家畜
二年後。
私はテロスに捕まり『タルス』という街にいた。そこは炭鉱跡地や廃墟となった煙突や竪坑巻き上げ機等施設が見える。他には石造建築の工場(此方も廃墟)があったりゴーストタウン化している。理由は最新の機械工場が幾つも生まれ、古い機械工場が廃止されたからだった。現在はその工場を取り壊す計画があり、この場所はなくなる。その後新しい何かが生まれるのかもしれないが、私には関係のない。何故なら今の私は奴隷だからだ。
二年前。
あの日、突然空から麒麟に乗って現れたテロス。そいつが私達の前に現れるなり奴は突然ポーを銃で撃った。私とジョージはその場で悲鳴をあげた。すると、ポーを撃ったそのテロスは銃口をジョージへと向けたのだ。
「やめて! お願いします。ジョージだけは。私はどうなってもいいからジョージだけはどうか見逃して下さい。お願いします」
「お姉ちゃん!」
「こいつの命のかわりにお前はどうなってもいいというのか?」
「はい。だからどうか」
ドン!
銃がまた火を吹いた。倒れたのはジョージだった。
「いやああああ!! ジョージ! ジョージ! どうして……」
「お前は私に命令した。だから奪った。かわりにお前だけは生かしてやる。奴隷としてな」
テロスは不気味な笑い声をあげた。あの時、奴は私を殺せた筈だ。でも、そうしなかったのは、その方が私が苦しむと分かっていたからだ。
それから私はテロスに連行され、右の上腕に奴隷の印、焼印を押された。皮膚と肉が焼ける音と臭いがした。私は気を失いそうになったが、テロスはそれを許さなかった。平手打ちされ私は意識を保つと、焼きごてから離れた自分の上腕を見た。そこには一生消えることのない憎きテロスのシンボル Δ が刻まれてあった。
悔しかった。弟とポーを殺したテロスのシンボルが私の腕に刻まれたのだ。
死にたい死にたい死にたい死にたい!! だが、私は思い留まった。どうせ死ぬならせめて復讐してやる。ポーとジョージの仇を必ず。
だが、連中はそう簡単には隙を見せなかった。そこら中に監視カメラのある施設で私達は運ばれてくる故障したロボットの解体を永遠ずっとやらされていた。そのロボットのパーツを今度は取り替え、また組み立てる。そして修理を終えたロボットは再び与えられた命令に従って行動を開始する。
私達はキャップを被りグレーの作業着(つなぎ服で中は白のタンクトップ)は皆同じ格好で、決まった作業位置で作業をする。足には位置情報を逐一知る機械が取り付けられていて外すことは出来ない。
つまり、私は復讐も果たせず奴隷として憎きテロスの為に毎日働いているのだ。
すると、ベルトコンベア沿いの隣の奴が突然話しかけてきた。
「ねぇ、何でそんなに毎日目が怒ってるの?」
「テロスに喋ってるところ見られたら殺されるよ」
そうでなくても鞭打ちか、指を切断させられるか、爪を剥ぎ取られるか、片目を奪われるか。それは大袈裟じゃなく本当だ。向かいの左前の女は左目を眼帯しているが、テロスに奪われその目は本人の目の前でトイレに流した。私は左足の親指の爪を奴らに剥がされた。奴らはそうやって楽しむ悪趣味の持ち主だ。こいつもそのうちやられる。
「私ね、聞いちゃったんだ。テロスが人間狩りを計画している噂話しを」
「……」
「私達さ、運が良かったのかな」
カイリーの手が止まった。
「だって人間狩りって殺されて処分されるんだよ。服従する人間だけ生かしてあとは燃やすんだって」
「喋ってないで手を動かして」
「はいはい」
最近気づいたことがある。運ばれてくるロボットの壊れ方が何かと戦った後だった。特に長い矢が突き刺さったままの時が一度あった。その時はベルトコンベアが急に止まり、テロスがそのロボットだけ引き上げゴミに捨てたのを覚えている。あれはエルフの矢だ。一度見たことがあるから分かる。まさか、テロスはエルフといざこざが起きているんじゃないだろうか。だとしたら最悪、長年続いていた平和が終わり、再び種族間の戦争が起きるかもしれない。だが、何故だ? エルフは自然に生き、自然からは離れてくるような種族ではない。となると考えられるのはテロスがエルフに攻撃を仕掛けたのか?
