第50話 はじめてのおつかいinフレイフ王国
ここはガンバール村。基本的にのどかな村だ。
朝6時、村の外周にて。
そののどかさがある男によって毎朝ぶち壊される。
まるで環境破壊をするが如く荒い呼吸と見苦しい顔を引っ提げて。
この物語がイケメン主人公の物語なら涼しい顔でジョグをするシーンが流れるだろう。
しかし残念ながらこれはブサメンの物語の為、真逆の見るに堪えないシーンとなっている。
男は早朝の日課であるビルド走からの100mダッシュ10本を終わらせる。
最後は出し切ることを念頭に置いている為、毎回終了後は歯を食いしばった鬼気迫る表情となっている。そして涼しい顔ではなく、汗だらだらのむさい顔で、世の女性を全く受け付けさせない見事な生理的無理感を際立たせている。
早朝トレが終わって風呂に入った後、広場を歩いているとバンガルが声をかけてきた。
「おーい、ボンタ!」
「バンガルさんじゃないですか。そんなに急いで何か用事ですか?」
「ああ、昨日サムウライ村に行った時にムサシマル殿からフレイフ王国で体力測定器の最新モデルが発売されると聞いてな。それを買いに行ってほしい。噂だと凄く人気ですぐに売り切れちゃうらしくってさ。俺、今日は外せない用事があっていけそうにないのだよ。だから頼む!」
両手を合わせ拝むポーズをとった。
「もちろん構いませんよ」
「本当か?助かるよ。あ、これその測定器の代金と依頼料兼お駄賃だ」
「依頼料なんていりませんよ。むしろ困っているバンガルさんのことを助けられたことが私にとってはお駄賃なので」
「相変わらずだな。良いから受け取れよ。俺が申し訳なくて困るのだよ」
「いいえ、お駄賃は受け取れません」
「アイを呼ぶぞ」
「お駄賃ありがたく頂戴します」
「はじめからそれでいいのだよ」
最近は凡太による厚意の拒否の頻度が多く、逆にストレスが溜まっていたバンガルは彼の主人兼保護者の名前を出すことにより、拒否を阻止する方法を多用するようになった。
「ちなみにフレイフ王国ってどこにあるのですか?」
「この村から東へ100キロほど行ったところにある。確かモーブが行ったことあるはずだから一緒に行くといいよ」
「分かりました。あとお土産もちゃんと買ってきますね」
「よろしく。楽しみに待っているよ」
バンガルと別れ、モーブを探しにかかる凡太だったが、急に背後から気配が現れる。
モーブだ。
「話は聞かせてもらった。すぐに向かおうか」
「話早くて助かるけどその登場の仕方どうにかならないの?心臓に悪いのだけど…」
「おまえの心臓はそんなに柔ではあるまい」
「いや、そういう意味じゃなくて…あっそうだ!レオとアイも誘っていいかな?」
「いいぞ。大勢の方が得るものは大きいだろう。そしてあの二人が一緒なら我々の行動は省略されて彼らの華やかさが際立つからな」
「そういうこと。省略されるからこそ引き立て役に全力で回っていても不自然さが薄れるのだよ。これこそモブ道の基本なり」
「心得ておるぞ」
2人のどうでもいい道を究める為、踏み台にされたレオ達。
ちなみに凡太とレオはサムウライの修行中により親密になり、すでにお互い呼び捨て・タメ口の親友のような仲になっていた。
5分後、レオに会ったので早速誘う。
「フレイフ王国におつかいに行くのだけど一緒にこないか?」
「…ごめん。誘ってくれたのはうれしいけど僕とアイは遠慮しておくよ」
「残念。まぁお土産買ってくるから楽しみにしていてよ」
「うん。気を付けて…ね」
“フレイフ王国”という言葉を聞いた瞬間レオの顔が明らかに曇った。
それを見逃さなかった凡太は何か訳があることを察し、それ以上誘いを推すことはなかった。それに最後の“気を付けて”の言い方も何か意味深だったのでますます訳アリの内容が深刻なものであることを察することができた。
モーブも一応それに気づいた様子だった。
当初はピクニック気分だったおつかいであったが、レオの言葉で少し気を引き締めた状態でフレイフ王国に向かうこととなった。
フレイフ王国へはホスゲータで向かう。
なお、バンガルから功績を称える意味で凡太専用のホスゲータが提供されていた。
凡太はそのホスゲータをホゲオと呼んでいる。
ちなみにホゲオは凡太のことを気にいっているらしく、凡太が広場の隅の方で修行の休憩がてら昼寝をしていると激嚙み(ホゲオにとっては甘噛み)するといった愛情表現をしている。
