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カイリーと緑のトンネル  作者: アズ
第1章 百年後の新時代(ディストピア)
1/51

緑のトンネル

 クラクションが鳴った。真夜中の田舎の交差点。交通量は多い方ではない。通勤通学とも外れる道。周囲は田圃と遠くに電線が見えるだけ。その交差点の右からやってきた黒の四駆は停止線の前で止まって自分に向けてクラクションを鳴らしたのだ。何故? 自分には分からなかった。ただ、車のライトで運転席側が見えると、そいつはハンドルの上に両腕を乗せ前のめりの姿勢で此方をじっと見ていた。そいつは女だった。二十代後半から三十代前半。生意気な態度で此方を睨みつけ、赤い口紅の口は笑っていた。なんだこいつ。そう思った直後、横断中だった自分に向かって女はいきなり車を走らせた。

 エンジン音が静けさから一気に煩くなったのを耳で受け取り直感的に危険を察知した自分は咄嗟に車から避けようと道の端へ走った。その背後をすれすれで車が猛スピードで通り過ぎると、車は急ブレーキをかけたのかタイヤの擦れる音が響いた。自分は車の方を見た。

「なんなんだいったい」

 すると、後退灯がいきなりつくと車は後ろへ急発進し始めた。

 そこでようやく自分はあの女に襲われていると気づいた。でも、何故? 運転手の女は初めて見る顔だし、恨まれるようなことは自分はしていない。少なくとも殺される筋合いだけは絶対にない。

 自分は逃場をもとめ、勢いよく田圃へとダイブした。全身田圃の泥に浸かると、車は直前で急停止した。

 流石に車を田圃に突っ込むような真似はしないだろう。そう思って自分は泥の中から起き上がり立ち上がると、泥に足をとられながらスマホを取り出し警察の番号をかける。

 その時だった。

 車は猛スピードで田圃に突っ込んできて、その車体に頭が激突した。

 スマホはその時に落ち、泥の中へと沈んだ。




◇◆◇◆◇




 目が覚めると、オレンジ色に染まる空に全体的にうろこ雲が広がっていた。風は心地よく、多湿のようなじめじめ感もない。起き上がると風は後ろから現れた。振り向くと木のトンネルがあって緑陰が奥深くまで続いていた。自分がいたのはその出入口の外だった。

(あれ? なんでこんなところにいるんだろ)

 と、そこに男の子の声で「お姉ちゃーん」と呼ぶ声がした。自分に駆け寄ってきたのは金髪にそばかす顔の男だった。それは自分が15歳に対して10歳にも満たない。私はその子を見て即座に弟だと認識する。それは不思議な感覚だった。まるで、弟がいない別の人生があったかのように。そんな架空な物語は本の読み過ぎかと思ったが、私はそもそも本を読んだりはしない。なのに、本を読んだことがあるもう一人の人生の記憶が何故か脳内にあった。そこでの自分は社会人で夜遅くまで働き、いつも終電に乗って帰る。毎日の日課が鮮明に覚えている。これが夢だとしたら異常だ。それぐらいの違和感がある。なのに、肝心の自分の顔や性別が思い出せない。普通に考えれば今の私は女なのだから、女の筈なのに、もう一人の私は全く知らない私だった。まさか他人の記憶と混在しているというのか? でも、それはいつからなのか思い出せない。何故? それは非常に私を困惑させた。

 弟は私に追いつくなりいきなり抱きついた。そして、泣き出したのだ。そこに、弟から遅れてやってきた鼻が小さく目が大きくて前頭部が突出した頭のでかい緑色の肌をした高貴な大人達が現れた。別におかしなことはない。彼らは私達人間より頭脳が大きくて、人間より知能が高い人に近い種族というだけのことだ。それは記憶力が高く計算もほとんど暗算で出来てしまう程に。逆に人間はそれが出来ず、他の種族からよく馬鹿にされていた。だから、どの国にいっても人間はだいたい労働者階級かそれ以下だった。しかし、不満があるわけではない。この世界、能力主義は実績で評価されることが公平と考える以上、能力差があることは否定出来ない。非力で馬鹿な種族が自分達より上の種族に喧嘩を仕掛けたところで種族丸ごと殲滅されて終わるのがオチだ。それは悲観的でなく現実的に自分達の生きられる居場所を求めた結果だった。