作業は午前中のみだった。午後は入浴。シャワーしかない場所に限られた時間内で皆ささっと終わらせる。そんな皆の腕には私と同じく焼印があり、皆体のどこかに鞭のあとが痛々しく残っていた。
部屋は刑務所のような感じで六人部屋に各わかれ、出入口は鍵が自動でかけられる。見回りは警備ロボットが休まずランダムに巡回している。
部屋には私とさっきのお喋り女と眼帯の女、テロスに髪を刈り上げられ坊主にされた子、歯を全て抜き取られ歯がないマスクをしている子、肝臓をテロスにとられた子の六人になる。因みにお喋り女は新入り。1年目は坊主の子と歯のない子、二年以上が私と眼帯の子、五年以上は肝臓をとられた子になる。
名前は長い金髪お喋りで私と同い年のレイン、ジョージと同じ年で童顔の坊主はボニー、そのボニーと同い年の歯がないピンク色のボブの子がメアリー、黒の長髪で18歳の眼帯がアンジェリー、セミロングの茶髪に肝臓のない20歳の最年長がルナ。
お喋りを除けば皆静かだ。それは人間同士の繋がりを恐れているからだ。テロスは自分達の国の中に自分達とは違う共同体が出来ることを恐れている。
私達はただ他の種族によって滅ぼされるだけなのだろうか?
◇◆◇◆◇
7日後、六人部屋にいた時に突然警報が鳴り響いた。閉ざされたドアの向こうではロボット兵が走っている。
「なんだろうね」とレインは呟いた。だが、皆はそれに返事をしなかった。どうせ私達には関係のないことだ。そう思っていたところ、遠くで銃声が響いた。
「え?」
六人は皆同じような反応をし、小さな窓から通路を覗いた。
「脱走者かな?」
レインがそう言ったが私はあり得ないと思った。どうやって脱走を成功させる? テロスの拷問に耐えられなくなった自殺志願者か。その方が納得出来る。だが、銃声はその後も連続した。
「脱走じゃない」私は直感的にそう言った。
「脱走じゃないなら何?」とレインは訊いた。その時だった。私達の後ろで水がボコボコと泡をたてるような音がした。振り返ると、トイレの方からだった。部屋にはトイレが一つだけあり、壁もなく丸見えだった。そのトイレから小さな生き物が顔を出した。それを見たレインとボニーが悲鳴をあげた。他の部屋からもほぼ同時くらいに悲鳴があがった。隣からは「蛇!蛇!」と声をあげている。そして、私達のいる部屋のトイレにも青い蛇が現れていた。
「なにこの蛇。気持ち悪いんだけど。てか、どこから出てるのさ。もうトイレ使えないじゃん」とレインは早口で言った。その横でアンジェリーが冷静に「見たことがない蛇」と言った。
ルナも「でも、変じゃない? なんで蛇が大量発生するわけ。しかもこのタイミングで」と冷静だった。
確かに、おかしい。
「この蛇、毒あるのかな?」とボニーが言うとレインは「えっ!! 毒あるの!?」と大声をあげた。それは隣にも聞こえてしまい、隣から「毒があるって!!」「キャー」「こっち来ないで」と騒ぎが広まり、それはどんどんと広まっていってしまった。しかし、見た目は確かに毒がありそうだった。
すると、トイレの奥からなんともう一匹が現れた。ボニーは悲鳴をあげる。
「これ流せばこいつらなんとかならない?」とレインは訴えるように訊ねた。アンジェリーは「試してみたら?」と冷静に答える。
「いやいや近づくのさえ無理。私、蛇苦手だから!」
メアリーはレインの言葉に自分も! と訴えるかのように激しく頷いた。
「仕方ない」
アンジェリーはそう言ってトイレのレバーに近づき普通に流した。
「よく出来るよ」とレインは感心し、メアリーも激しく同意した。
「トイレ、詰まらないといいね」ルナはそう言った。
レインとボニーとメアリーは え? という顔をした。
その直後、トイレの奥から嫌な音が聞こえてきた。そしてトイレの水が徐々にいけない色に変化し濁り始めるとレインは「やべー!!」と叫んだ。
トイレから汚水が溢れ出し、その中に紛れて青い蛇が複数匹一緒に出てきた。
レインとボニーは悲鳴をあげ、メアリーはその場で気絶した。アンジェリーはメアリーを見て「おい」と言ってとりあえず彼女の両脇を後ろから通し引っ張って隅へ避難させた。
