第97話 少女の初クエスト
レベッカは王国南の森に躊躇なく入っていく。
“母に早く元気になってほしい”
その強い思いが、魔物への恐怖をかき消しているのだ。
レベッカは大人しい性格で口数は少ないが、母の手伝いを率先してやる良い子である。慢性疲労状態の母の助けになる為、今や家事全般はほとんど彼女がやっている。マリアはそれに対し、いつも感謝しつつも申し訳なさを感じていたようだ。人が好過ぎることも問題で、マリアは娘には負担をかけたくなかった為、このことがストレスになっていた。かといって、マリアにすべての家事を任せると今度は過労死してしまう。板挟み状態になっていたことにレベッカは気づいており、肉体疲労と精神疲労を天秤にかけ、どちらが母の負担が少ないか考えた結果が今の家事の請負だ。
レベッカは家事の空き時間に毎日王国の図書館へ通い、勉強をしている。自分の知力を高め、有能な人材になることで良い会社に就職して母に楽をしてもらう為だ。運動神経がなく戦闘の才能がないことを自覚していたので、努力の方は学業に全振りしている。
レベッカには心が許せる相談相手や助けてくれる仲間が1人もいない。母に何か相談すると、自分の事のように親身になって考えてくれるので、精神的負荷が高くなる。このことを知っているから、悩みごとがあっても相談できない。義務教育として学校に通う制度もないので、集団生活の経験もなく、日頃は図書館でずっと一人で勉強している為、友達がいない状態だ。
よって、今回はレベッカ単独クエストになっている。
森奥まで来た。今のところ魔物に一度もあわなかった。
木が生い茂り、薄暗くジメジメしたカビ臭い場所に着くと、何やら100体以上のうじゃうじゃとうごめく魔物がいた。
「マ・タンゴ!」
音声波長をいじったようなうにょうにょした鳴き声を発する体長1.5mのキノコ型魔物、マ・タンゴ。足は体の4分の1ほどで指がない。4分の1がキノコ傘、2分の1が白色の胴体。キノコ傘の部分は青紫で黄色の斑点がいくつもあり、毒々しく気持ち悪い。キノコ人間なだけに30㎝ほどの指のない腕がある。目がなく、触覚で外敵を判断しているようだ。
キノコらしい胞子攻撃は行わず、肉弾戦を挑んでくる格闘タイプの好戦的魔物である。毒攻撃がなく、戦闘能力が高くないので倒すのが楽そうにみえるが、一撃を耐えるとキノコ傘を震わして1体ずつ増殖していくので、倒すときは一撃で倒さなくてはならない。耐久力が並の人間以上という点が非常に厄介で、攻撃力がないと数に押されてボコボコにされる。
そんな集団戦法軍団の中に体長1mほどのキノコ傘が緑色で、マ・タンゴを縮小させたような魔物が一体だけいた。こいつがタンゴだ。
タンゴはマ・タンゴと違い大人しいので、体液をとること自体は難しくない。
レベッカは図鑑でマ・タンゴの特性を知っていたので、攻撃を与えることを避け、タンゴにこっそり近寄れないか隙を探す。しかし、密集した奴らには隙がなかった。レベッカがどうしたものか悩んでいると、丁度後ろの木から、
コン、コン
と、拳を打ち付けたような音がする。マ・タンゴが急な物音に一斉に反応する。
「マ・タンゴ!」
どうやら音源をレベッカと判断したらしく、もの凄い勢いと数で突進してくる。その速さは短足にしては異常に速かった。一気に走って逃げていたレベッカとの距離を縮め、交戦をしかけていく。
レベッカは取り囲まれ、一斉に殴り掛かられる。マ・タンゴの殴る力は一般人以上なので、レベッカがくらえば重症だ。にもかかわらず、レベッカは無傷。
(どういうこと?)
無傷どころか痛みをまったく感じない。何が起こったのか分からず、しばらく立ち尽くす。そんなレベッカのこと等おかまいなしに後続のマ・タンゴが次々と参戦し、密集されていく。打撃は効かないが、圧迫され押しつぶされそうになり、咄嗟に、
「もう、あっちいけ!」
両手の掌を一気に突き出し、押す動作をする。すると、丁度目の前にいたマ・タンゴがもの凄い速さで吹き飛ばされ、他のマ・タンゴをなぎ倒しながら消滅。その勢いが波のように伝染し、なぎ倒されたやつらが次々と消滅していく。レベッカの押しの威力がマ・タンゴの耐久力を大きく上回ったようだ。
はじめは訳がわからず放心するレベッカだったが、これを好機としてマ・タンゴ狩りを開始する。
耐久力と押す力だけでなく、移動・攻撃速度も格段に上がっており、足蹴りやパンチで次々と消滅させていく。それだけの攻撃を繰り出しながら、文系少女は息一つ乱していなかった。
5分も立たない内に、タンゴの周りのマ・タンゴは一掃された。タンゴから体液を採取し、瓶に入れた後、急いで森を後にする。先程の異常な移動速度の速さはすでになくなっていたが、帰りも魔物に出会うことなく森を出てそのまま王国の母の下へ急ぐ。
病院につき担当医に事情を話す。
「タンゴの体液をあなた一人で採取されたのですか?」
「その話はあとにしてください!早く母に使ってあげてください!」
「わ、分かりました!」
文系少女が屈強な戦士でも手こずるマ・タンゴを攻略した事に驚きを隠せない医者だったが、すぐにタンゴの体液を使って飲み薬に調合する。
レベッカができた薬を起きていたマリアに飲ませる。すると、今まで無気力だった顔に生気が戻っていく。
「元気が戻ったみたいに体が軽くなったわ。ありがとう、レベッカ」
頭を撫でられうれし泣きするレベッカ。
「でも、危険なところに行くのは感心できないわ。今回は運よく何もなかったからいいけど…。今度から私に何かあっても自分の事だけを考えてね。お母さんの事は気にしなくていいから」
「うん、分かった!」
もちろんレベッカは素直に母の忠告を受け入れていない。受け入れた振りをしないと母に精神的負荷を与えてしまうからだ。
こうして、レベッカの初クエストは大成功に終わった。