「おい人間。何故木のトンネルに近づいた」

「ごめんなさい」

「馬鹿な人間。言っても分からない。だから困る。もう二度と近づくな。でなきゃ奴隷になるか?」

「もう近づきません。ごめんなさい」

 すると鼻で笑われ、呆れた顔をしながら大人達は村へと踵を返して去っていった。

 彼らは人間より大きく、大人達は平均二メートル以上になる。

 そして、彼らは緑色をしているが、それを理由に彼らをそう呼んではいけない。いや、他の種族もそうだ。そういうルールは法律にあるわけではないがこの世界の常識だ。もし、色で呼んだりすれば何をされても文句は言えない。警察も周りからも見捨てられるだけだ。それだけ世界共通認識のタブーということになる。

 だから、彼らのことはテロスと呼ぶ。私達が住む村はテロスと人間の二種族が暮らす。人間が肉体労働をし、テロスは指示を出したり管理をする。村の主な収入源は農産物。まず、食料に困らない。あとは過ごしやすい気候と自然が多いのが特徴になる。ただ、果物は甘くなくあまり美味しいとは言えない。

 私は抱きつく弟に謝り、一緒に手を繋いで村に帰ることにした。でないと雨が降ってくる。そんな天気をしていた。




 それは見事に的中した。自宅に帰るなり雨はポツポツと降り始め、暫くしてから豪雨になった。窓のない小さなワンルームに私と弟が暮らしていた。その家にはほとんど家具がなく、部屋を照らすのは蝋燭だった。壁を見れば打ちっぱなしでまるで牢獄みたいな部屋だった。私と弟は小さな明かりを中心に囲み、固くなったパンを水で濡らし湿らせてからかじって食べた。私達の今日の食事はそれだけだった。育ち盛りの弟はきっと足りないだろう。でも、一度たりとも不満を口に出したことはなかった。

 私達の母親はジョージを生んだあとに亡くなった。父は炭鉱で働いていたが事故で亡くなり、私達だけとなった。私では炭鉱で働くのは無理だったので、今の家に移り住んでなんとか生活していた。働かなければ野宿になるだけでなく人さらいで奴隷にされてしまう。だが、私達のような階級は働かなければそれだけで罪になる。逆に働くことで私達はそれなりの権利を得る。まさにこれは社会との取り引きだ。私達はその契約をし、権利を得て生活しているに過ぎなかった。




◇◆◇◆◇




 翌日。雨はすっかり止んでいた。だが、地面はぬかるんでおり、そこを歩くと泥が跳ねて靴やズボンの裾を汚した。塗装された都会ならこうもならない。だが、一方で人口が増え続け、結果としてそれをおさめる為に度重なる増築を行ったせいで道路にまで迫り出て道が狭くなっている。そんな迷路みたいな道に沢山の人が通るのだから想像するだけで息苦しく感じる。

 あんな場所は二度とごめんだ。仕事探しに一度都会へ向かったのは人生最大の後悔だ。おかげで弟が人さらいに合いそうになったし、金は盗まれたし、ろくな場所じゃなかった。

 それに比べればここはいい。いくつも広がる農場のうち自分の担当する農場で言われたように弟と一緒に仕事をするだけだ。今日もその農場で仕事をする……筈だった。




「え……」

 農場に到着するなり不穏な空気が漂っていた。仲間の人間が農場の入口付近で足を止めていたからだ。そして、その原因は直ぐに判明した。

 農場に大型の機械、トラクター達が並んでいたのだ。そこに、農場を管理するオーナーが現れた。ダブルブレストにスキンヘッドの男、テロスは笑顔のまま労働者の前に出ると挨拶は抜きでいきなり説明が始まった。

