エレベーター
《前回までのあらすじ》
カイリーは仕事を失い、職を求め街に移動中テロスに襲われ、頼りにしていた大人と弟を目の前で殺害され、生き残ったカイリーは奴隷に落ちる。それからロボットの修理作業を主にやらされ、そこでは【エルフの矢が突き刺さったており明らか戦闘で破壊されたロボット】を見つける。後、その施設で外部からの【正体不明の攻撃】を受ける。そのタイミングで脱走したカイリー達は国を脱出する為、レイン達と共にヒュレーへ向かうことに。
一方で【テロスにあるAI『クロノス』が何故か起動】していた。
そして、三カ国の会談当日。何故か【当日になってエイドスが謎の中止の申し出】をする。テロスとの二カ国の会談となったが、そこでテロスが……
※重要なキーワードは【】で表しました。
テロス大臣が兵士に捕らえられ連行していた。その際『テュラーハウス』にあるエレベーターに向かった。だが、その時向こうからタップダンスをしながら短い緑の髪をしたヒュレーの男が現れた。齢30後半くらいだろうか。身長は4メートル以上で黒いスーツを着ていた。連行していた兵士がそれを見て止まった。テロス大臣は黙って見ていた。男は暫くタップダンスを続け、リズムを響かせた。そして満足したのか男はテロス大臣を見た。
「随分やってくれたじゃない。何が目的だ?」
「……」
「黙秘か? 百年続いた平和だぞ? それをたった1日でお前達はぶち壊した。外務大臣さんよ、俺にはどうも分からないことがある。いくら俺達を信じ込ませる為にわざわざリスクを覚悟で最前線にここまで来た理由がな。お得意のホログラムでも使うか身代わりくらい用意出来ただろう。入港さえ出来ればいいなら尚更当人がいる理由もない筈だ。あれか、外務大臣がわざわざ来たのは交渉しに来たんじゃないのか?」
「……」
「それとも本気でエウロス大臣を人質にして交渉を有利にしようってか? トロッコ問題が分からないわけじゃないだろ。1か国民か、答えは明確だ。あんたの計画は最初から成功なんてしない。どうだ? 何か言ったらどうなんだ」
「……」
「完黙か? ここまでやって何故一言も喋らない」
「私の相手に相応しいとは思えないからだ」
「……そうか。そうかそうか。それじゃ仕方ない」
突然、拳がテロス大臣の顔面に直撃した。
「ナメてんじゃねぇぞコラァ!」
テロス大臣はよろめきそうになったが、両脇を兵士ががっしりと抱えていたおかげで崩れることはなかった。口の中に自分の血を感じ、それを唾液と一緒にその辺にぺっと吐き出した。
「連れてけ」
兵士は短く返事をしてテロス大臣を連行した。男はその後ろに同行した。ふと、男の足が止まり振り返った。そこには誰もいなかった。男はまた前を向き、エレベーターへ向かった。
その頃、エリア2では避難誘導を終え一般は立入禁止区域に指定の状態だった。そこに二組の兵士がエリアを巡回していた。単独行動を禁じられている為だが、兵士達に緊張感は先程と比べたら今は落ち着いていた。というのもエリア1にいた兵士達はテロスの外務大臣以外全員死んだと聞いていたからだ。勿論、油断は出来ないが監視体制がしっかりと出来ているヒュレーでは監視カメラに映らずに移動することなど不可能。例えホログラムで偽造しても違和感で直ぐにあんなものは見破られる。だからこそ、連中の作戦は失敗したと見ていた。第一、外務大臣は捕らえたと先程通信で連絡があった。なら、この警戒態勢もそのうち解除されるだろう。それは他の兵士も同様の考えだった。
その油断が命取りだった。
二名の兵士の首がいきなり血を吐いた。何かが自分の喉を斬り裂いた痛みが走る。兵士は喋ることもできず、そのまま倒れ込み絶命した。
刹那、サバイバルナイフが二つどこからか飛んだ。それは空中でいきなり二つとも止まる。いや、何かに阻まれたのだ。光学迷彩が上手く機能しなくなり、黒い戦闘用スーツが顕になる。それはテロス兵だった。二名のテロス兵が光学迷彩でヒュレー兵士を背後から首をナイフで斬っていた。その背後を狙ってサバイバルナイフが飛んだのだった。
そして、それを投げたのは錬金術士の婆さんだった。
「やはりな。何か策を講じていたか」
直後、警報が鳴り響いた。直ぐにヒュレー兵がその現場に向かった。だが、その時にはヒュレー兵とテロス兵の死体がそこにあるだけだった。
「誰か近くにいた筈だ」
その通路近くには監視カメラがあった。すると、通信が入った。
「よく聞けヒュレー兵。敵は光学迷彩で透明化している。既にエリア2に侵入されているぞ。非常階段を今すぐ封鎖しろ。それと、サイコキネシスが使えない者は後方に下がれ。これはサイコキネシス使いでなければ見破れん」
その声は年老いた女の声だった。直後、上官からの通信が入った。
