第48話 恐怖!修行夜怪談
ある昼休憩時の借家の居間。
雰囲気を出すため部屋をカーテンで覆い暗くして、明かりはローソク1本だけ。
凡太とモーブは対面する形で座布団に正座。
そして凡太の怪談が始まる。
語り手:凡太 観客:モーブ
あれは修行に疲れてひどく爆睡をかましていた夜のことでした。
夜中にふと夢から覚め、目を開けようとした瞬間に隣から、
スゥー、スゥー
と、何かの息遣いのようなものが聞こえてきました。
ベッドは一人用なので私以外には誰もいるはずがないはずだ。
そうだ。ただの聞き間違いだったに違いない。
気を取り直して眠ろうとすると、また…
スゥー、スゥー
と、息遣いがやっぱり聞こえてきたのですよ。
やだなぁ、怖いなぁ。
私は恐怖に身を震わせました。
もちろん恐怖で目はずっと閉じたままです。
何ですぐに逃げなかったのかですって?
逃げたらその息遣いの主に気づかれてしまうと思ったからですよ。
だから動くに動けなかったのです。
そうしてしばらく膠着したまま我慢を続けていると、
急に周りが静かになったのです。
きっとどこかへ行ってくれたのだ。
私はそう思い緊張を解きました。
そして久々に感じる安心を堪能し終えた瞬間、
スゥー、スゥー
と、また聞こえてくるではありませんか。
しかもさっきより息遣いが近いどころか、
私の耳元のすぐ近くまで来ている。
近い。近い。近い。
そして息の風圧が私の耳に当たる感触。
怖い。怖い。怖い。
私の頭の中で恐怖が膨張し、私をどんどん暗闇の奥の方へと追いやります。
このままではまずいと思い、私はとうとう逃げることを決意します。
機会は一瞬。
すべての神経を両手と両足に集中します。
呼吸を整え、秒読みを開始。
3…
2…
1!
グーっと両手両足に力を加えた次の瞬間、
ガシッ
と、その息遣いの主にホールドされ逃げられなくなってしまったのです。
しかもこのホールドがきつく、とても抜けられそうもない。
そして相変わらず耳元で続く息遣い。
逃げたい!逃げたい!逃げたい!
怖い!怖い!怖い!
私の頭の中はもう逃避反応と恐怖によりパニック状態です。
耐えろ。耐えろ。耐えろ。
ここで意識を失ってはいけないと私の生存本能が働きだし、必死で意識をつなぎとめます。
まさに首の皮一枚というのはこの状態のことでしょう。
それくらいギリギリでここに何か小さな衝撃が加わればたちまち破裂してしまうような死ぬ一歩手前のような状態でした。
そんな緊張感が最大に高まった時の事です。
「シュキ」
耳元で囁くように発せられた小さく鋭い針のようなこの言葉により、膨らみ過ぎた緊張が一気に破裂して私は気を失ってしまいました。
気が付くと目の前は真っ白な空間が広がっていました。
奥の方には川のようなものとそこを渡る為の船が見えます。
私は死んだのだ。
このときはっきりとそう確信しました。
そして川を渡るために船に乗ろうとした瞬間、
現実の方の私が目を開けたのです。
何と私は生きていたのです。
目の前はいつもの寝室。
呆然とする中、すぐにあの夜のことを思い出し、急いで周囲を確認しました。
すると…
周りには誰もいなかったのです。
そしてあの夜の息遣いの主の痕跡もきれいさっぱりなくなっていました。
まるでこの世のものではなかったかのように…
この夜以来毎晩ではないものの、度々この現象が就寝中に起こるようになりました。
どうやら私はこの息遣いの主に完全に取りつかれてしまったようです。
なぜ“完全に”と表現したかですって?
耳を澄ませてみてください。
あなたにも聞こえるでしょう。
「シュキ」
この言葉は紛れもなく例の主が私に向けた好意の言葉。
つまり私はこの主に好かれてしまった。
これこそが“完全に”の証明になるではないでしょうか。
…ところで、ここで今自分の身に恐怖を感じている方がいらっしゃるなら非常に勘が鋭い。
私はこの主の現れる頻度について“毎晩ではない”と表現しました。
この意味、分かりますよね?
この主が私のところに来ない夜は一体どこに行っているのでしょうねぇ?
自分の気に入りそうな人間を物色しているのではないでしょうか?
