第62話 ただ者とただ者でない者 その2
町はずれの洋風一軒家。
コンコン
「はーい、今行きます」
身長160cmほどの華奢なメガネをかけた三つ編み茶色髪の女性がドアを開ける。
「どちら様ですか?」
「すみません。ちょっと尿意を催しまして…トイレをお借りしてもよろしいでしょうか?」
股間を抑えるポーズで言う凡太。
凡太の姿を見て明らかに嫌な顔をする家主。
「トイレなら近くの公園にもあります。そちらを利用されては?」
ドアを閉めようとするも足を入れられ防がれる。
「漏れそうなんですよ。だから頼みます。借してください!」
閉めようとする力に対抗するように開けようとする力を加える凡太。
「帰って…ください!」
押し閉められるドア。
「限界なんです!ここで漏らしてもいいのですか?」
押し開けられるドア。
「しょうがないですね…どうぞ…」
中に入ることを許され、侵入する膀胱破裂寸前男。
「トイレはあちらです。どうかご早急に願います」
早期退出を促す指差し案内の下、トイレに向かう
数分後、用を済ませ戻ってくる。
「いやー広くて立派な家ですなぁ」
「用が済んだならお引き取り下さい」
「すみません。実はまだ大事な用の方は済んでいないのですよ――」
「“教育長”さん」
「大事な用とは?あなたと私に接点などありましたっけ?お会いするのは初めてですよね」
「はい。確かにお会いするのは初めてです。だけど接点はあります」
「どんな?」
「これに見覚えがないですか?」
そう言うとワレスの首に寄生していた蜘蛛型寄生生物の死骸を床に放った。
「知りません。何ですか、その寄生生物は?」
「…。すみません。この前初めてこの生物を見たので何も知らないんですよ」
「…」
「ただ、初めてみた時は蜘蛛だって思ったなぁ。何で寄生生物だと即答できたのですか?」
「たまたま図鑑で見たことがあって…。それで知っていたのです」
「そうですか…確かにそれなら知っていてもおかしくないですね」
なぜかホッした表情をする教育長にニタリ顔をする凡太。
そんな所へ家の奥から武装したレオとアイがやって来る。
(なんでお前達が…まさかトイレに行った時、窓を開けて侵入させていたのか…)
手には先程の寄生生物の死骸を持っていた。
それを教育長の前に投げつける。
「おかしいですねぇ…なんで知らないはずの生物をこんなに所持されているのですか?」
「…」俯く教育長。
「知っていたのに知らない振りをしたってことはこれを使って何かをしていったってことですよね?例えばワレスさんに寄生させ、負の感情を増幅させることで将来厄介になるであろう勇者の芽を早めに摘んでおくとか…ねぇ、黒幕さん!」
暫しの沈黙。
俯きながら返答する。
「どうして私だと気づいた?」
「あなたが一番安全圏にいたからです」
「どういうこと?」
「順を追って説明します。ワレスさんがおかしくなったのはレオが12歳頃。このときの変わったことと言えばレオ専属の講師である現特別教育長が雇われたことです。ここを境にワレスさんがどんどん狂っていくことから関連性が高いと判断しました」
「それなら特別教育長が黒幕ってことにならない?」
「私も最初はそう思いました。ところが決闘前日の決闘申し出の後、特別教育長とその付き人が会話するところをみかけて尾行し隠れて盗み聞きしていました。その会話の中で付き人の方が上の立場だという奇妙な関係を知れました。そしてここで私は確信したのです。この二人は黒幕ではなく、それに操られている側だと」
「どうしてそうなるの?その付き人が真の黒幕ってことじゃないの?」
「いいえ。…私は自分の無能さにはかなりの自信があります。村一番の隠蔽魔法の使い手の方にもよく“おまえの尾行はバレバレだ”と注意されたものです」
「まさか…わざとバレるように尾行していたのか」
「はい。普通尾行されていることに気づけばその尾行者を口封じの為、捕えようとするはずです。ところが私は捕まっていない。つまりわざと私に聞かせる為に会話をしていたということになります。聞かされた内容はこちらを欺く嘘情報であり、上下関係の奇妙さはダミーであると推測できます。この時点でこの二人は関係ないと断定できました」
「二人が関係ないと断定できた理由は分かった。だけど、私が黒幕であることはまだ確定できていないでしょう?」
