第56話 約束の人
凡太とシェパン達がいたブレドー工房裏。
彼らが去って行った後も物陰で一人の人間が力の抜けたように座っていた。
レイナである。
彼女は凡太の熱弁をずっと聞いていた。
力が抜けている状態の疑問を解く為に時間を少し戻し、彼女視点でみていこう。
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いつも通り凡太を尾行中。
タイラ様、珍しく落ち込んでいますね。
アイさんが居なくなったことと何か関係があるのでしょうか。
誰か来る…シェパンさんだ。
どこかに連れていくようですね。
ブレドー工房裏に移動。
凡太へのシェパンの質問。
「なぜアルバートさんをすぐにでも手離さないのですか?言っては悪いですけど今回のアイちゃんの件は彼女の不幸体質が原因でしょう?」
この呪いにかけられてから何百回とみた光景。
何か不幸なことがあればすべて私のせいにされる。
私に責任を押し付けた方が楽だから。
どうしようもない虚無感や怒りを吐き出す為のゴミ捨て場のような役割。
いつものことです。
慣れています。
「それに彼女は戦闘能力も低いし、アイちゃんを救出する流れになった時に役に立たないでしょう。役立たずの弱者をいつまでもそばに置いていても無駄じゃないですかねぇ」
全くもってその通りです。
私は役立たず。
そうやって今まで何度も捨てられてきました。
「確かに彼女は戦闘能力も低く何の利用価値もない。そして運が悪いというレッテルが張られ、おまけに容姿も最悪だ。そんな最悪の環境下で見苦しく生き続けている、醜く哀れな人。だからこそ彼女は――」
タイラ様も今までの主人と同じようです。
偽善者。
不幸な人を哀れみ、助けることで自己肯定感を満たす。
私はその道具として利用されただけです。
いいのです。
分かっていましたから。
結局人は自分のことしか――
「誰よりも強いのだ!」
「…は?」
…え?
この後の凡太によるレイナの魅力説明を聞く内に、膝から力が抜けていき座り込む。
この人は何を言っているの?
私は役立たず。なのに、
なぜ私を側に置こうとしてくれているの?
なぜ私を評価してくれているの?
なぜ私をちゃんと見てくれているの?
疑問が膨らむ中、頭のどこかで凡太の言葉がひっかかる感覚が…。
過去の記憶だ。
レイナはそれを手繰り寄せていくと、小さいときに母とした約束の記憶までたどり着いた。
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「レイナは頑張り屋さんだね。目に見えないところで努力し続けるのは本当に偉いわ。私はレイナのそういうところ大好きだよ」
マメでボロボロになった手に塗り薬をぬりながら、好意を伝える優しい母。
「ありがとう、お母さん!私のことをちゃんと褒めてくれるのはお母さんだけだよ。他のみんなは成果のことでしか褒めてくれないの」
「うーん。レイナの良さはちょっと分かりづらいからねぇ。教えてあげても分かってもらえないかも知れないわ…」
ガッカリする姿を見て母が付け加える。
「世界は広い。レイナのそういうところをちゃんとみて褒めてくれる人はきっといるよ。もしそんな人が現れたら絶対にその人の側を離れず、その人を助けること。いいね?」
(この子の良さに気づける人ならこの子を見捨てずに尽くしてくれるはず。だからこそ、その人の側を離れてはいけないの。これはレイナが幸せになる為の必須条件なのだから)
「嘘だぁ。そんな人、本当にいるのかなぁ?」
「絶対いるわよ。お母さんを信じなさい。ちゃんと約束したからね」
「はーい…」
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母との約束を思い出したレイナ。
突然目の前が大粒の水滴で埋め尽くされる。
その粒は頬を伝い流れ落ちていく。
「お母さん、"そんな人"が本当にいたよ…」
そんな人は出会った瞬間からレイナの事をちゃんと見ていた。
「お母さんの言っていた事、嘘じゃなかったよ…」
そんな人は母の思った通り、見捨てず尽くそうとしていた。
雨のように流れ落ちる粒が止むまでレイナは母とそんな人の事を想った。
凡太のテント兼家に戻り、机の上の奴隷契約書に目をやる。
「また無造作に置いて…。どうしようもない人です」
そう言ってからいつものように厳守事項に目を通す。
1.自分の夢や目的を実現させることを最優先とせよ
2.自分勝手に行動せよ
3.項目1、2以外の主人の命令には従わなくても良い
「本日もしっかり守らせていただきますよ」
契約書を引き出しにしまう。
「本当にどうしようもない人です」
その言葉を発した口元はいつも以上に緩んでいた。
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広場隅の椅子にて、思考中。
打開策として…。
今回はワレスをいかにして改心させるかが肝。
改心にはレオに頑張ってもらうしかない。
その為にはレオのトラウマ克服が必須。
トラウマ克服にはショック療法。
強烈な刺激は…村人なら誰でも可能だが俺が一番適任だな。
俯いていた顔を上げる。
そこへレイナが話しかけてきた。
「どうやら考えはまとまったようですね」
「はい、なんとか…ってアルバートさん?…しゃべれたのですか?」
「今までその必要がなかったからしゃべらなかっただけです。あと、さん付けと敬語はやめて頂けませんか。主人が奴隷に対し扱う言葉ではありません。あと私のことはレイナと呼んでください、タイラ様」
(顔が怖い。それにアイみたいな指摘…ということは俺を嫌っている?…把握した)
「分かったよ、レイナ。俺のことも呼び捨てでいいからね。こんな奴に様をつけるなんてもったいないよ」
「では、ボンタ様と呼びます」
「君が図太い性格だという事は良く分かったよ」
レイナに先程の打開策を話す。
「そんなの策ではありません。一番大事な部分が守られていないじゃないですか。反対です。練り直しましょう」
「練り直し禁止。奴隷は黙って主人に従いなさい」
「今更主人面ですか?命令に従う必要はないわけですから無駄ですよ」
「そうだった…まぁいいや。お互い好きにやるってことで話合い終了。解散!」
そう言って逃げるようにその場から走り去る。
「やはりどうしようもない人です」
呆れた顔でそう言った。