服をベージュ色のトーブのようなもの(アラブ風)に着替え出発。
フレイフ王国に行く為にはまず長い渓谷を抜けないといけないらしい。
モーブの案内の下、渓谷を行く。
川沿いで大中小の石が乱雑に散らばった足場が悪いところを進んでいく。
1時間ほど進んだところで凡太が休憩を申し出た。
ホゲオから降り、休憩を促すようにそっと頭を撫でる凡太。
ホゲオは「まだ全然いけるんですけど」と訴えるような顔をしている。
「気持ちはありがたいけど無理するなって」
そう言って、ホゲオの右膝を撫でるとホゲオの顔が若干苦痛に歪む。
どうやら少し炎症を起こしているらしい。
凡太は川で濡らした布をその右膝に当て、冷やしてあげた。
「ホゲー」
気持ち良さを表現したかのような鳴き声を発するホゲオ。
「よく気づいたな」
「いや、誰でも気づくでしょ。ずっと右足を庇って左足にばかり重心がいっていたし、この悪い足場ならいつそうなっても仕方がない状況だったしね。というかよくここまで耐えたと思うよ。強いな、ホゲオは」
そう言ってホゲオを撫でる。
そのお礼に甘噛みされ、さっきのホゲオ以上に苦痛の表情になる凡太。
「…とうとう動物まで分析できるようになったか」
モーブのひっそりとした呟きがそのまま川の水に流れていった。
こうして、30分間じっくりと休憩をとったあと再出発。
そして何回か休憩を繰り返しながら渓谷を抜け草原に出た。
ここからは平地で足場も良いので快調に進み、目的地であるフレイフ王国に到着した。
王国市街地は高さ5mほどのコンクリのような壁で外周が覆われていて出入口には巨大な門があり、今は開いていた。門番が2人いたが基本的には自由に出入りできるらしく、門を通るときにはそのまま入れた。
町は凡太の世界の都心の街ほどではないが、田舎の町並みの賑わいで、人が行きかっていた。
まずはおつかいの遂行。
計測器が売られている町中央の大きな商店に入る。2階建てだ。
この商店では色んな武器や防具、薬、寝具、食品、服などの生活必需品を一式揃えることができる。大型デパートのような場所である。
測定器は1階で販売されていた。限定1000個と書かれていて、残り30個ほどになっていたところで商品を確保。
ちなみに値段は100万角。
この世界の“角”はお金の単位。
金・銀・銅貨、石貨が存在し、形は四角形で各大きさは一口クッキーくらい。
金が1万角、銀が1000角、銅が100角、石が1角。
特殊な細工がされているらしく偽装ができないようになっているらしい。
1銅貨で林檎が一つ買えることから1角=1円と考えてもよさそうだ。
バンガルから預かっていた金貨100枚を店員に渡し購入。
続いてお土産選びに入る。
観光も兼ねてじっくり町を探索したかったこともありモーブとはここで別れて2時間後大型商店前に集合することを伝えた。
探索中町の中央からやや離れたところで奴隷市場が開かれていた。その中で皆からひどい暴言を浴びせられている女性がいた。服装はボロボロの茶色のローブ。長髪黒髪で165cmやせ形。顔や腕、足に火傷のような皮膚がただれたような跡があった。いったら失礼だがゾンビみたいな風貌をしている。
「なぜ彼女はあれほどまでに皆から暴言を浴びせらなくてはいけないのですか?」
隣にいた男に彼女のことを聞いた。
「あの女が“アポリクスの呪い”にかかっているからだよ。存在することで周りを不幸にする呪いだからさ」
「そうなのですか…」
この後アポリクスの呪いについて男に詳しく聞いた。この世界では有名な呪いらしく凡太が何も知らなかったことに対し驚いた様子だった。
凡太が聞いた呪いの概要は以下の通り。
この呪いにかかった者は体力・魔力が半減する。
そして、体中に火傷のような膨れものができる。
この呪いは先天性でなく後天性である。
つまり誰かによってかけられた呪いということになる。
この世界では弱体化魔法は無効化されるはず。つまり…
凡太の頭にあの少年の姿が浮かび上がる。
(彼のスキルとは系統が違う。となると彼の仲間か?まぁ異世界だし圧倒的強者がどれだけいても不思議じゃないわな)
なお、この呪いは周りを不幸にするということであったが、男の話ではどれもこれも強引な言いがかりで矛盾点ばかりだった為、凡太にはどうしても納得できなかった。