だとすると…
今夜の就寝時、もしかしたらあなたの隣に現れるかもしれません。
隣で聞こえてくる規則的な息使い…
そして、運悪く主に気に入られてしまったら、必ずこう言われるでしょう…
「シュキ」
以上が修行時の夜に起こった私の恐怖体験です。
~怪談終了~
「…」
モーブは恐怖のあまり座ったまま失神していた。
「そりゃそうなるよな」
そう言いながら、失神したモーブを横にし、寝かせて掛布団をかける凡太。
そこへアイが外からやって来た。
「こんな暗い所で何をやっていたの?」
「ちょっとした修行話さ」
カーテンを開け、ローソクを消す。眩しさで少し目が眩む。
「へぇーなんか面白そう。聞きたかったなぁ」
「また今度ね。それより最近なんか元気だね。どうかしたの?」
「秘密!」
口元に指を当てて言う姿はアイドルを想像させる。
あざと可愛いとはこのことだろう。
「まぁアイが元気ならなんでもいいや。とにかく嬉しいよ。その姿をみていると俺も元気が出るし」
「どんなに修行してもキモいところは相変わらず治らないわね」
「まぁ不細工なのは生まれつきだからな、この性格も顔も。だから今後も我慢してくれ」
「…そういうことじゃないって」
「何か言った?」
「何も。そろそろ午後の修行が始まるし、一緒にいかない?」
「悪い。モーブがちょっと調子悪そうだから少し看病してから行くよ。だから先に行ってて」
「分かったわ。まぁあんたならないだろうけど修行さぼらないようにね」
「了解です、姉御」
それを聞くと口元を緩めながら居間を出て修行に向かう。
「本当に最近元気になったよなぁ」
そう言いながら気絶するモーブの隣で横になる。
(アイが元気になったのはちょうどあの主が俺に取りつきだしたのと同じ時期なんだけど関係あるのかなぁ。俺の方はあの主に怯えて睡眠不足で体力を吸われているような感じだけど、アイの方は元気。ということは、アイの方へはあの主が取りついていないということだ)
「なんだかこれだと俺の力がアイに吸われているみたいだな」
そう言って笑った後、規則的な息遣いをする。
(まぁアイが元気になるなら俺の元気なんぞ、いくらでもくれてやらぁ。主の件をアイに話すと俺に変に気を遣わせそうだし、アイのせっかくの好調が狂うかもしれない。だからこの件は俺が修行期間中我慢しきることでひとまずは問題にならないだろう)
そう結論を出し、満足したようにニヤニヤする凡太。
ゴソゴソ
モーブがなにやら少し動き始めた。
どうやら意識を取り戻していたようだ。
しかし、目は閉じたままだ。
そのモーブの様子をみて規則的な息遣いを続けていた凡太が一言。
「シュキ」
モーブはまた気絶した。
~~~
急に悲しくなった時
急に不安になった時
急に辛くなった時
あいつの側にいくとこれらの負の気持ちがすべてきれいに消えてなくなる。
あいつは魔法使い?
違う、あいつは魔力がないただの無能だ。
無能だけど魔法のように消してくれる。
だから無能でも私にとっては魔法使いだ。
夜は特に気分が落ち込むことが多い。
疲れていると気持ちがどんどん弱くなっていって苦しくなる。
そんなときにもあいつの隣にいれば、そんな気持ちもきれいになくなる。
そして暖かい安心感に包まれる。私の特別な居場所。
でもあいつに気づかれるのは嫌だからいつもこっそりやっている。
昨日もこっそり隣で寝ていたけど結局気づかれずに済んだみたい。
気づいていたならこの事をまず私に話すでしょ。
前までは夜のその時間が来るのが少し怖かったけど今はもう大丈夫。
だってあいつがいつも隣にいるから。
そう思うと今度は夜が待ち遠しくて楽しくなってくる。
あいつは怖さを楽しさに替えた。
やっぱりあいつは私にとっての魔法使いだ。
~~~
神役所、休憩室。
「アイとノーキンの熱い死闘、弱体化策の伏線回収とサムウライ村の束縛解除。そして黒幕の見破りと新たな修行。最近は目まぐるしいくらいの良展開の連続だったから安心していた。…そう、安心しきっていた。もう今後私が関与する必要がないと、静かに身を引き見守ろうとさえ思った。…その矢先にこれか!!」
(あーまた始まったよ。しかも今回は今まで発散できなかった溜まりものもあってかなり厄介そうだ)
「あの男のどこに恋愛を促す要素があるというのだ。基本泥だらけの汚い男だぞ。そんな奴がなぜ好かれるというのだ」
「あのー先輩。前々から言おうと思っていたのですけど、女性が見た目だけで男性を判断しているというような認識をやめてもらえませんか?非常に不愉快です」
「そうじゃないのか?」
「全然違いますよ。女性はそんなに馬鹿じゃありません。この人は自分を大切に思ってくれるか。この人は自分を幸せにしてくれるか。この人とずっと一緒にいても幸せか。これらのように自分にとって本当に有益かをちゃんと考えてから選んでいます。現にアイさんだってそうじゃないですか」
「アイがか?だがあの男にはそういった要素は一つもなかっただろう。いつも自分を無能と言って醜く着飾っていただけにしか見えん」
「そうですか…なら仕方がないですね」
(はぁ…こんなに分かりやすいものに気づけないだなんて…だからあなたはモテないの。そしてこれからも)
上司のあまりのモテない男振りに呆れ果てて反論する気すら失せた部下。
「あと“シュキ”って何?私も一度は言われたい――」
ズガガンガン!
ハリセンによる会心の一撃が上司の後頭部に炸裂。
そして気絶。
会心の一撃によるダメージが大きく、今回は復活までに時間がかかりそうだ。
「お前は一度どころか今後一生言われないだろうよ」
格闘ゲームの勝利時台詞のようにしっかりと決めてくる部下。
「平さん、アイさん。私は二人を応援していますからね」
そう言って両手の指を重ね祈るポーズをとる。
神様にも祈られ公認された感じの二人の関係は今後どうなるのだろうか。
ひとまずあの上司には理解できないものになることは確実だろう。




