二日目の朝
【前回までのあらすじ】
1999年7月に突如空から振ってきた隕石から四種族が誕生、そこに住んでいた人間と戦になり人間は敗北する。国を失った人々は四種族の国で労働力として細々と生きる。
そんな中、百年続いた四種族支配と均衡を崩すような事件が次々と起き、遂にヒュレーとテロスとの戦争が起きる。更に謎の正体によって伝説の生物青龍が倒された!
《ストーリーライン➡カイリー》
①カイリー達はテロスから逃げヒュレーに入国。そこで色欲の錬金術士と出会い錬金術とサイコキネシスを学び修行
②百年続いた世界の均衡が崩れる中、カイリー達は色欲と別れる
③自立する為、一攫千金のトーナメント戦に参加。優勝を狙う
《ストーリーライン➡アンジェリー》
①エイドスのスパイをしながらAI『クロノス』を起動。テロスに混乱をもたらし、戦争のきっかけをつくる
②バレるタイミングでエイドスを裏切り連絡途絶。テロスにいるレジスタンスと接触
③裏切り者を追う女が現れる
悪夢を見た。それはお偉い政治家や知識人があれこれと策略を練りながら、いかに相手に犠牲を与えられるかを議論している。そんな彼らの脳裏には子どもやお年寄りが見えていない。人間より大きな脳みそがあるにも関わらずだ。
そして、知識人の連中のせいで世界は焼け野原になり、何も残らなくなる。子どもも年寄りもだ。
…………アンジェリーは目を開けた。天井が直ぐ目の前にあった。否、それは天井ではなかった。目が徐々に覚め頭の中が整理し始める。アンジェリーは二段ベッドの下に寝ていた。ここはテロス国禁止区域の森、その地下にあるレジスタンスのアジト。二段ベッドの両サイドは一方が壁で反対側はカーテンがかかっている。そのカーテンを少しだけ開けて隙間をつくり覗くと、通路を挟んで向こうにも同じつくりの二段ベッドがあった。カーテンは緑色をしていた。まるで部屋ではなく潜水艦のように乗組員が寝る場所みたいだ。通路はオレンジ色の常夜灯に照らされやや薄暗い。
ここに来るまで本当に色々あった。苦難ばかりの道、後ろを振り返れば数多くの屍達が埋もれている。あの骨は父、あれは母、あそこにあるのは親友、その隣には仲間の骨が。そう、私の人生という道にはずっと血がこびりついていた。血なまぐさい人生。その地面を這って生きることを神から強制された蛇のように、泥をすすって生きてきた。そんな運命を呪ったこともある。なら、なんの為に生きるのか? 何故、自分は死なず生き残ったのか。自分でも分からない。理由なんてない。ただ……ただ、地獄みたいなこの世界がいけないんだ。
戦争で負ければ一生敗戦国。そのように人間には一生負けたという言葉の呪いがついて回る。四種族にペコペコし、忠誠を誓い、服従する。
ならば、もう一度戦い勝つしかない。でも、勝てないと分かって戦っても意味がない。それは無駄死にだ。だからこそ相手との歴然とした差に絶望し、気づけばかつて敵だった国の言いなりになる。誇りというものはとうに敗戦した時点で失われてしまったのだ。
ただ、敵同士が潰し合う分には腹の中で煮えたぎる不満も少し早くおさまる。
今、大国と呼ばれるテロスとヒュレーが戦争中だ。青龍がやられたのは驚きだが、これでテロス側に勢いがつくことは間違いない。だが、テロスは同時にエイドスにも気に留めなければならない。両国が弱ったところを横から仕掛けてこないとも限らない。だが、それをAI『クロノス』が気づけない筈はない。
だとしても、それは自分にはどうでもよかった。全ての国が潰れれば、レジスタンスにとっては最大のチャンスになる。問題は兵力がそれまでに揃えられるかだ。
時々、自分がどこにいるのか分からなくなる時がある。それはスパイを長く続き、沢山嘘をついて騙してきたからではない。自分が何者であるかを知らないからだ。それは死ぬまで分からない。死んで、最後を迎えた時に、あいつは◯◯だったと言われるようになるのと同じだ。問題は自分の終わりがどこへ向かおうとしているかだ。私は家族も親友も奪ったこの地獄を終わらせたいと思っている。でも、それは自暴自棄とは違う。この世に不満を抱き、無差別に抵抗出来ない弱者ばかりを襲う馬鹿と私は違う。私は少なくとも、意味のあるかたちにしたい。これは世界に対する……そう、クーデターだ。だから、私の標的は弱者でなく、より強者でなければ意味がない。テロスやヒュレーやエイドスやエルフだ。
