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カイリーと緑のトンネル  作者: アズ
第1章 百年後の新時代(ディストピア)
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秘められた力

 ボニーもメアリーもちんぷんかんぷんといった反応だった。レインに関しては眉間にシワをつくってうなだれている。

「よく分からん!」

 レインがそう言うと錬金術の婆さんはさっきの玉鋼を見せた。

「素材となる原石の中には極稀に目覚め特殊な効果を持った素材が存在する。錬金術士は比喩の例えとしてこれを『賢者の石』と呼んでいる」

「賢者の石?」

「そう。そしてこれはその一つだ。特殊な素材は全てが高価なものとして闇市場で取り引きされる。これはその時に買ったものだ。これはな釜蛙という生き物の腹から採取した玉鋼でね、人工的に生み出される玉鋼とは違うんだ。特殊な素材は必ず自然から生まれたものと何故か決まっている」

 そう言いながら婆さんは一冊の古びた本をテーブルの上に置いた。

「この書物にそれについての記述がある。その中に"素材に限らず自然にあるものには全は秘められた力があり、それは普段眠りについている"とある。つまり、それを目覚めさせることが能力を開花させる条件となるわけだ」

「それで具体的にどんな能力になるわけ?」とレインは言った。

「例えばこの玉鋼で言うと、普段の玉鋼なら元からある粘りと錆びにくいという性質がある。そして特殊効果は」

 そう言いながら婆さんは私にその玉鋼を渡してきた。それを受け取ると、突然全身が暖かくなった。

「凄い!」

「だろ? どんなに寒い場所でもそれを持っていれば持ち主の体温を逃さないだけでなく温めてくれる」

「どうして?」

「この玉鋼には火の属性が宿っているからだ。玉鋼が生まれる過程で火は重要になる。釜蛙の腹の中もかなりの高温らしい。だから火の属性を宿すようになったのだろう。更にこれを使って刀を生み出せば、火を吹く刀に生まれ変わる。一振りする度に火が出るのだ」

「それじゃ錬金術って」

「そういうことだ。それ故に大量生産が不可能なんだ。しかし、一品一品は優れものになる」

 そういうことだったのか。

「重要な話しはこれからだ。眠っているのは記憶、意識だ。それを目覚めさせ覚醒させる。故に人それぞれどのような能力になるかは目覚めさせてみないことには分からない。そして、通常なら目覚めさせることもなくほとんどの者が一生を終えるところを意図的に目覚めさせるとなると数年はかかる。だが、お前達にはテロスの仕込んだナノマシンのせいでほぼ目覚めかかっている。これなら1年もかからないかもしれん」

「本当に!?」とレインと私は驚いた。

「それじゃ早速修行といこうかね」




◇◆◇◆◇




 その頃、エリア1の港から入って直ぐの巨大なロビー。国の玄関口では入国審査や荷物検査を軍が管理している施設内その奥、関係者以外立ち入り禁止エリアに職員用食堂がある。そこではぶくぶくと太った中年のヒュレーが次々と運ばれてきた肉料理を掃除機のように口から吸い込んで暴食していた。その男は風船のような体に頭は薄毛、目は細く、黒いスーツを着ていた。その男の食いっぷりはというと品性の欠片もない低俗、ほとんど咀嚼より飲み込んで、テーブルクロスには飲み物をこぼしたシミが沢山あった。そのテーブルの席にはつかずずっと立っている3メートルくらいの同じく黒のスーツ姿の若い男がいて、そいつの食事の様子をずっと見ていた。すると突然席についている男が喋りだした。

「最近色欲ババアは大人しいじゃないか。どうしたんだ?」

「さぁ……」

 男は興味もない返事をした。

「昨日、あのババアに惚れ薬を作らせて国中に広げたら人口は増加するだろうと思って議会で提案したら怒られたよ。むしろ食料のことを考えると人口減少の方がまだ都合がいいとね。確かにその通りだが、国力に影響が出る程の少子化は駄目だ。取り返しがつかなくなってしまう」

