲイアを惜しみなく出すか降参するか。いっておくとレインは負けず嫌いの性格。そして、レインが下した決断は当然、
突如出現した二つの炎がリング中央でぶつかり合い、炎が天井まで上がった。観客達からは驚きと悲鳴があがり、客席から避難しようと立ち上がる者が続々と現れだした。
「ほぉ……パイロキネシスだったか。何の因果か」
同じ性質のエネルゲイアとなれば、勝負は質量と戦略で決まる。質量は……悔しいが大人の相手の方が上回っていた。
火災報知器が鳴り響き、スプリンクラーから水が降り注ぐ。だが、炎の増す勢いはそのスプリンクラーで消火はまず無理だった。
流石に試合は中止になるだろうとレインやモニターで見ているカイリー達は思っていたが、審判はリングから離れるだけで試合の中止の宣言は行われなかった。
「マジかよ……このまま試合続行!?」
観客からも「このままだとヒュレー軍が来るぞ」と心配の声があがった。だが、レインの対戦相手は加減することなく、むしろ両手で炎を生み出し続けた。リングのほとんどが炎に囲まれ、レインの足場はリングの隅の僅かしかない。炎が完全にレインの方へ狭ってきて全然押し返せていなかった。
「既に勝負はついていると思うが?」
対戦相手の男はそう言った。
レインには皮肉や冗談を言う余裕はなかった。額や脇、背中、足、あらゆる箇所から汗が流れ、熱をもろに感じていた。既に掌はヒリヒリと焼けるような痛みが走っている。
私の……負けか……皆ごめん。
単純な敗北。戦略でどうにかなる程今の自分には技と呼べるものはまだまだ少ない。
今回は自分と同じパイロキネシスと戦えただけ収穫といえる。
……本音は悔しかった。唇を噛み、迫る炎を必死におさえる。
その時だった。自分の後ろ側の観客席から「馬鹿! なにやってるんだよ」とカイリーの怒鳴り声が聞こえてきた。
「カイリー?」
「ここで死んだら、皆の夢はどうするのさ」
「……そうだったね。降参! 降参します」
すると、炎はおさまり、男の手から一度放たれた炎は逆に吸い込まれていく。そして、辺りに燃え盛る炎は全て男の掌の中へと消えていった。
「勝者、ダイモス!」
◇◆◇◆◇
エリア?? アイアスはどこかへ出掛けようとしていた。色欲はそんなアイアスにどうかしたのか訪ねた。
「エリア31で火災が発生した」
「エリア31?」
「人間がいるエリアだ。連中のことだ、馬鹿騒ぎでも起こしたんだろう。此方は戦争中だというのに人間は気楽でいいよ」
「人間の国ではないからな。自分の国は自分で守るしかない」
「そんなのは分かっている。そして自分の国を失った末路もな。哀れな労働の奴隷だ」
「なら、放っておけばいいだろ。どうせ消火設備が起動する」
「……」
「何だ」
「兄からの命令だ。俺に行けとさ。戦争でも俺の使命は人間の後始末ってことさ」
「そんなに不満なら兄弟でちゃんと話せばいいだろ」
だが、アイアスは色欲の提案を無視して行ってしまった。その直前、アイアスは舌打ちした。
色欲の錬金術士には関係のないことだが、エリア31となるとカイリー達がいる筈…… 。
まさかあの子達じゃないだろうね。
そうあって欲しいと色欲は願った。