VSレイン
二カ国の外務大臣がヒュレーの国に来訪される前日。プラカードを持ったヒュレー達が抗議運動の為、行進をしていた。
因みにテロス側からは『外務塔』の外務大臣、エイドスからは『調整役』いわゆる外務大臣が来訪する。テロスは議会制で上院と下院にわかれている。下院の議員はAI民主主義によって各複数のAIがテロス民の中からスコアという数値化した公平な評価をした上で選出する。テロスのAIと選出出来る数は、AI『ゼウス』が20名、『ヘラ』10名、『アレス』10名、『アフロディーテ』10名、『ヘファイストス』10名、『ヘルメス』10名、『デメテル』10名、『ポセイドン』10名、『アテナ』10名、『アポロン』10名、『アルテミス』10名、『ディオニュソス』10名の計130名となる。『ゼウス』が特別多いのはメインのAIとなるからだ。対して上院130名はAIの反旗を万が一起こした時の予防としてAI以外の方法で選ばれる。それは民主主義による選出となる。だが、それは非常に偏りがある。AIによるスコアで階級をつけているテロスにとって、その上位の階級が選ばれるのが大抵だからだ。
対してヒュレーは利権絡みの上級国民と呼ばれる世襲政治家による政治運営。一院制となり議席数は160となる。政治家は人間との戦争で成果をあげた家がだいたい後に名家とされた。
エイドスは間接民主主義となる。
因みに今回参加しないエルフは数が少ないことから直接民主制で国の行く先を決めている。
以上がこの世界の政治体制となる。
そんな中、エリア1、官邸執務室。そこに危機管理大臣、国防大臣、外務大臣、そして首相が集まっていた。全員男性でオーダーメイドのスーツ姿。平均年齢60を越える。
因みにヒュレーの平均寿命は90歳だ。
首相は丸眼鏡にホワイトニングされた歯に髭脱毛した口元、髪は育毛効果で薄毛は無い。まさに印象をよくしようと気をつけた結果だ。体は脱出しており、スネ毛もない。エチケットとして薄めのシミ消しの化粧と加齢臭対策の香水までしている。体型は必ずジムで維持をし、出来る感を演出する。その努力は欠かさない。
対して危機管理大臣はぶくぶく太った姿で自分の危機管理が出来ていなかった。その中年は食べ方も下品で暇さえあれば何かを食べているような男。だが、これでも仕事は出来る方だった。今回の集まりもこの男からの重大な報告がきっかけだった。その内容はテロスから送られた暗殺部隊が侵入していたというものだった。
「聞いた話しだとその部隊はあの色欲の錬金術士が捕らえたんだっけ?」と首相は危機管理大臣に訊いた。大臣はまず「はい」と返答し、それから説明を続けた。
「ただ、警察に引き渡された時にはもう既に連中の脳みそはほとんど溶かされ話しが聞ける状態ではありませんでした。ですので侵入者から情報は残念ながら聞き出せてはいません」
「色欲の能力で脳がやられたんだろう。本当に恐ろしいな。それで分かっていることは?」
「侵入した暗殺部隊は四名ということだけで目的は不明です」
「少ないな」
「少数精鋭部隊だったと思われます」
「そうか。暗殺部隊なら誰かを殺害するつもりだった?」
「そうなります」
「……明日80年ぶりの来訪があるというのに」
「危機管理大臣から言わせていただくと、テロスの警戒レベルを5にあげるべきかと」
「そうなると明日は中止になるな」
すると、外務大臣が口を開いた。
「逆にこの状況を利用してみてはいかがでしょう? 暗殺部隊は証拠となります。外交ではテロスに対して此方は有利なカードを持つことになります」
それを聞いていた国防大臣が次に口を開いた。
「それならまず先に相手の国に探りを入れるべきでは?」
外務大臣と国防大臣はともに体型は似ていて腕と足は細いのに下腹が出ていた。食生活の乱れだろうか。目の下にはクマが出来ていた。
「明日、まさか何か起きたりはしないだろうな?」
それに危機管理大臣が答える。
「その可能性はゼロではありませんが限りなくその可能性はないかと思われます。今回はお互い外務大臣同士の会談、お互い慎重に様子を伺うと思われます」
「いや、分かるよ。でも、問題が起きた時ヒュレーが一番疑われ場合によっては二カ国を同時に敵に回し兼ねない」
