第79話 試験の洗礼
凡太がメアリーに線の意味を教えてもらい安心した理由は、線(呪い)が意図的に設置されたものならば、とりあえず死ぬことはないと考えたからだ。
前に進めると決心した男は一歩ずつ前に進んでいく。
何の減速もなく歩き、最初の青線を跨ぐ。
そのまま進んでいくが、少し様子がおかしい。明らかに先程より歩く速度が減速し、苦痛の表情を浮かべていた。どうやら呪いの洗礼を受けているらしい。
(50㎏の重りを背負って、雪漕ぎしている感覚だ。とにかく進みにくいし、体が重い。てか、最初の線でこの負荷となると、先が思いやられるな。試験落ちるかも…)
足取りは重くなったものの前進は続け、次の緑線を跨ぐ。
ここから凡太にさらなる異変が。
太ももが上がらない様で、すり足進みになった。
(体の前に厚い空気膜のようなものを感じる。こちらが命一杯押してやっと進める程度だ)
先程の倍以上時間はかかったが。少しずつ前進は続け、黄線をすり足で通過。
通過後、今度は急に地面に両膝をつける。その状態で進めないかあれこれしている内に匍匐前進をしだした。
(体全体がとてつもなく重い…。受けたことないけれど、重力系の魔法をくらうとこんな感じになるだろう。呼吸もさっきよりしづらい。心拍が上がる時の呼吸の苦しさじゃないのが気持ち悪いな。もう念動弾がうてる余裕はない。このまま的の前まで行くしかないな…)
そのままなんとか前進を続け、赤線を通過。
その瞬間から匍匐前進の腕を前に繰り出す回転数が急激に減り、ペースが格段に落ちた。
(呼吸をするだけでも精一杯だ。体から気力が抜き出ていく…。力を振り絞る気力も吸い取られていく感じだ。意識をちょっとでも緩めたらとんでしまう。こんなの誰がクリアできるんだよ…。それとも特待クラスにとってこれがデフォルトなのか?だとしたら無理だ。メアリーさんすみません。折角期待してくださったのに申し訳ないです…)
諦めたかのような思考を繰り返す凡太だが、前進はゆっくりだが続く。
こうして、意識があるのか無いのか良く分からない状態で紫線を通過する。通過したところで当然のように凡太に異変が起こる。
(もしかして線を越えたのか?予想通りの展開過ぎて逆に笑えてきた)
凡太が予想していたこととは五感が消されるということ。精神妨害をされるということは当然起こり得ると考え、自身の耳が聞こえなくなり、目が見えなくなった時点でそれを確信した。
(五感がなくなっても苦しいのはそのままか…どうせなら腕と足を動かないようにしてくれた方がまだよかった。これならまだ動けるじゃん…もう諦めてリタイアしたいよぉ…。帰ってゆっくり寝たいよぉ…)
主人公だったら絶対に考えないであろう情けない弱音を心の中で吐く。弱音通りならとっくに体は停止しているはずだが、まだ進んでいた。五感が無くなり、赤線を越えた時以上の気力の損失を受けたが、この男にとって進むことにモチベーションや環境、条件は関係ない。前に進めるから進む、それだけなのだ。だから、どんなに嫌で苦しくても、とりあえずやれるところまでやろうとするのだ。
ゆっくりと前進を続けて何分経過しただろうか?
いくら前進できるといっても体の方は限界を迎え、腕がとうとう動かなくなった。これで前に進むことができなくなり、前進理由もなくなった今、あの男はさぞかし喜んでいるだろう。ところが男の顔は険しいままだ。理由は――
(何でこんなこと思いつくかなぁ…。思いつかなければとっとと楽になれたのに…。くそったれめ…)
男はもの凄く嫌な顔をして、思いついた行動をする。
顎を起点に腰をくの字に曲げ、膝の摩擦で前に進む。いわゆる芋虫前進だ。
無能から虫けらへ微妙にランクアップを果たした男は、この極地で再び活力を取り戻したかのように持ち前の見苦しさ全開の手法でもがき始めた。
(やっほー。メアリーさん、レミさん観てるー?醜い虫のもがき苦しむ様をみて、存分にドン引きしていってね)
自虐開き直りからの安定の自己評価下げである。
この男、こういうところだけは、無能のくせに抜かりがない。
謎の奮闘を続ける虫けら。
しかし、体力の方は順調に削られていき、体も脳も限界の信号を発し始める。
体の限界の信号を脳が受信し、脳内に以下の台詞が次々と流れ込む。
もう諦めてしまえよ。
いくら足掻いても無駄だよ。
見苦しいからとっとと消えてなよ。
お前は無価値だ。
無能者はとっととくたばってしまえ。
などのマイナス要素たっぷりの罵倒集が脳内でリピート再生される。体も脳も前進を止めようと必死だ。人間ならとっくに停止しているだろう。
が、凡太は止まらなかった。
今は人間ではなく虫けらだからだ。
それと、止まりたくとも止まれないのだ。
なぜなら、まだもがくことができるから。
そして、人間では理解不能なことがさらに起こる。
あの虫けらが罵倒集を聞き続けることでさらに活力を取り戻し、ニタリ顔をしたのだ。
(この感じは安心するなー。辛いしきついし最低な状態だ。そう思えているってことはまだ動けるってことだ)
普段行っているトレーニングが限界近くまで追い込むものばかりだった為、この“異常”な精神状態が凡太にとっては“通常”なのだ。見慣れない道から、慣れ親しんだ道に急に出ると安心する。そんな感覚になっていた。
もはや試験のことなど忘れ、実家のような安心感の中、ビルド式でペースを上げていく。それに伴い芋虫前進の動きもより速く、よりキモくなっていく。
(いいペースだ。あと1分くらいたって、まだ余力があるならもう1段階ペース上げてみよう)
ここまでくると試験もただのトレーニングだ。
このまま追い込みが続いた。
そして、限界出し切りトレーニング経験者なら誰しも一度は経験したことのある、スタミナちょい残りイライラモードに突入する。
(何でとっとと力尽きないんだよ!何でまだ粘れるんだよ!めんどくさいめんどくさいめんどく――)
コン
凡太の頭に何かがぶつかったところで、そのまま気絶し、動かなくなった。
~~~
ラコン王国客部屋。
凡太が再び目覚めたのは次の日の昼だった。呪いの類は体から消え去っており、すぐに起き上がることができた。
毛伸びをしていると枕元に封筒が置かれていた。“特待クラス 試験結果通知”と書かれていた。試験中に気絶したので結果は見るまでもなく分かっていたが、一応封筒を破って中の用紙で合否確認する。ひどく落ち込んだ顔。結果はお察しの通りだったようだ。そして、その結果を伝えるべく、急いでメアリーの所に向かった。




