第70話 僕の勇者
「くそっ!なぜ当たらない。さっさと串刺しになって死んでしまえ!」
グレントンは焦っていた。猛攻を開始してから10分が経過。未だに2人へ攻撃を1発も当てられないでいたからだ。
レオは勇者覚醒により超高速移動が可能となり、余裕をもってかわしていた。グレントンがこのスピードをみて簡単には当てられないと称賛するほどの速さだ。その為、レオを仕留めるのは後回しにする考えになった。
焦りの問題はもう1人の方。その人間は無能で超高速移動もできないくせにグレントンの高速攻撃をかわし続けていた。空中で回転しながら紙一重で触手を次々とかわしていく。まるで次にどこへ攻撃がくるか分かっているかのように。
そしてこの焦りによって生じたわずかな隙を2人が見逃すはずもなく、かわしながらレオは二重斬空破を放っていく。当然触手が身代わりに入ろうとするが、入る前に凡太の念動弾が命中。その極小の威力では一瞬触手を止める程度だったがその一瞬の間に、斬空破が通過し――
ザザンッ!
「ぐっ!!」
グレントンの腹に二重斬空破が命中する。
出血はないものの、もだえ苦しむ。勇者覚醒により威力が倍増している為、ただでさえ威力の高い“二重”がさらに威力の高い大技に進化していた。
このような念動弾と二重斬空破の連携技は計画していた技でなかったが、お互いに相手がどのように動くかをつねに考えているような絶大な信頼関係があったからこそ生まれた技である。
この攻撃を受け、さらに焦りが増すグレントン。焦りが増せば隙が増える。隙が増えれば、連携技が成功しやすくなり、また攻撃を受ける。
負のスパイラル。
抜け出せなくなったグレントンはこの後も一方的に攻撃を受け続けた。
「よもやこれほど成長していようとは…」
ムサシマルが驚嘆する。
「レオ殿のあの動きと技の精度はもはや我らを超えていますね」
「うむ。しかし当然と言えば当然だ。彼にははっきりとした伸びしろがあったからな。だからこそ異質なのだ…」
「ボンタ殿のことですか?」
「そうだ…。彼は無能者で身体能力も並以下。それなのにあのでたらめな速さの攻撃をかわしきっている。それどころかレオ殿の攻撃の援護もしながらだ…。レオ殿も大概化け物じみているが、ボンタ殿は能力の低さから考えるとそれ以上の化け物よ」
「そうですね。あの動きは人間であっても人間の可能な動きの領域を遥かに超えていると感じさせます。ふふ…やはり彼は面白い」
ワレス、レミもムサシマル達と同じく凡太の異質さに驚いていた。
しかし、メアリーは当然だというような顔で驚きもせず、むしろ誇るような顔で凡太をみていた。
そうこう外野が思っている間にグレントンがかなり弱ってきていた。
凡太は今が好機と判断し、大声で叫ぶ。
「皆、レオに強化魔法を全力でかけてくれ!」
凡太を含むこの場の付近にいた全員がレオに向かって全力で強化魔法をかける。
極大化した身体能力をもったレオが先程からの超高速移動を遥かに超えた速さでグレントンの真正面に瞬間移動。グレントンが慌てて触手を動かすも間に合うはずがない。レオは既に触手の何倍も速いから。そして全力の斬撃を直接グレントンに浴びせる。
ザシュッ!
その光景をみて全員が驚く。
驚いたのは無理もない…。
斬撃を浴びたのはレオだったからだ。
凄い勢いで吹き飛ばされたレオの身体は、そのまま近くの太木にたたきつけられる。
腹に出血。しかも傷が深く凄い量の血が溢れ出ていた。
慌ててレミが駆けつけ、治療魔法を使用する。
レオの斬撃は確かにグレントンに当たっていたはずだ。
それなのにグレントンは無傷のままだ。
この問題に対する答えは1つ。
「第4形態か…」
「正解です!」
凡太の正しい回答に拍手で答えるグレントン。
顔に余裕が戻っている。勝ちを確信しているからだ。
まだ疑問が残る。
レオの身体能力は極限まで上昇していた。
それなのにあの重症具合はおかしい。
それに気づいた凡太はすかさず質問する。
「もしかして何かスキルでも使いましたか?」
「正解!よく気づきましたね。気づいたご褒美に教えてあげましょう。使ったスキルは“全解除”。その名の通りあらゆるスキル・魔法の効果を消し去るものです。範囲は半径500mと広いのがうりです」
「とんでもないスキルですね…」
「安心してください。1日に1度だけしか使えないですから」
「ということはわざと私達に隙をみせ、弱った振りをすることで、止めの際に全力で魔法を使うように誘導していたわけですね」
「大正解!」
勝ちを確信し緩み切った顔で答える。
(そりゃ楽しいだろうよ。自分の仕掛けた策に相手がきれいにはまっていく姿をみられたのだから。さぞかし俺達の姿が滑稽に映っているんだろ?だが、これから滑稽な姿になるのはお前の方だ…)
レオの方を見る凡太。
この状況下での唯一の希望。
主人公補正。
凡太の視線の先を見てグレントンが考え出す。
「それにしてもスキルや強化魔法が消えたのにもかかわらず、よくあの一撃で死なずに済んだものです。本気の一撃だったから殺すつもりでやったのに…彼はただ者ではないといことでしょうか?」
(まずい…レオの別格感に気づき始めている。いくら主人公補正でも重傷で動けないところで攻撃されたらまずいだろ。しかも味方にレオより強い者はいない状況だ。分が悪すぎる…)
「不安要素はとりあえず消しておきましょう」
そう言うと両腕を後ろに引き、力を溜めるポーズをとる。
明らかに拳から何か気功のような物理技を放つ気だ。
凡太は急いでレオとレミの方へ走り寄る。
レミは治療魔法に集中し、動けない状態。
レオは少し回復したもののまだ動けない状態だった。
「どうしてこっちに来た。レミさんを連れて早く逃げろ!」
「逃げたつもりだったけど馬鹿だから危ない方に来てしまった。ごめんねっ」
この状況下でテヘペロするおっさん。
行動はさておき今回はその勇気だけ称えたいところだ。
「今度こそ死んでください!」
間髪入れずにグレントンの必殺確実の一撃が両こぶしから放たれる。
予想通り気功破が発生し、レオとレミめがけて凄い速さで一直線に飛んでくる。
凡太はレオとレミを押す。
自身も逃げたかと思いきや気功波の一直線上にいる。
「馬鹿か!死ぬ気か?」
「ああ、死ぬ気だ。…そうだ。死ぬ前にプレゼントやるよ」
(体魔変換・全開!)
