可能性
「一つ訊いてもいい?」とレインは錬金術士の婆さんにそう訊ねた。
「なんだい?」
「この国って地下にあるっていうことなんだよね? だとしたらどれぐらい地下が続いているのかなって」
「あぁ、成る程。それなら地図があるよ」
そう言って棚から分厚い本をテーブルの上にドン! と置いた。
「これが地図だ。因みに階層はエリアと呼ばれ番号が振られてある。ここはエリア30だ」
「エリア30!?」
「そして現在も地下は拡大中だ。作業はエリア50以降だな」
「そんなに……」
「酸素さえ送り込めれば地下都市はずっと広げられる」
そこまで聞いて私は婆さんに質問する。
「ここより上のエリアは何があるの?」
「エリア1は港、それから下は商店街や軍の基地、政府関係の施設になるな。エリア5からは富裕層の居住エリアになる。そしてエリア11からは工業や産業エリア、一般人は21以降になるな」
「そんなに地下都市を拡大するのは人口が増えてるとかなの?」
「いや、採掘が主な理由さ。人口はむしろ減ってるよ。いわゆる少子高齢化。政府はあれやこれやと政策を打っているがあまり期待は出来ないね」
「理由は?」
「人間はともかくとしてヒュレーの中でも格差が生まれてきているからだろうね。貧しい家庭が増えれば婚姻数も減少する。出生数も減る。最近はテロスやエイドスからの輸入品が何故か滞っている。だから物価もあがっている」
「そうなんだ」
「テロスは何かきな臭い事件が起きたかで港町の警備やセキュリティチェックが増えて船の出港に遅れが生じているようだが、私から言わせれば嫌がらせにしか思えんよ。何故テロスもエイドスもそうし始めたのかは分からんが」
「あまり関係は良くないってこと?」
「そうだね、今は良くないかな」
「改善するって期待してるの?」
「そりゃ皆そう思ってるよ」
だが、運命はそう簡単に都合よくはいかなかった。
それは数日後に起きたこと。
地下都市全体で警報が鳴り響いた。エリア4で火災が発生したのだ。原因は不明。だが、それはヒュレーにとって青ざめる事態だった。というのもエリア4には巨大な食料庫になっていてそこには災害用に備蓄された国民の食料が保管されてあったからだ。火災はなんとかおさまったが、半分が焼失してしまったのだった。
それを原因とするヒュレーの食料供給量に対する不安から物価が一気に上がってしまい、より家計にも影響を与えることとなった。
それは格差と物価の上昇とエリア4の安全管理の責任追求による政治不満は国全体で広がりを意味し、エリア21からは犯罪数が増加、治安の悪化が国全体で起こった。
「いいかお前達、絶対に外には出てはならんぞ」
「出るなと言われても出入口なんてないじゃん」とレインは言い返した。
「そういえば外とこの部屋の出入りはいつもどうしてるの?」と私は訊いた。だが、婆さんは答えずそこだけは耳が遠いフリをした。
婆さんには感謝しているが、何故私達をそこまで外に出したくないのか謎だった。何あるんじゃないのか。だから、私は密かに部屋の仕組みについて調べることにした。
まず、分厚い地図を開いて見てみると、一般の居住区、一つのフロアでだいたいヒュレー10万くらいは住めそうな広さと家があることが分かった。
だが、地図は大雑把なものだった。更にいうと最初に全体図、それからフロアごとの地図となっていたが、地図はフロア40までしかなく、それより下のフロアまでは入っていなかった。
そこにレインが近づき「またいつの間にか婆さんが消えたよ」と教えてくれた。
「隣の部屋に入って直ぐに追ってみたけど、その時には消えてた。まるで瞬間移動したみたいに」
「まさか」
その時だった。いきなり何かが落ちた音がした。振り返ると部屋の中央床に新聞紙が落ちていた。その周りにテーブルがあるとかではない。私とレインは天井を見上げた。だが、天井はなんともない。あるのは小さな電気のシャンデリアだけ。
「どっから落ちてきたの?」とレインは言った。
