第52話 アルバート(レイナ)の過去
私がこの村に来て2週間が経ちました。
私は奴隷。
今の主人はタイラ様。
この主人は少しどころか、かなり頭のおかしい人でした。
普通奴隷に対しては身の回りの世話とか自分の仕事を押し付けたり、何か命令するはずなのにあの人はそうしないのです。
それどころか夕食時間以外はまるで私に行動の自由を与えるかのようにずっと放置します。
今までこれほど自由を感じることはなかったので最初は本当に驚いて何をしようか迷ったものです。
主人は毎日一時間、私を尾行します。
尾行があまりにも未熟な為、最初はわざとばれるように尾行することで、私にいつでも監視しているという緊張感を与え精神的束縛を与えることが目的かと思いましたが、1時間たつとすぐにどこかへ行ってしまうのでそういう理由ではないようです。
日課の自己流鍛錬を一式やり終えた後は、今や私の趣味となった主人の尾行が始まります。
主人は大体レオさん、アイさん、モーブさんの内誰かと修行をすることが多いです。中でもモーブさんとの頻度が多いです。
修行は攻撃してくる球体に対して攻撃を当てる的当てのようなもの。
タバタシキと呼ばれる体を全力で動かし呼吸を荒くさせるきつい運動。
1対1や1対3で行う対人戦闘訓練もやっていました。
特に球体を使った修行時の主人の動きが圧巻です。後々アイさんから彼が最弱の身体能力で魔力がない転移者であることを教えてもらったときは驚きました。そんな無能状態なのにあれほどの動きをしていたからです。
そして修行の空き時間にはいつもの未熟な動作でコソコソと村の修繕必要箇所を勝手に直して回っています。誰かの役に立つ為にやっていることなのに、その誰かから逃げるかのように作業をするのでこの辺りは理解に苦しみました。私は主人が人から評価される事が嫌だけど他人の役に立ちたいという少々面倒な人だと推測しました。
夕食は修行仲間の皆さんと一緒にとります(朝・昼食は一人)。
話題は深刻な話はなく大体が雑談で始まり、その雑談内で主人がアイさんの癪に障り罰を受けて終わることが定番の流れになっています。
このような分かり切った流れでも皆さんが笑顔でいられるのは主人の何らかの力が働いている様に感じます。頭がおかしい人なのか、頭の良い人なのかよくわからない不思議な方です。
夕食の後はお風呂へ、体を見られたくない為1人で入浴して就寝します。
呪いによる素晴らしい外見のおかげで今まで奴隷の身分でも男性とそのような関係になったことはありません。主人もその一人で私に興味がないかのようにすぐに寝てしまいます。
興味がないと言えば、奴隷契約書をいつも無造作にテーブルの上に置いて寝るのです。私など必要ないからすぐに出ていけという事でしょうか。それとも…
今は真意が分からないので毎晩その契約書を引き出しにしまうのがその日最後の仕事になっています。
最終結論。
この人は頭がおかしいです。
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レイナシアンはアルバート家の長女として生まれる。
愛称で“レイナ”と周りから呼ばれる。
この頃は明るい性格で活発な女の子だった。
アルバート家の血筋では優秀な身体能力、魔力を持った子供が生まれやすく、レイナもその一人だった。
残念ながら母が病弱なこともあってかレイナは一人っ子であったが、周りから愛情を注がれ、孤独とは無縁の恵まれた生活を送っていた。
レイナは幼少期から恵まれた潜在能力を持っていながら、それに甘んじることなく鍛錬を怠らない努力家だった。毎日のように素振りや体力づくりの一環で重いものを担いで走り回り、読書・瞑想するなど熱血漢がするような努力を女性ながら続けていた。
努力する天才に隙など無く、レイナがある王国の学園に通った際には学内全科目の成績トップがレイナとなっていた。
順風満帆な人生。
誰もがレイナが今後アルバート家を率いて大事を成すことを夢描いていた矢先に事件が発生する。
レイナが単独での魔物討伐遠征の移動中。
呪いの生みの親、アポリクスが現れる。
体長3m、背中に大きい蝙蝠のような羽。
牙がない吸血鬼のような姿の大型悪魔だ。
「将来的に邪魔になるので、今の内に潰させていただきます。ご安心を。命は取りません。ただ、あなたの大事なものすべてを取ります」
そう言うとアポリクスが呪いをかけ、すぐにその場から消えてしまった。
最初は呪いによる激痛でのたうち回るレイナだったが、アポリクスの言っていた“大事なもの”の真意に疑念を抱き、急いで馬に乗り実家へ向かう。
実家に到着するとすぐに病弱だった母の部屋へ。
ベッドの上で苦しみ悶える母の姿が。
病状が悪化しているようだ。
周りには医者がいるが手の施しようがないといった表情だ。
父は諦めたように生気なく立ちすくんでいる。
疑念が現実になった。
レイナに気づく一同。
父や医者が呪いのかかったレイナの姿をみて心配するが、今はそれどころではない。
レイナはすぐに母の近くまで行き、手を握った。
「お母さん!お母さん!」
心配だがなんと言って良いかわからずに名前だけを連呼する形になった。
その心配する気持ちが伝わったのか、母が答える。
「レイナ…大事な遠征中だったはずだったでしょ?どうして来たの?」
「遠征が予定よりも早く終わったから実家に寄っただけです」
「そうだったの…来てくれてありがとう、レイナ。会えてうれしいわ」
そう言って握り返す力は生気が感じられず弱々しい。
先程から母の目の焦点があっておらず、失明しているようだった。
命は残りわずかということ。
レイナは思い返すことがないよう母に何かを伝えなくてはいけないと思うが、差し迫る時間に慌てて口をパクパクさせることしかできない。そんな中おそらく最後の一言になるであろう言葉を母が発した。
「これからどんなに苦しいことがあってもあなたなら大丈夫。お母さんとした約束を覚えているよね?それをしっかり守れればあなたは絶対に大丈夫だから。私と約束を信じなさい。レ…イナ、あなた…ならだい…じょ…う…」
これ以降、母がレイナを励ます機会は2度と訪れなかった。
不幸が連鎖するように父が無気力になり、母の死から1週間後に自殺。
アルバート家はレイナ一人となったが、呪いの悪評で次々と使用人たちが退職し名家の栄光は滅びることとなった。
行き場なく各地を転々とするレイナは奴隷になりながらも一つの目標達成の為、懸命に生き続けようとする。
母との約束を守る。
それが彼女の唯一無二の原動力。
それを果たすまでは何があろうと絶対死ねない。
どんな強敵が現れようとも耐え抜いて見せる。
その為に鍛錬を続ける。
どんな悪条件だろうが足掻いて見せる。
故に今も彼女の目からは活力が溢れ出ているのである。