「見ての通り私の農場にもようやく機械が届いた。これなら君達無しでも生産の効率を上げられる。更になんと数年後には完全自動化を目指していく予定だ」

 オーナーは興奮気味に言いながら拍手を始めた。だが、それに合わせ拍手をする者は誰もいなかった。

 気にもしないオーナーは笑顔のまま「だから」と続けてさらりと大事なことを告げる。

「今から君達で話し合って誰が残るか決めてくれ。言っとくが半分以上はここを去ってもらう。そのつもりで」

 オーナーはそう言うと、最新の車とやらに乗り込み、走り去っていった。

 それは私達にとって最悪だった。当然、力の強い者だけがここに留まる。不満反対あれば、それは暴力で訴えるしかない。相手から勝ち取り自分こそは相応しいと証明する必要がある。

 そして、私と弟にはそれが出来ない。大人達に勝てる筈もない。

 私達はいきなり無職になってしまった。

 そもそも雇用契約なんてあってないようなものだ。だから、オーナーは簡単に解雇を告げれる。法律にも違反しない。労働者の流動性はこの社会では当たり前だ。そして、大概は解雇だ。私達はそれを一番恐れながら、脅かされながら生きていた。

 ああ、ここもか…… 。

 そういえば、何故自分があのトンネルに近づいたのか、今になって思い出した。

 噂ではあるが、あのトンネルを無事くぐり抜けられたら、こことは別の世界へ行ける。そこでは人間が頂点で、テロスも他の種族もいないという。そんな『理想郷』があると言われたら嘘でも確かめたくなる。もしかすると、私の中にあるもう一人の人生の記憶はその『理想郷』で経験した記憶ではないのか? いや、だとしたら何故私はここに戻って来てるのか? しかも、大事な弟を置いてトンネルに入ったのか? 色々と納得出来ないのは二人分の記憶がごちゃごちゃになっていて、逆に何か大事な記憶が欠落している気がする。

 時間が解決するならいいけど、直感的にこのままな気がした。それは悲観的になっているせいなのか分からない。

 ……悲観的そうかもしれない。だってこれからどうしろって言うの!

 頭を抱えながら弟を連れてとりあえず家に引き返していると、後方から「カイリー」と呼ぶ声がした。

 カイリーは私の名だった。そして、私を呼んだ男が誰かも声で想像がついた。振り向くと小太りの男が手を振っている。彼はポー。年齢は50代後半。私と同じ農場でさっき無職になった男で、そして数少ない信を置ける人だ。

「カイリー、行く宛があるのか?」

「あるように見える? とりあえず早く移動しないと他の人達に先に仕事を取られちゃう」

「そのことなんだが、もう遅いかもしれない」

「どういうこと?」

「あちこちで新しい機械の導入が進んでいるらしい。農業はもう近々人間がしなくてよくなるかもしれない」

「町は?」

「駄目だ。もう失業者で溢れてるって。そういえば聞いたよ。カイリーあの噂の緑のトンネルに入ったんだって? それで、どうだった?」

「ご覧の通りです」

「だよな」

 ポーはそう言いながらも残念そうにした。

「だったらなんで妙な噂があの緑のトンネルにはあるんだろう」

「さぁ?」

「結局楽して楽園は手に入れられないか……分かってはいたけどさ」

 私はもう一人の人生の記憶についてはポーには話さなかった。あの記憶がなんなのか、まだ自分の中で整理出来ていないからだ。そんな曖昧なものでポーに変な期待を持たせたくはない。ポーの言う通り、結局私は今ここにいるし、あの世界も決して『理想郷』と呼べるかは分からない。あの世界は確かに人間が頂点だった。だが、そうなると人間同士の争いになる。戦争、内戦、分断、色んなものがあの世界で起きていた。

「私達の『理想郷』は私達で見つけよう、ポー」

「それもそうだな」

 この後の人生がどうなるのか分からない希望無き不安は多くの人が絶望し、そこから逃げるように鬼籍に入ってしまった。私にとって救いは弟だ。だから生きていられる。家族だから。