「さぁ? まさか天井をすり抜けたわけじゃないと思うけど」と私が言うとレインは「まさか」と言った。そこにボニーとメアリーが隣の部屋から此方の部屋にやって来た。隣の部屋は調合の部屋、此方の部屋は書斎、他に寝室、トイレ、シャワー、台所、リビング、素材保管庫になる。
「壁をくまなく調べたけどなんともなかったよ?」とボニーは答えた。
「そっかー、てっきりフェイクですり抜けられる壁があるんじゃないかって思ったんだけどなぁ」とレインは言った。
「何の為に? 私達がここに来てから私達を閉じ込める為にそんな仕掛けをする時間はなかったと思うけど」
「まぁ、それは私も思ったけどさ……念の為。それじゃカイリーはどうやってあのヒュレーの婆さんが消えたと思うのさ」
少し考えてから私は素直に「分からない」と答えた。
「こうは考えられない? この新聞紙みたいにさ錬金術ですり抜けたとか」
「錬金術で?」
「ほら、錬金術の「実体」だっけ? それに関係するんじゃない?」
「いや、ないんじゃないかな。もし、仮に錬金術ですり抜けられるなら、この新聞はこの部屋をすり抜けて更に下に落ちる筈」
私はそう言いながら大きな新聞を見た。一面のタイトルには『エイドス、人工オリハルコンに成功!?』とあった。エイドスは資源も人工で生み出そうとしているのか?
レインが近づき横から一緒に新聞を見た。
「オリハルコンって高いんでしょ? そんなのが大量生産されたら天然のオリハルコンはどうなっちゃうんだろうね」
「市場価格に全く影響がないとは言えないんじゃないかな」
◇◆◇◆◇
エリア4の火災から数日。調査報告の発表がいい加減あってもいい筈なのに未だ発表がなかった。大抵消火した日の翌日までには火災の原因や火の広がりについて発表がなされるものだ。それがまだないことで色々な憶測が国中で起こった。中には陰謀論者が現れ、国内にスパイがいてそいつが国の食料庫に火をつけたのではないかという根拠のない噂を広げ、それに感化された者達は自分達で犯人探しや自警団を作ろうと、更に国内で混迷を深めていった。
ヒュレーの婆さんは新聞を畳みながらカイリー達に警告する。
「過激派はヒュレー以外の者を捕え国外追放するか逮捕すべきだと主張している。人間も例外ではない。特に人間はテロスにもエイドスにもいるし自分達の国を持たないから特に信用されない」
だが、そもそもその人間の国を滅ぼし奪ったのはそのヒュレーやエイドス達種族だった。それは当然婆さんも承知の上。重要なのは自分の国を持たないとこれ程不利になるということだ。だからこそ、国を守るということがどれだけ大事で、しかし、人間は守りきれず敗北したのだ。
だから私達は一つお願いをしてみた。
「私達にも身を守るすべを身につけたい。錬金術でそれが出来ないかな?」
「身を守るすべを得ようとするのは良いことだ。だが、私は年寄りだ。もう若い頃のようには出来ないが構わないか?」
「お願いします」
どうせ、この部屋を出れたところで私達は無力だ。それを道中でよく実感した。
「言葉で言うより実際に見せた方が早いな」
そう言うと婆さんは棚から一つの石のようなものを持ち出した。
「これは玉鋼と呼ばれるものだ。これから刀という武器が生まれるのだが、このままでは武器としては使えない。まぁ、せいぜい投げる程度で斬るということは出来ない。これを『デュナミス』という。そして、お前さん達は原石、『デュナミス』そのものだ。その原石から具体的な力を発揮させる、その能力を『エネルゲイア』という。つまり! この世には『特殊能力』というものが存在するのだ!」
「『特殊能力』!?」
「お前達は私がどこへ毎回消えているか不思議そうにしていたが、なに、お前達も出来るようになる」
「本当に!?」
「これから、そのやり方を教えよう」
すると、そこまで聞いたレインが手をあげ質問する。
「私達が原石ということは、なんにでもなれる無限の可能性があるということ?」
「いや、そうではない。確かに錬金術を見ていればそういう発想にもなるのも分かるが、いいか? お前達は人間、そして個だ。それは必然で変えることのない前提だ。そこから生まれる可能性は無限ではない」