「それではこうしてみてはいかがでしょう? テロスの暗殺部隊を捕らえたことを公表し、その上でテロスに対して抗議をする。証拠は捕らえたあの暗殺部隊。そして、明日の会談を中止するのです。外務大臣はこれを交渉を有利にすすめるカードにする案が出されましたが相手は自作自演だと反論するでしょう。恐らくは絶対に認めない。そんなものは知らないとしらばっくれるかもしれません。勿論、苦し言い訳に過ぎませんが、相手が認めるわけにはいかないのも事実でしょう。暗殺部隊は失敗すれば切り捨てられる、いわばトカゲの尻尾切りというわけです。テロスの軍名簿からも登録を抹消されるでしょう」
例え不法入国として訴えたところで、個人が犯した事件であり個別の案件としてテロスは政府としての返答をしないだろう。それはつまり、ヒュレーの国でいかようにでも裁けばいいということだ。結局は国の為に働く兵士も国家と天秤をかけたら兵士の命なんてやすい。それでも国の為に命を捧げることを要求される。
すると、外務大臣が危機管理大臣に反論する。
「いやいや、相手は暗殺部隊の脳が溶けていることを知らないのですよ。知られないように装えば、暗殺部隊の証言をとれたとか、色々情報を聞き出せたと言えば交渉にはなり得るでしょう」
「それは読心術が使える者がいなければの話しです」
テレパシーの上位催眠術より更に難易度が上がる読心術。確かにそんな能力があるとはされるが、レアな能力でもしいたら外交官職員として是非欲しい人材だ。一瞬で幹部に出世できてしまう。だが、残念ながらこの国の外交官にそれが使える者はいない。
首相は頭を悩ませた。
それから話し合いはその後も長時間続いた。
◇◆◇◆◇
その頃、エリア30ではカイリーとレインの模擬戦が始まろうとしていた。
レインのエネルゲイア、プロキネシスの厄介なところは通常の火と違いプロキネシスを送り続ける限り燃え続けること、そしてその火は水では消せないということだ。サイコキネシスのみ消せて、防ぐことが出来る。
「それじゃいくよ」レインは自信満々に言った。
今回の審判はボニーだ。そのボニーはやや緊張していた。
「そろそろお二人とも宜しいですか?」
二人が頷く。それを見てボニーは合図する。
「始めっ!」
「先手必勝!」
レインがそう言って先に仕掛けてきた。私はレインを注意深く見た。プロキネシスは自身から火を放つ。それを見極めてサイコキネシスで防ぐ。ガードしながら相手が隙を見せたらサイコキネシスを放ち相手を吹き飛ばす。だが、これは基本的な攻防。レインはその上でどう動く?
その時だった!
突然視界目の前で火が現れた。だが、念の為全身にサイコキネシスで纏っていた私は直接火を触れることなくその手前で防いだ。が!
近すぎた!
「熱っ!?」
私は顔面の熱さに思わず隙をつくってしまった。その瞬間、全身を纏わせていたサイコキネシスが解かれてしまった。
「チャンス!」
レインはここぞというところでパイロキネシスで最大火力を口から吹いた。それは炎のブレス。
……だが、残念。
「アポート」
私は本棚から本をアポートし、火を吐きながら走って向かうレインの頭上に本を出現させ、脳天にそれを落とした。
「いてっ!?」
直接、私は片目をつむりながらサイコキネシスでレインを後方へと飛ばした。
ここで分かったことはサイコキネシスでの防御は集中力に依存し、更にエネルギーを使うということ。そして、想定していない思わぬ攻撃に弱い。
「勝負あり! カイリーの勝ち!」
すると、婆さんが私に近づき「どれどれ」と言ってヒーリングで私の顔の火傷を治してくれた。火傷といっても軽いものだったが。
「まさか予備動作無しで目の前に火が出現するとは思わなかったか?」
「……」
「いや、お前さんは知っていた筈だ。パイロキネシスがどのように火が出るのか。それは周囲。問題はその範囲だ。お前さんは相手がレインだからその範囲はまだ自分に届かないと思っていた。お前の過信が回避を遅らせたんだ」
パチン!
婆さんはカイリーを平手打ちした。
「これで済んで良かったと思え。でなきゃお前は死んでいた」
「はい」
「いいか。お前は才能がある。それは確かだ。だが、その過信で早死した能力者なら沢山知っている。過信は愚かだ。お前は愚か者か?」
「いいえ」
「なら、今日は反省することだ」
「はい」
私は婆さんが師匠で良かったと、本当に恵まれたと本気で感じた。
確かに、私は自分に溺れていた。
もう、同じ失敗はしない。