「それでカイリー。自分は北に向かおうと思うんだが」

「北? 北って何があるの?」

 北はエルフという種族がいる。テロスと違い人間とあまり背丈は変わらない。ただ、頭の脳みそを複数持っていて、その日に合わせて脳みそを取り替えているという噂を聞いたことがある。でも、実際それを見たわけじゃない。あと、水辺によく住み着いており、種族の中では平均寿命が長いのが特徴だ。皆、百年以上生きている。

「エルフは奴らの信仰上機械を嫌っている」

「そうか。そこでなら仕事がまだあるかもしれない」

「そうと決まれば行こう。北へ」

 こうして私達は仕事を求め北へ向かうこととなった。




◇◆◇◆◇




 荷物と呼べる大きな物は元からない。大きめのショルダーバッグに日用品と食料を全て入れ、ポーと待ち合わせの場所へ向かう。既に村では職を失ったカーゴパンツに地味な色の服を着た人達の大移動が始まっており、恐らくは西にある町へ向かうと思われる。弟と手を繋いでポーと合流すると、私達三人は北へ向かって歩き始めた。

 北への道は一本道にエルフの住む村まで繋がっている。その歩く道前方遥か遠くには石造りの『天摩塔』が見える。そのまま天を摩する程の塔だからという捻りもない理由でつけられた。なんでもエルフがかなり昔に見張り用として人間につくらせたものらしい。その時代は違う種族という理由で争い血を流した歴史がある。ただ、人間だけはその争いに参戦しなかった。いや、出来なかった。もし、参戦しようものなら人間という種族は絶滅していたかもしれないからだ。

 今は和解し、百年以上の平和が続いている。




 道はやはり雨でぬかるんでいた。所々に水溜りが出来ており、それを一瞥すると、反射して自分が映り込んだ。ぶかぶかのミリタリーコートを着てポニーテール巻きをして表情が硬い自分がいた。あの住んでいた部屋には鏡がなかった。化粧をするわけでもないし、酷い顔を見ないで済む。でも、たまにジョージに心配される。それは弟にとっても私が唯一の家族になるからだ。分かっている。弟を一人にしたりはしない。

 私はふと後ろを振り返った。遠くに同じ道を歩く大人達の姿が見えた。彼らも私達と同じ北へ向かうのだろうか?

 するとポーは「焦る必要はない」と私に言った。

「エルフの村まではまだ長い。今は体力を温存しておいた方がいい」

 私は素直に従い頷いた。

 後ろにいた人間達は私達より先へ行こうと走り出し、暫くして私達の横を通り過ぎた。その通り過ぎる間際、私達三人を見た。連中は笑っていた。二人は男で髭がボーボーで、歯が黄ばんでボロボロだった。服も髪も全体的に汚かった。私達はそいつらを無視した。男達は私達を抜いた後も暫く走り続けた。

「エルフは潔癖だから関わるのも無理だろうな」とポーは言った。




 それからその後も私達を幾人かが通り過ぎ、我先にとエルフの村へ向かった。

 私達はようやく森へと入った。道は森の中でも途切れることなく奥へ続いている。

 森の植物はどれも緑の葉をつけており、鮮やかな花は見当たらない。

「この中には食べられる植物もあるが、毒を持つ植物も紛れているから絶対に手を出すなよ」

 ポーはそう言って私達に警告してくれた。

 すると、森の奥から赤い粒のような小さい光が沢山現れ輝き始めた。仄かに甘い香りも漂い始めた。

「馬鹿め。植物に手を出した奴がいるな」

 ここにある植物には防衛反応がある。人工的につくられた毒のない綺麗な花と違い自然は牙を隠し持っている。

「エルフが怒るぞ」

 エルフは自然を大事にし、故に自然の中で生き、自然から哲学を考える。そんな自然に危害を加えたとなれば確かにポーの言う通りエルフは怒るだろう。

 すると、葉が揺れる音が聞こえてきた。ポーは人差し指を口元にあてた。私達は頷き、立ち止まった。

 どこかで小鳥たちの鳴き声が聞こえてくる。私達は周りを見渡した。だが、何も動きは見えない。私達より先に行った人達とは既にだいぶ離れている筈だ。少しは大丈夫なんじゃないかと思った直後!