「ですね」

 男は政治に無関心な返事をした。

「最近、テロスの動きがきな臭いしな。まるで巨大な嵐がおこる前触れのようだ。どう思う?」

「戦争ですか? 嫌ですね」

「問題はそこじゃない。何故テロスは戦争をしようとするのかだ。テロスにどんなメリットがある?」

「資源とかですかね?」

「私はね、誰かに仕組まれたものじゃないかと思うんだよ。根拠は今のところないが」

「噂になっている人間が再び自治を得たいが為にレジスタンスが裏で暗躍しているかもしれないということですか?」

「人間は常に争いの火種だ。可能性はあるだろう。前回の敗北で我々に勝てないと学んだからこそ、次は仲間割れで戦わせ弱らせる気だろう」




◇◆◇◆◇




「最初に見せるのはサイコキネシスだ。これは潜在能力が目覚めた者なら誰でも使えるようになるものだ」

 婆さんはそう言うと、テーブルの上に置かれてあった本がひとりでに動いた。それを見てメアリーは目を大きく見開きながら驚いた。その隣でボニーは「え、嘘!?」とはしゃいでいる。

「これが触れずに物を動かす力、サイコキネシスだ」

「もしかして、誰でも出来るものとそうでないものがあるってこと?」

「カイリーは察しがいいね。その通り、私にしか出来ない力もある。それがさっき言った個に関係してくる話しさ。だがね、その個に関してはあまり人前では見せない方がいい。特に人間なら尚更サイコキネシスも見せない方がいいだろう。もし、人間が能力を発現させていたと知られれば真っ先に襲われるからだ。人間が他種族に抵抗出来る力を持ったと思わされることになり兼ねない。そうなれば各地で人間の大量虐殺が始まる」

「分かった。気をつける」

 他の皆も頷いた。

「でもさ、それをどうやって目覚めさせるのさ?」とレインは言った。メアリーもうんうんと頷く。

「方法は主に二つだが、お前達にやるのはその中でも多少荒いやり方になる。今から私がお前達にサイコキネシスを送りお前達の中に眠る潜在能力に刺激を与え目覚めさせるというものだ。だが、その分リスクも大きい。それは眠っているのは能力だけでなく記憶もだ。人間や他の種族も知的な生き物にとって記憶力は時にその者を苦しめる。だから、内側に閉じ込め、忘れる。そうすることで精神バランスを維持している。強引に内に秘めたものをこじ開けようものなら、その反動で嫌な記憶が蘇ったり精神バランスが崩れたりする。人によってはそれでホルモンバランスが大きく崩れ、後遺症で性別が逆転したり、鬱になって廃人になってしまう」

「それってヤバい方法じゃん! なにが多少荒いだよ!」

「まぁ、話しを最後まで聞け。さっき能力を発現させる方法は二つといったが例外が一つだけある。それは強いショックで自然と発現してしまう場合だ。そうなった者は精神状態も最悪で強いサイコキネシスを暴走させてしまう。これが想定される最悪な結果だが、お前達はそうはならない」

「どうして?」とレインは訊いた。だが、婆さんが答える前にカイリーは予想がついた。

「私達の体内にあるナノマシン……」

「そうだ。それは電気や他の衝撃でも耐えられる強度を持っている。お前が薬を飲んで気絶したのはナノマシンによる過剰反応というより過剰防衛だったのだ。つまり、アナフラキシーショックみたいなものだな」

「つまり、ナノマシンは抵抗力みたいな防衛システムってこと?」

「そうだ。元々ある生まれ持った抵抗力にナノマシンが加わることでお前達は廃人にはならない」

「いや、でも苦しいんだよね?」とレインは言った。

「勿論。だから無理強いはするつもりはない。お前達で選べ」

「私はやるよ」

「カイリー?」

「力が欲しい。もう、家族を失いたくない」

「いいだろう。それじゃ部屋の中央で立ちな」

 カイリーは言われた通りに従った。

「いくよ」

 そう言われたカイリーは頷いた。

 婆さんは両手を突き出し、掌からサイコキネシスをカイリーに送った。

 最初は風みたいなのが全身にぶわっと前方から吹いた感覚になった。

 レインが心配になり「大丈夫か?」と訊いたので、私は大丈夫と答えようとしたその時、嫌な空気が私の周りを漂った。あの廃病院で悪霊に襲われる前にも感じたあの空気感だ。まさか、私の中にある呪いが反応してしまったのか!?

