第96話 聖人VS下種
凡太は見知らぬ部屋で目覚めた。布団の中だったので寝かされていたことに気づく。
「お目覚めですか?」
「エグニスさん…?チンピラはどうなったんですか?」
凡太の疑問に答えるように窓の外を指さす。チンピラ達が建物の壁に3人並んでめりこんでいた。
(派手に襲ってくれたみたいでよかったぁ。しかし、助ける側が助けられる側になるなんて、情けねぇ…とりあえず、借りを返す手段をみつけないとな)
落ち込みながら、次に自分がとるべき行動を模索していると良い匂いがしてきた。
「朝食ができているので、よかったらどうぞ」
「ありがとうございます…って気絶していたところを助けてもらったのにここまでして頂くのは申し訳ない。すぐに出ていきま…痛てて!」
立ち上がろうとすると、右足の脛あたりから激痛が走る。かなり腫れており、骨折しているようだ。よろめいたところをマリアに支えられる。
「病院はまだ開いていませんよ。それまで大人しく朝食を食べていてください」
そのままテーブルに連れていかれ、椅子に座らされる。
娘のレベッカと共にテキパキと朝食がテーブルに用意されていく。
「そういえば、自己紹介がまだでした。私――」
「別にいいですよ。深夜にもかかわらず、わざわざ私を助けてくださった心優しい人とだけ分かっていれば十分ですから。昨夜は本当にありがとうございました」
凡太の自己紹介を遮り、粋な返事をするマリア。
(そもそもふざけた策で私利私欲の為にはめようとした人間のどこが心優しいんだよ!ゲス以外の何者でもない。あと、エケニスさんの心から感謝する感じはヤバすぎる…。これは良心が痛むどころではない…。良心をナイフでグリグリと抉られる感じだ。骨折の痛みより、こっちの痛みの方がエグイですって)
真の心優しい人間であるマリアの聖人精神攻撃が、ゲス精神の男に大ダメージを与える。そうこうしている間に朝食の用意が終了。
「「いただきます」」
「い、いただきます」
マリアとレベッカが言ったあとに慌てて凡太が言う。
借りが増えるので、本当は食べたくなかったが、せっかく作ってもらったものなので感謝しつつ、食べることに。
食卓に並べられた料理をみて絶句する。
(食べ物が全て一口サイズ。消化のいいものばかりで悪いものがない。しかも出来立てのようだ。俺の起きてきそうな時間を逆算して作っていたのか?なんて気遣いだ…)
さらにお茶と牛乳が暖かいものと冷たいものが用意されており、箸・スプーン・フォークが置かれていた。
これらに対し、感謝するどころか底知れぬ気遣いに恐怖を覚える。
(はやくこの人から離れないとまずい。このままでは確実に俺の良心が破壊されてしまう!)
料理は作る人の心が出ると聞くが、まさにマリアがそれを体現した。なぜなら、この歩く聖人兵器によって下種の精神が完膚なきまでに痛めつけられているからだ。
朝食を放心状態で食べきった後、支えられながらマリア、レベッカと共に病院へ向かう。この際にも骨に響かないように段差の時はゆっくりと降ろしてくれたり、こちらの進むペースに合わせてしっかりと支えてくれていた。
現時刻は9時。マリアは今日も仕事のはずだが、
「仕事はどうなさったんですか?」
「今日は欠勤しました」
「すみません…」
「いいんですよ。恩人を助けることの方が仕事より大事ですから」
(エケニスさんに集まる不幸よ。すべて俺の下に集まれ!)
マリアの気遣い過剰摂取により、自己犠牲をはらってでも絶対に幸せになってほしいと過剰反応する。
このとき、マリアの“恩人”という言葉で、元々は一般人モニターになってもらう為、マリアに恩を売りにきたということを思い出す。
(俺がエケニスさんに恩を売ったのはチンピラに囲まれているところを割って入ったことくらい。あとは恩を売られに売られている状態。非常にまずい…。すでに恩が返しきれず、自己破産寸前ではないか…)
病院に到着し、治療魔法で骨折を完治してもらった。骨折の痛みもなくなり、晴れ晴れした顔で診察室を出てくるかと思いきや、魂が抜けたような顔をして出てきた。まるで多額の借金を抱えて精神的に追い詰められた人そのものだ。フラフラとよろめき今にも倒れそうになる。
バタッ!
とうとう倒れる。
しかし、倒れたのは凡太ではなく、マリアだった。
医務室へ運ばれ、検査される。医者によれば、血管迷走神経性失神とのこと。失神自体は数分で回復するが、原因が過度のストレスや緊張である為、マリアの場合は再発可能性が高い。また、問診からうつ病と診断される。うつ病は遅延性の精神病となっている為か、魔法での治療はできず、医者から長期間の安静を薦められる。
マリアは問診が終わった後、1週間は病院で安静にするように医者から勧められ、現在はベッドで睡眠中。熟睡しているのは、昨夜から一睡もせずに凡太を看護していたからだろう。
日頃から蓄積されていたものにせよ、凡太の今回の一件が引き金となったことは事実。このままでは申し訳なさ過ぎるので、医者に何か治療に役立つものは他にないか尋ねると、
「タンゴというキノコ型のおとなしい魔物の体液には、リラックス効果があるので、緊張やストレスの緩和に役立つかと。しかし、タンゴの周りにはマ・タンゴという凶暴な魔物が何匹もいて危険です。タンゴの体液ほしさに戦った人達が返り討ちに合ってよく病院に運ばれてきます。入手困難なこともあり、王国内では高額でタンゴの体液が売られています」
「どこにいるのですか?」
「王国の南の森ですが…。まさか、行くつもりじゃないですよね?」
「まさか~」
そう言って病室を後にする。
(危険でも危険を超えて助けてくれた恩人をこのまま放っておけるかよ)
凡太の今後の予定が決まったところで異変に気付く。
(あの娘はどこへ?)
さっきまで一緒にいたはずのレベッカの姿がない。
凡太は急いで病院を出る。今後の予定よりも大事な用事ができたからだ。