 ピシュッ!



 反応出来ない速度で矢がカイリーのそばの木に突き刺さった。

「頭を下げろ! 腰を低くするんだ」

 ポーは叫び、私達は慌ててその場でしゃがみ込んだ。

「絶対に頭をあげるな」

 私達は何度も頷いた。

 ポーは誰かそこにいるであろうエルフに向け声を張り上げる。

「私達はエルフの森に危害を加えるつもりはない! 子どももいる。どうか矢を射たないでくれ」

「人間がエルフの森に何のようだ」

 それは男の声だった。

「ただの通りすがりの者だ」

「なら、引き返せ」

「分かった。だからもう矢は射たないでくれ」

 ポーは言うと私達に向け「これ以上は無理だ。引き返そう」と言った。

 それは仕方がなかった。自然とエルフが共存する関係、エルフはその自然に生かされ、エルフはその自然を私達のような人間や他の種族から守ろうとする。これではエルフの村に辿り着くことさえ無理だ。結局、私達は来た道を引き返した。




 森を出るなりポーは「甘く見ていたよ」と汗を布で拭いながらそう言った。

「エルフがあそこまで攻撃的とは思わなかった」

「エルフって普段は穏やかなんでしょ?」

「あぁ……その筈だ。それともその認識が間違っていたのか?」

「とにかくこれじゃ今すぐ行き場所を変えないと。流石に町へは日が暮れちゃう」

「町はあぁ無理だ。となるとここから東側に街がある。遠いが一番近い場所はそこだ」

「街……」

「嫌か? それなら夜を過ぎるが」

「行こう。夜はもっと危険よ。だってほら、食人鬼に魔女が現れる」

「……そうだな。よし、行こう。今からならギリギリ間に合う」

 少し急ぎ足で私達は道を外れ草原から東へと向かった。




 私が単純に街が嫌だったのは治安が悪いのと、そこは人が溢れ仕事はどうせ見つからないことと、そして街は大抵人身売買が盛んだからだ。だから、弟を連れて街へは行きたくはなかったという感情的な理由だ。そんな弟は私との手を離さず繋いだままだ。弟は優しいし、どんな時でも私についていく。喧嘩もしたことがない。私は弟を世話しなきゃという責任感があるし、弟は私を困らせないようにと我慢している部分もあるだろう。だからといってポーまで危険にさらすわけにはいかない。ポーはポーで責任感で私達と一緒にいようとするだろうし、それに会話に出た食人鬼も魔女も実在する。連中は自分達が捕まりたくないからわざわざ街へは近づこうとはしない。それに、ポーという大人と一緒にいればとりあえず街の方が安全だ。




 こうして私達は日暮れまでにはなんとか東の街に入ることが出来た。街の道は石畳で捨てられたゴミが散乱しており、異臭が漂っていた。沢山の煙突が遠くに聳え立ち、そこからは黒い煙がずっと空に向かって空気を汚し続けている。労働者が済む建物が建ち並ぶ奥に工場があって、そこもとっくに機械化されほとんどは24時間工場から騒音を響かせながら稼働し続けている。人間は日勤と夜勤にわかれて、その工場で機械のメンテナンスをしたり、掃除をしたりする。ここでは火を使って電気を生み出す大型施設がある。そのおかげでこの街は夜中でも明るい。

 私達は急いで宿を探し回った。労働者達からも一晩だけでも泊めてもらえないかお願いして回った。

 その間、街のどこかでは酒を飲み大騒ぎする人達がいて、それをテロスが通報し、通報を受け駆けつけた兵士が銃口を向けそいつを警告無しでいきなり撃ち殺し、死体は兵士によって引きずり出され、床や地面にべったりとそいつの血をつけて、トラックの荷台に遺体を放り込んだ。その兵士は人間でもテロスでもない。それは二足歩行のロボットだった。