「サイコキネシスが使えないものは下がれ。今の通信の内容は本当だ。連中は光学迷彩で既に侵入されている。非常階段近くにいる兵は直ちに閉鎖に当たれ」
それはエレベーターでまさにテロス大臣を連行中の兵士の耳にも入った。そして、一斉にテロス大臣の方へ向く。直後、何もない場所から銃弾がいきなり飛んできてテロス大臣を連行していたヒュレー兵士に次々と被弾していった。ただ、一名を除いて。それは緑の髪の男だった。その男はサイコキネシスで弾丸を全て防いでいた。銃弾が男の手前で停止すると、重力に従って弾丸全てが男の足元へと落ちる。
「成る程な。それがお前達の作戦というわけか」
男はそう言いながら肩をポキポキと音を鳴らした。
光学迷彩で透明化していたのをやめ六名の兵士が姿を現した。そのうち二名の兵士はテロス大臣の拘束具を外しにかかり、残り四名は銃を捨ててナイフに持ち替えた。そのナイフにサイコキネシスが纏う。
男はそれを見て敵達を睨んだ。
すると、降下中だったエレベーターが停止した。エレベーター内にもカメラがあり、異常事態が発生したことに気づきコントロールルームで遠隔操作されたからである。
「知っているか? このヒュレーには侵入者には厳しい防御システムがある。それはこのエレベーターも同じだ」
出口のない密室。そこに突然ガスが放たれた。
「毒ガスが放たれている。解毒剤のないお前達じゃヒーリングが使えても助からない。単なる毒じゃないってこと」
兵士は自分達のガスマスクを急いで装着した。だが、あるのは自分達の分だけで余りがあるわけではない。つまり、テロス大臣を守るなら兵士の誰かは自ら犠牲になる必要がある。だが、迷いなく一名の兵士がテロス大臣にガスマスクを装着させた。
「泣けるじゃないか。命をかけてでも助ける政治家がいるってのは」
自分のガスマスクを大臣にあげた兵士がその場で倒れ込んだ。
すると、男は銃を取り出し弾丸にサイコキネシスを込めると、残りの兵士に向かって一発ずつ撃ち込んだ。勿論兵士達はサイコキネシスで弾丸を防ごうとした。だが、防げるという思い込みが回避という判断力を鈍らせる。
弾丸はサイコキネシスの防御を貫通し、装着したばかりのガスマスクの額辺りに風穴をあけ敵兵の頭を貫通していった。
バタバタと倒れ込むテロス兵士達。
「さて、これでお互いようやく一対一になれたな」
「……」
ガスマスクで表情までは分からない。だが、だいたい予想はついた。あの時の完黙と同じ生意気な顔をしている筈だ。マスクをしても分かってしまう。透視を使うまでもない。
「聞きたいこと全部吐かせてやる」
男はそう宣言した。
するとようやくテロス大臣は喋りだした。
「あの女が動いているそうだな。確か、色欲の錬金術士」
「透視か。さぁな。俺は知らねぇ。それがどうした」
「あの女は錬金術の中でとても依存度の高い劇薬を生み出し、結果依存患者が続出。薬の副作用で判断力が落ち幻覚を見せるとか。幻覚はあの女の専売特許だったな。多くが見たい幻を求め錬金術士に注文が殺到し、社会は大混乱に陥った。我が国にもその薬が密輸され社会問題になった程だ。それだけ現実逃避したい若者が溢れていたということだろう。問題は見たい幻で調合を変える錬金術は副作用を無視した悪魔の調合だったということ。依存しやめられなくなった者は次第に抜け殻のようになりゾンビのように彷徨うハメになる。世界が女の作った劇薬の使用を禁じたが、調合が変わる度にそれは法の抜け穴となった」
「ああ、覚えてる」
「それからイタチごっこが暫く続き、遂にそちらの政府はあの女を捕らえることを決め、その後あの女は逮捕され檻に入れられたと聞いていたが……もうシャバに出ていたのか? 政府には何の説明も受けてはいないが」
「話したいことがまずそれなのか? 錬金術で作った劇薬で終身刑はそもそも無理だ。それにいちいち報告する義務も無い」
「被害は世界に及んだ。我が国にもだ」
「世界は言いすぎだ。実際エルフ達は違う。だが、そんなことはどうでもいい。そんなことで言い争いたいんじゃない! お前達の目的を言え! 何が狙いなんだ? まさか領土拡大とか今更言うんじゃないだろうな」
「違う! むしろ、仕掛けてきたのはそちらの方だ」
「何? どういうことだ。ちゃんと説明しろ」
「あくまでとぼけるつもりなんだな」
「なんだと」
「どうする? 結局は言い合いになったぞ」
男は舌打ちした。いつの間にかペースはそちらになっている。有利なのは此方であることに変わりがないというのに。
いや、待てよ。男はハッとした。この違和感、作戦は失敗したにも関わらず大臣の余裕な姿勢……これはもしや!
「本隊じゃないんだな」
ようやくテロス大臣は目の前の男を認めた。大臣は答えないが、男にはもう充分だった。