おそらく一種の印象操作のようなものが働いたことが考えられる。例えば、ドラマや映画で腹の立つような悪役を演じた俳優は現実では普通の人のはずなのにその作品を見た人から非難の声を浴びせられたり、悪い印象を持たれたりすることがある。今回の呪いの件もそれと似ていて、気味の悪い風貌で、呪いの効力がその人にとって圧倒的に害悪だからこそ、それが呪いを受けた本人だけでなく周りの自分達にも飛び火するのではと錯覚してしまったのだろう。
一通り呪いの概要を掴めたところで再び彼女の姿や仕草などから分析を開始する。
そして何かに気づいたところで奴隷商人の中年小太り男性がとんでもない発言をサラッと言う。
「三年間売れないって商品価値なさすぎるだろ…食費無駄だしそろそろ殺そうかな」
(人の命を軽く扱い過ぎだろ。とにかく早く止めないと)
男の言葉が行動に移る前に制止に入る。
「すみません。その人を売ってくれませんか?」
「あんちゃん、もの好きだねぇ。まぁどうせ処分しようと思っていたし売ってあげるよ。値段は…15000角でいいよ」
バンガルからもらっていた依頼料10000角と凡太の全財産5200角。
凡太は15000角を男に渡した。
周りのやじ馬が驚いている。
やはりこの呪いは相当嫌われているようだ。
「毎度。じゃあ契約儀式に入ろうか」
「儀式?」
「あんちゃん、奴隷の購入は初めてかい?」
「はい」
「じゃー説明しながら進めるぞ。とりあえずこの契約書を書いてくんだけど…まず右上に自分の名前を書いてくれ」
路上テーブルに移動し、男から“奴隷契約書”と上部に書かれたB4サイズくらいの紙とペンを渡される。
右上に名名前を書いた。
「その下に奴隷の名前を書く欄があるだろ?そこにも記入だ。女の名前はアルバート・レイナシアン。歳は25だったかな?ちなみにアルバート家は名家だぜ」
(名家出身だったのか。道理で姿勢に気品を感じたわけだ)
彼女の名前を書きつつ、最初に彼女をみたときの疑問が一つ解消されて少しスッキリした気持ちになる。
彼女の名前を書き終えた途端、彼女を覆うように四角い魔法陣のようなものが発生した。
「あれは契約が終わるまで逃げられないようにする結界のようなものだ。噂だと契約中に自殺しても契約を解除しない限り結界から魂は逃げられずにその中をさまよい続けるらしいぞ。逃がさないっていう執念を感じるよなぁ」
(なんというストーカー結界…)
凡太が引いている間も男の説明は続く。
「真ん中に厳守事項って書いてあるだろ?そこへ奴隷に絶対守らせたいことを3つ書いてくれ。書き終えたらこの契約は終了だ」
「ちなみに事項を守らなかった場合、奴隷になにか悪影響はありますか?」
「頭が割れるような激しい頭痛が発生する」
「そうですか。それを聞いて安心しました」
そう言いながらペンを書き進める。
(それなら絶対に守れる事項を書けばいい。元々最初からこれらの事項を命令するつもりだったから手間が省けて良かった)
書き終えると彼女の周りにあった魔法陣が消えた。
「これで契約終了。その紙は奴隷の手が届かないところで大切にしまっとけよ。破れたり、燃えたりしたら契約が解除されるからな」
それを伝えると商人は去っていった。
そしてやじ馬も去っていく。
この場には凡太と奴隷女性の二人だけとなった。
「私はタイラ・ボンタと言います。以後よろしくお願いします、アルバートさん」
そう言うと、アルバートがコクリと頷いた。
「親友と待ち合わせをしているので中央の商店へ向かいましょう。あ、よかったらこれに着替えてください」
替えの白いトーブを渡し、人気のないところで着替えてもらった。
アルバートは頭を下げた。
礼を伝えているようだった。
(これはまさかしゃべれないという事では?呪いのショックとかでか?だとするとこの人…)
そう言って目をそらすように俯く凡太。
無理もない。
呪いにより、名家の栄光、秀でた能力、美貌、声帯などを失った悲惨な現状を目にすれば普通なら彼女に対して過度な哀れみを抱くだろう。
(この人カッコよすぎ…眩しすぎて直視できないのですけど)
哀れみを抱くどころか、逆に称賛し尊敬するような反応。
そう。この男は普通ではない。
人と感性が180°ずれた無能なのだ。




