第98話 少女とストーカー男
レベッカの帰路。いつもの人気のない路地裏に来たところで立ち止まる。
「そこにいるんですよね?」
レベッカが誰もいないにもかかわらず、誰かに呼びかける。森での一件。母を早く助けたい一心だった為、気づかなかったが不自然なことが多々あった。
まず、魔物に出会わなかった件。森は整備されているわけではないので、マ・タンゴやタンゴ以外に魔物がいるし、行きと帰りに一体もみかけないのはおかしい。
次に、タンゴの場所まで迷わず行けた件。基本的に森の中は雑草が生い茂り、道がなく進みにくい。なので、レベッカは誰かが藪漕ぎした道を通っていた。前日にタンゴハンターが通ったからといえばそれまでだが、そんなに都合が良いことは起こるだろうか。
極めつけは、レベッカの戦闘能力が大幅に強化された件。母への愛が少女の秘めた力を覚醒させたなどというおとぎ話のような展開は起こるはずがない。レベッカはいくら頑張っても報われない母を見続けていたからこそ、現実の厳しさは痛いほど知っていた。
これらから、自分を支援してくれていた人物がいたと推測する。レベッカには友達はおらず、助けてくれそうな知り合いはいない。そもそも支援者候補すらいないのだ。にも拘わらず、あの場の急な行動に対応できる人物となると大分絞れる。つまり、このタンゴの話を知っている担当医と母が助けた謎の男だ。担当医はその日はずっと病院にいたことが分かっているので、残るは一人しかいない。
その残った一人に対し、レベッカが呼びかけていたのだ。呼びかけは虚しく響き、辺りは沈黙したまま。そこで、レベッカは思考を巡らす。
(あの男が近くにいることは間違いない。私を助けようとするのはお母さんの看護に恩を感じたからだろう。私を傷つけられないのならそれを利用させてもらおうかな)
レベッカはニヤリと笑い、再び呼びかける。
「出てこないならここで自害しますよ?いいんですか?」
そう言って、体液採取用に持っていたナイフを自分の首に突き立てる。しかし、これにも反応が返ってこない。意を決し、腕を引いてナイフを思い切り首に向かって突き刺す。すると、ナイフの先端が折れた。レベッカの首元は無傷。
(やっぱりいる)
男の存在を確信し、次の策に出る。
「次は舌を噛み切ります」
そう言った後、口を閉じ、頬を縦に伸ばして思い切り噛む寸前の仕草をする。それに釣られた男が物陰から現れる。
「待て待て、早まるな。話し合おうじゃないか」
レベッカは男の姿を見て、勝利を確信したドヤ顔をする。
「色々と聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「よろしくないです」
「じゃー噛み切ります」
「よろしくどうぞ!」
14歳の少女に手玉にとられるおっさんは哀れである。
「なぜ母の名前を知っていたのですか?」
凡太がエケニス家で目覚めた時にうっかり名前を呼んでしまった事。見ず知らずの母をチンピラから助けた設定になっているので本来なら名前は知らないはずなので、凡太の完全な墓穴だ。
「仕事でエライカ社を訪れた時、挨拶をかわして名札を見た時に偶然知ったのです」
「偶然ですか…。ところで、なぜ夜中にこの路地にいたのですか?」
「家が近所なもので、夜中にふらついていただけですよ…」
「私もよくふらつくのでその気持ち分かります。でも不思議だなぁ。あなたを一度も見かけたことはないんですよ。もちろん偶々会わなかっただけかもしれませんがね」
「最近引っ越してきたばかりなんですよ」
「本当ですか?私は記憶に自信があるのですが、ここ半年以内でこの周辺に引っ越してきた人などいませんよ」
「……」
レベッカは引っ越してきた人を把握していなかった。彼女の探偵のような勘が嘘をついている事を知らせ、鎌をかけさせたのだ。それにひっかかり沈黙したことで凡太への不信感が高まる。
「つまり、あなたは母のストーカーという事ですね?」
マリアを助ける為に行ったのは尾行であり、マリアに対してストレスを与えていたわけではないので冤罪だ。冤罪にあえば、誰でも否定するものだが、この男は違う。
「その通りです」
まさかの肯定に、レベッカがたじろぐ。その様子を見て、今度は凡太が不気味なニタリ顔をする。
(一般人モニター確保の件は達成済み。あとはエケニスさんに恩を返すだけだったんだけど、近くにいると恩が溜まっていく一方だったからなぁ…。だから、こうやって社会的に嫌われることで向こうから離れていくようにした。後は俺だとばれないように間接的な方法で恩を確実に返していくだけだ。向こうからの恩は増えることがないから楽なもんよ)
恩を売られたからには必ず返すという男の執念。これもある意味ストーカーである。恩返し勝負は凡太の勝利に終わると思いきや――
「ではストーカーさん、なぜ母に近づいたのか洗いざらい話してください。嘘をついていると判断したら舌を噛み切りますので、間違いのないようにお願いします」
今回の相手が悪かった。レベッカはこの手の相手には慣れていた。なぜなら、自分の母がこのような自己犠牲タイプだったからである。自分の評価が下がろうが、それによって自分が大事に思っている人が幸せになってくれるならそれでいい。いつしか、その人の雰囲気からその考えを持っているかいないかを判断できるようになっていた。そしてその特殊能力により、凡太が昨夜家に運ばれた瞬間から良い人間だと判断されていたのだ。
(本当にお母さんのストーカーなら私は邪魔だから、見殺しにして一人で体液をとってきていたはず。そうせずに私を助けるのに尽力したという事は…もうこの人がどういう人間かは確定したようなものね。はぁ…めんどくさくなりそう)
レベッカは母の過剰な気遣いを感謝しつつも日頃からめんどくさいと思いちょっとした重荷に感じていた為、凡太が同類と判断された今は重荷が1つ増えた感覚を持つ。
こうして、凡太は一般人モニターのことや自作自演作戦のこと、森での件などを包み隠さず、すべて話す。レベッカはそれを聞き終え、今日一番のため息をついた。