「そうですね。ただ、少なくとも怪しいとは思っていましたよ。あなたは今回だけでなくよく会議を欠席すると他の方から聞きました。職務放棄を繰り返すと普通はクビになるのに、なぜその地位は守られているのか。その答えはなんらかの圧力や洗脳工作を会議の長であるワレスさんにしかけていたことに他なりません」
「なら他の議会出席者にも可能なのでは?」
「はい。私もそう思いました。なので、今日の食事会であなたが“偶然”にも居ないことを神に感謝しながら出席者にその生物を見せて回ったんですよ。そしたら何と言ったと思います?」
「…」
表情が強張る教育長。
「全員が“こんな蜘蛛は初めて見た”って言っていましたよ。あなたのように寄生生物と言わずにね」
「全員が?あの2人がそう答えるのはおかしいでしょ。だってそれを見ても『知らない』で通せと命令したもの!あ…」
やってしまったという顔で黙り込む教育長にレオが一言。
「特別教育長と付き人の寄生生物は排除させてもらったよ」
レオが食事会で2人を外に連れ出したのはこの為だった。
「あー負け負け。降参よ」
「降参ついでにあの寄生生物について教えてほしいのですがよろしいですか?」
「いいよー。あの生物は脳の信号を操作し洗脳できるの。これで私に従うようにしたってわけ」
「魔法じゃないから洗脳が無効化されなかったわけですね」
「そういうことー。それで彼にはこう命令させてもらったわ。自分にとっての1番大事なものを壊せとね」
「なんてことを…」
レオが怒りで震え出す。
「自らの手で自分の大切なものを失うのは見ていて滑稽じゃない?」
クスクス笑い出す教育長。
レオが拳を強く握り過ぎて皮膚に爪が食い込み出血している。
「もう変装解いてもいいんだった。窮屈だしもうやめよう」
言い終えた瞬間。
急に体が膨れ上がる。
身長は変わらないものの2本角と蝙蝠型の羽が生えた女形の悪魔が現れる。
少年悪魔ほどではないがこちらもかなり嫌な空気を放出している。
“ただ者でない者“確定だ。
レオとアイがすぐに戦闘態勢に入り剣を構える。
「あースッキリしたー。それにしても、イコロイが言っていた通りただ者ではなかったねー」
(イコロイ?あの少年のことか)
「いいえ。ただ者です。ただ者でない者はあなたの方です。前回と違いかなり回りくどいことをされるので特定させる為の証拠を集めるのは難儀でしたよ」
「お疲れー。ただ者でない者って言いにくくない?私はウルザよ」
「ウルザさんですね。自己紹介ありがとうございます。私はタイラ・ボンタと申します。よろしくお願いします」
「よろしくー。で、いきなりだけど、ばれちゃったしもう帰るね」
「このまま帰すと思うか?」
レオが立ち塞がる。
「やめとけば?今のあなたじゃすぐ消せちゃうよ」
とてつもない殺気を放ちレオが怯む。
同じくアイもその殺気に怯んだ。
「じゃー彼が消える前に俺が死んじゃおうかな」
「じゃー消すのやーめた」
(賢いわね。自分が死ねば私がイコロイにやられると即断したようね)
「じゃー俺も死ぬのやーめた」
「お互いここはおとなしく退散するってことでどうかしら?」
「大賛成です!」
数分後、転移魔法で去っていく女形悪魔。
「じゃーねーまた今度会おうねー」
「はい、また今度。さようなら!」
(今度っていつ?できれば2度と会いたくないんだけど)
「すまない。また君に助けられた」
「いいって事よ。あんなでたらめな相手じゃ誰も勝てないって」
(今は…な。だがいずれレオが勝つ)
「ごめん。腰抜けちゃって立てなくなっちゃた。負ぶって」
「はいよ。お姫様」
凡太がアイをおぶり、レオとそのまま城へ帰還する。
外は暗く、時刻は1時。
城へ帰ると今日はもう遅いということで、ワレスが空寝室を用意してくれていた。
そこで一夜を過ごすことに。
ウルザとの件を思い出し考えを巡らす。
イコロイのときと同様、気になっていた点がある。
彼らの力の強さは圧倒的だ。
だからこそ、なぜ目的達成の為にわざわざ自分達よりも弱い存在を利用する理由が分からない。
自ら動いた方がすぐに達成できるだろうに。非効率的だ。
そこがさらに違和感と目に見えない恐怖を掻き立てる。
いつでも潰せるからと弱者の動きを見て興に転じているだけならいい。
しかし、それ以外の何か別の目的で動いているなら自体は深刻な状況だといえる。
彼らの真の目的を早急に知る必要がある。
考えている内に睡魔が勝り眠りに落ちる。