この胸の内を知る者はいない。いたとしたら、気づいたとしたら、狂った奴だと思われるかもしれない。無謀だと言われるだろう。この先の道が崖かもしれない。だとしても引き返すことはない。いや、もう引き返せない。何故なら、
始まってしまったからだ。
だから、あとは突き進むだけだ。その先が壁だろうが海だろうが。
◇◆◇◆◇
テロスとヒュレーの戦いから二日目の朝。その日の気温は肌寒く、冷たい風が吹いていた。昨日の雨で気温が低下したのだろうか。しかし、空は晴れていた。昼頃にはどれくらい気温が上がるだろうか。
ヒュレー国海域ではテロス軍の艦隊がある。その真下、海中では潜水艦が待機していた。それはリチウムイオン電池を搭載した大型潜水艦になる。
そして、戦艦の方はレールガンを搭載している。また、麒麟に跨り甲板から兵士が空に飛ぶことも可能だ。麒麟の速度や機能性を考えれば、空からの援護は足りている。
その戦艦の中に伝説の生物青龍を倒した鉄の鎧を身に纏った謎の正体を捕らえていた。
牢屋、そこに副艦長と銃を持った海兵が二名がやってきた。その足音で長い金髪の男は頭をあげた。鉄の鎧も兜も今は全て剥ぎ取られ、上半身裸に下着姿で鎖に繋がれていた。その肉体はたくましく、腹筋は割れ、胸板は厚い。首は太く、髭を生やしていた。
「お目覚めか、エルフの王よ。いや、元王よ」
そう、青龍を倒したのはエルフ族の男だった。
「……」
「裏切り者の王として捕らえられ地下牢へ投獄されていた筈の王が脱走しここへ何しにやって来た?」
「……」
「場合によってはこの戦の仕掛人として疑いがかけられるぞ。そうなればエルフの森も無事ではすむまい」
「お前はさっき私に元王と言った。なら、国は関係ないんじゃないのか?」
副艦長は手を後ろで組みながら鉄格子の中にいる男の目を見た。その目は真っ直ぐ向いている。状況を理解しておきながらも怯む様子は無い。そして、それは虚勢ではない。その証明は不要。
「立場というのは便利なものだ。元とつけば自分はもう関係ないと言えてしまう。だが、王族の血筋はそうはいかない」
「俺は追放された身だ。脱走もしていない。ただ、追放されたエルフは二度とエルフの森に踏み入れてはならない。それが法だ。俺の二の腕を見ろ」
副艦長は男の右腕の印を見た。焼印で押された二本の横線が入っている。
「追放されたという印だ。これで分かったろ」
「いやいやお前は王だ。何故その王を追放する?」
「元王だ。そして、追放するかは皆が決める」
「エルフが直接選挙で決めているのは知っている。訊いてるのは何故民が王を追い出したかだ。それとも元王よ、それは言えない罠にでもハメられたからか?」
「……」
「今のエルフの王と比較してもあんたの方が王に相応しい。嘘じゃない。現にあの青龍を倒しただろ。だから知りたい。なんで元王が戦争に首を突っ込んでるんだ」
「首を突っ込むつもりはない。ただ、俺には個人的な目的がある」
「それはなんだ?」
「言えない」
「何故だ」
「それも言えない」
「なら、他のエルフはどうだ?」
「エルフは関係ない」
「何故?」
「これは俺の独断だからだ」
「独断? 青龍を倒すことが?」
「そうだ」
「それじゃ目的は達成か?」
「いやまだだ」
「何? 他に何がある?」
「ヒュレーにはもう一体伝説の生物がいる」
「白虎か」
「それを倒す」
副艦長は目を大きくした。嘘だとは思わない。青龍を倒した以上、白虎を倒せないとは思わない。だが、そんなことをすればヒュレーと完全敵対に決まっている。
「白虎をか!?」大声で訊いた。
すると男は大声で「そうだ」と返した。
「まさか……伝説の生物全てとやるつもりなのか?」
「そうだ」
副艦長は言葉を詰まらせた。それはテロス国の麒麟も例外ではないということだ。それをテロス国の戦艦内で更にその副艦長の前で堂々とこの男は答えた。これは殺るべきか? そうしなければ奴は本当にやりかねない。だが、そうなると一つ最大の疑問が生まれる。
ということは奴は麒麟の秘密を知っているということだ。