説明しよう。体魔変換・全開とは20秒間だけ体力から魔力への変換量を数倍にし、一度の変換量を無限にできる体魔変換の最終形態である。20秒後は体力1の状態になる。なお、これにより強化魔法をかけた場合、その効果は魔法詠唱者が気絶したり、死んだとしても10分継続する。
この技で得た魔力をすべて強化魔法にあて、対象のレオにむけて放つ。
凡太もグレントンと同じく奥の手を隠し持っていた。
主人公の真覚醒だ。
「何でこの状況で僕を強化するんだ?無駄じゃないか!」
肉体強化がされているがレオはまだ動ける状態ではないようだ。
「ちっとも無駄じゃないさ。これからレオがグレントンを倒す為の布石の一部だからな。そしてもう一つの布石は今から打つ」
そう言うとレオ達に背を向け気功破と向き合う。
残り10m。
気功破はもうすぐそこまで来ていた。
「お前は主人公、絶対勝てる」
死ぬ間際だというのに幸せそうに笑う。
レオがさらに覚醒し、グレントンを圧倒する姿がはっきりと想像できたからだ。
レオがレミに何か話している。
(きっとあの男を助けてくれとか訳の分からないことだろう)
残り1m。
(頼んだぞ、レオ)
凡太が目を閉じる。
そして目の前が真っ白になった。
(周りが静かだ…死ってこんなにも穏やかなものだったのか)
死に浸る凡太。
ゆっくりと目を開けると目の前には…
ぐちゃぐちゃな顔で泣き笑いしているレオと驚いた顔のレミの姿があった。
「おかえり、ボンタ…」
「ただいま…ってどういうこと?」
「レミさんにスキルを使ってもらったんだよ」
「ってことはまさか…」
「そう。僕の全能力とスキルを君に移動した」
「馬鹿か!移動した能力は2度と自分に戻すことができないんだぞ!」
「分かっているさ。だから君に移動したんだ。君は僕の勇者だからね」
「訳の…分からないことを…言うな」
凡太は大粒の涙が目に溜まり堪えられなくなる。
なぜ自分に能力を与えたのかが分からないもどかしさよりも、レオが自分のことを信頼してくれた強い想いによる感動が勝ったからである。
「あれ?外してしまいましたか…ではもう一度。今度は外さないようにもっと精密に威力を高めたものを差し上げましょう」
そう言ってグレントンが再び気功破を放つモーションに入り――
放つ!
先程より早く鋭い気功破が一直線にレオめがけて飛んでいく。
レオはずっと笑顔のままだ。
体力も魔力もない状態で諦めたから?
死を受け入れたから?
ムサシマル達のような強者の助力を期待しているから?
違う。
あの男ならやってくれると信じているからだ。
(俺は無能だ。誰よりも弱い…。でも…)
この状況を打破してくれることを確信している。
(こんな俺の事を信じてくれている奴が一人。今、目の前にいる。そいつは俺の事を勇者だと思っている馬鹿な奴だ)
そこまで信じきれる理由は…
(そいつはまぎれもなく正真正銘の勇者だ。その真の勇者が俺を勇者だと信じている。つまり…)
ピピピ… 凡太のスキルボードに変化が。
1つだけ――
「俺も勇者だ」
システム音声『上位スキル“勇者覚醒”起動します』
ボガッ!
何かが砕ける音。
砕けたのは…
太木だった。
レオはどこへ?
砕けた太木から30m離れた場所でレオが誰かに抱きかかえられている。
「待っていたよ。勇者様」
レオが満面の笑みで言う。
「待たせてすまない。勇者様」
凡太も同じく満面の笑みで答えた。