「どうすんだよこれ!?」とレインは言った。アンジェリーは「お前が言い出したんだろ」と言って、レインは「こうなると普通思わないじゃん!」と言って、ルナは「普通に分かるでしょ」と言って、レインは「だったら止めてよ!」と言った。
なんなんだ、このグループは。トイレから溢れた汚水で異臭は広がり始めるし、蛇は次から次へと現れるし、後ろにある唯一の出口は鍵がかかって出られない。蛇はニョロニョロとトイレから落ちて部屋の中へと広がっていく。その時、電子キーのロックが突然解錠に切りかわった。他の部屋含め皆が一斉に部屋を出ると、レインは皆が出終わったのを見て扉に手をかけ、蛇を部屋に閉じ込めた。
だが、その通路も大変なことになっていた。そこには警備ロボットが数体倒れているだけでなく、蛇が数匹いた。
「なんなのこれ!? どうなってるわけ?」とレインはそう声を張り上げた。周りを見ても皆同じ感じだった。
すると、遠くで爆発音が響いた。その影響なのか、電気が落ちあらゆる機能が停止した。照明も電子キーも、電気で動くもの全てが。
周りはそれで悲鳴をあげた。その後に遠くで聞こえてくる銃声。明らかに戦闘が行われている。襲撃? でも、誰が? いや、そもそも相手はテロスだぞ。麒麟に跨り、姿を消し奇襲まで仕掛ける。沢山のロボット兵だって……ロボット兵……カイリーはロボットの中にエルフの矢で刺され破壊されたロボットがあったのを思い出した。まさか、エルフ!?
その時レインが突然「これってさ、逃げるチャンスじゃない?」と言った。これだから新人はと思ったが、そう言えば電気が使えないなら自分達の足に取り付けられてある追跡装置も追跡出来ないんじゃないのか?
「私も賛成」とルナが言った。
「あなたも?」私は意外そうに聞き返した。でも、よく考えたら意外なこともなかった。
「私はこんな場所出てく」アンジェリーはそう言った。
意識を取り戻し目を覚ましたメアリーもそれを聞いて頷いていた。
「あなた達は?」とレインは私とボニーに訊いた。ボニーは少し考えてから「行く!」と答えた。
私はリスクを考えた。失敗したら間違いなく死。でも、このままいてもどっちにしろ連中に殺されるのは分かっていた。それはここにいる私達の平均年齢を考えれば、子どもや20代が多いのは、大人達は多分処分されている……それに、こんな場所で奴隷のまま終わるわけにはいかない。弟とポーの仇をうつまでは。
「行くよ」
「よし、決まり。私達で逃げよう」
「でもあんた、考えでもあるわけ?」私はそう訊ねた。すると、最年長のルナがかわりに答える。
「私に考えがある」
そう言ってルナは目線を外し他の周りの皆を見た。
「あの子達にも脱走を誘うの。でも、本当に逃げるのは私達だけ。彼女達には残酷だけど囮になってもらう」
「全員で逃げないの?」レインは率直に質問をぶつける。
「全員で逃げるのは無理。でも、最初から割り切っていれば、少なくとも私達だけは脱出できる」
「ルートはどうするの?」私はルナに訊いた。
「ルートは考えてある」
「つまり、脱走はもっと前から考えていたのね」
「実はメアリーにも誘っていたの」
「え……」
「彼女喋れないから、情報が漏れる心配もないでしょ?」
「うわー……」レインはドン引きしていた。だが、私は知っていた。メアリーは歯が無くても本当は喋れるのだ。実のところメアリーが喋ったのを一度だけ聞いたことがあった。多分、この中では私しか知らない。
皆各々秘密があったり、抜け目ないことは分かった。多分、ルナがメアリーを誘ったのは彼女を囮にしようとルナはしていた可能性はある。でも、当のメアリーはショックを受ける様子も無ければ文句すら言わない。言えないのではなく、心の内を吐かずにいるつもりなのだ。
中々このメンバー面白いかもしれない。
「やるならさ、早くしようよ」アンジェリーは急かすようにそう言った。
ルナはアンジェリーに近づき、彼女の肩を軽く叩いた。
「そうだね」
ルナはそう言ったあと、私達から離れ他の皆に脱走の誘いを始めた。