 どうやらそれはサイコキネシスを送っていた婆さんにも気づいたようで「まずい!」と言って打ち切ろうと両手をおろしかけた刹那、私の両手が無意識に動きだし婆さんのように両手を前に突き出した。その掌からはなにかを触れている感覚があった。

「もしかして……」

 婆さんは自分の両手をおろせずサイコキネシスが勝手に放出してる状態になってしまっていた。

「今、どうなってるの? なんかヤバいの?」とレインは二人に訊いた。

「カイリーに取り憑いていた霊が最初に気づき、私に無理矢理サイコキネシスを限界まで放出させようとしている」

「それってヤバいんじゃない?」

「悪霊の目的はカイリーを殺すことじゃない。カイリーの潜在能力を完全に目覚めさせようとしているんだ」

 カイリーからは顔の血色が徐々に悪くなっていった。

「そうか……この子のデュナミスは元から『闇』系だったのか……それで悪霊はこの子だけに取り憑いたんだ」

「どういうこと? カイリーはどうなっちゃうの?」

「世にも珍しい色系でもない闇属性は悪霊に取り憑かれやすい負を引き込む性質。その闇の実体は不明。長いこと錬金術士をやってきたが闇属性は初めお目にかかる! これはもしやとてつもないエネルゲイアになるかもしれん!」

 だが、その前に耐えられるのか錬金術の婆さんは不安だった。本来は段階的に扉をサイコキネシスで開けていくもの。それを悪霊は一回で扉を全開させようとしている。闇属性のエネルゲイアがどんなものか見てみたいが、このままでは彼女は…… 。

 そのカイリーの体内ではナノマシンがフルで全身を動き回っていた。それもその筈で、とてつもないエネルギーが外から受けるのと同時に内からも世に珍しい闇のエネルゲイアが生まれようとしているのだから。その上、精神が大きく乱れている。これでは作用が廃人とまでいかなくても性別逆転かそれに近い作用をもたらし兼ねない。だが、その分、力は増大。恐らく、将軍を越えるかもしれん。

 これは世界にとって危険な存在だ。殺すか? まさかここまで脅かす存在になるなんて……完全に読みが外れた。

 そのカイリーはというと、既に半分以上扉が開ききっており、完全に目覚めるまであと僅かなところまできていた。そんなカイリーの頭の中には弟がテロスに殺されるシーンが何度も何度も光景が繰り返され、カイリーは心の内から悲鳴をあげた。その悲鳴とともに内側から黒いものが飛び出た。



 べちゃ。



 カイリーは全身暗闇になった。そこから我に返ると徐々に光を取り戻し元のカイリーの姿に戻っていった。だが、扉は開いたままだ。

「完全に……発現した」

 カイリーは目を開けた。その瞳も何も変化は見られない。だが、カイリーがいる部屋の空気が重くなっている。明らかな変化だ。

「サイコキネシスは出来るか?」と婆さんは恐る恐る聞くと、カイリーは本棚のある方に手を向けた。すると突然、棚に入っていた本が全て勢いよく棚から飛び出し床に全て落ちていった。

 レイン達はそれを見て驚愕した。

「特訓無しでもうそこまで使いこなせるのか」

「感じるの。どうやればいいのか」

「そりゃ才能があるということだろう」

 婆さんは殺すタイミングを完全に失った。もう手遅れだ。完全に化け物を生み出してしまったと、ようやく自分の愚かさに気がついた。

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