 この街では毎晩銃声が響く。それはほとんどが工場の騒音でかき消されるが、例え聞こえたところでこの街で銃声は驚くことではない。テロスがどんな言いがかりをつけロボットに命令しても、それが権力だと私達は知っているから。

 テロスや他の種族が私達の命をどうはかりにかけているかは分からないけれど、この世界の命は平等ではない。




 ようやく、泊まる部屋を確保できた時にはすっかり21時を過ぎていた。

 それから私達は臭くて狭い部屋に三人並んで床の上へ直接横になって、それからカウンターで借りた毛布をかけて眠りについた。

 それは以外にも深い眠りで、翌朝はジョージに体を揺らされてようやく目が覚めた程だった。

「ごめんなさい、思ったより眠っちゃった」

「構わないよ。寝れる時に寝ないと体が保たない。これから更に長い距離を移動することになるんだから」

「そのまま東へ向かうの?」

「ウォーターフロントまで向かう」

「それはどれぐらいの距離なの?」

「2日はかかる」

「麒麟に乗れればあっという間なのにね」とジョージは私に言った。

 麒麟とは他の種族が移動手段として使う乗り物だ。空を駆け、風より速く移動できる四足の生き物は顔が龍のようだとか。でも、それを人間が乗りこなすのは無理だ。風より速くては簡単に振り落とされてしまうだろう。それに麒麟は相手を選ぶという。麒麟を乗りこなせるには長い時間をかけて関係を築いていかないと、そもそも背中にすら乗せてもらえない。

「私達には無理ね」私はそう言った。

 ポーは笑顔でジョージを見た。ジョージもそんなことは分かっていた。

 ジョージは他の子と違って賢い。あの子の年齢では難しい本でも彼は難なく理解した。

 ただ、この世界ではちょっとの才能にしかならない。脳みそのでかい種族が他にいるからだ。

 でも、奴らにはその分弱点がある。大きな脳と、それを使いこなすには大きなエネルギーを必要としており、その為か私達人間より摂取する食料が多い。例えるなら、人間は数日くらいなら食事を抜いても水さえなんとか出来れば生きてはいける。だが、テロスにはそれが出来ない。3日も保たないだろう。かつて、炭鉱に視察に来たテロスが偶然起きた事故で出入口が塞がれ、数日人間と一緒に閉じ込められた時には、そのテロスは真っ先に意識を朦朧とさせ倒れると、その日のうちに餓死した。それが二日目の時だったと父さんが生前にそう言っていたから多分脳みその大きさは生物が生きていく上では大き過ぎるのも問題なのかもしれない。

 かつて、とある人物が奴らから食料を奪えば知能では勝てなくても戦争には勝てるのではないかと仮説をたてた者がいた。それは無謀だと皆から止められ、他の種族に知られたら人間は殲滅させられると恐れた一部の仲間達によって後にそいつは殺害された。

 でも、その仮説は正しいと思う。出来るかどうかは別として。ただ、疑問に思う。



 人間はいつまで他の種族に対して膝を折り、忠誠を誓い続けるのか。



 ふと、もう一人の自分の記憶が蘇る。そのもう一人の自分がいた世界では人間をホモ・サピエンスと呼び、そして他のホモ属を追いやりホモ・サピエンスが最後に生き残った、そんな説があることを思い出した。

 真意は不明でも、私達はきっと他の種族とは共存出来ない。今それが出来ていても、それは永遠ではないかもしれない。それよりも、私達はあいつらがいつ人間を滅ぼしに襲ってくるか分からない。なら、襲われる前に滅ぼした方がいいんじゃないのか。あいつらは私達の命なんてどうも思っていないことは明らかなんだから。

 その時、私の脳内でバチッと電流が走った。

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