第39話 英雄のすり替え
「なぜ私の名を?英雄は貴殿だ」
「”なぜ?”ってこっちが聞きたいですよ。そもそもあなたの協力がなければこの策は成功もしなかったし始まりもしなかった。あなたほどの方なら最初に菓子ブレドーを食べた時、微々たる毒やその危険性にいち早く気付いていたんじゃないですか?」
「む…」
「それであなたは考えた。この毒を使ってこの村の毒であるアークの束縛をなんとかできないかと。そして、我々の人質の特定を急ぐ動きを知っていたあなたはこちらが味方であることにいち早く気付いた。この信頼があったからこそ、遅延毒を受け入れるといった危険行為を何らかの策の進行の為、必要な要素であると理解し実行できた。いや、あなたならこの時点で私の策の目的に気づいていたのではないですか?」
「し、知らんかったなぁ」
(しらばくれるの下手すぎ…真面目過ぎて嘘が苦手なんだろうな。とりあえず気づいていたってことね。さすがヤミモトさん)
「そしてそれが確定したのが試合三日前の特製ブレドーの件。あなたが我々と敵対する思考ならこの時点で側近の命を馬鹿にした者とみなし、攻撃してきたはずだ。しかし攻撃はなく、後日輸送者から聞いてみると危険性の確認の為ヤミモトさんが回収したと言っていました。それはつまりヤミモトさんがこちらの策を受け入れ、承認したということに他なりません」
「あれは誠に見事であった。しかし、そこで一つ疑問に思っていたことがある。あの時タイラ殿は、最初に特製ブレドーの中身を確認するのは私だと確信しているようだったが、なぜそう確信できたのだろうか?」
「あなたの性格を知っていたからです。あなたは人一倍、真面目で責任感の強い人。そんな人が自分のつくった菓子ブレドー廃棄禁止令を破り、皆の前で廃棄しようと考えるでしょうか?答えは知っての通り、廃棄せずひとまず人目のつかないところまでもっていくはずです。そして勘の良いあなただ。意味のないことをあの男がするだろうかと考える。そう考えるとこの特製ブレドーそのものに何か意味がないかと探り出す。そうして探りを続けた結果、その意味であるブレドー内に仕込んだ手紙に必ず辿り着く」
「ほぅ。私を誘導までしていたか。益々侮れぬ男よ」
「こんな無能でもこの程度の策が思いつくのだから、特製ブレドーの輸送を承認してくれたシェパン君は既にこの策の概略については把握していただろうし、私の策の全貌にも気づいていたはずです。でなければそう簡単に危険物輸送の承認などしないはずです。ねっ、シェパン君」
「そ、そうですとも。あの程度の策気づいていましたよ、当然でしょ?」
(なんでここで俺に振るの?あと全然気づいてなかったから!むしろさっき知ったばかりだから!俺のハードルを急に上げるんじゃないよ)
「ふふ。ガンバール村の未来は明るいですなぁ、バンガル殿」
「ええ、全くです。ムサシマル殿」
(ムサシマル殿の性格を熟知した上での誘導策とはさすがです、タイラ殿。誘導は側近である私でも難しいというのに)
しばし和やかになる雰囲気。凡太が少し待って話を続ける。
「ここまで準備ができていればあとは簡単です。敷かれたレールの上を走るように各々が役割を果たしていれば、勝手にアークは危機に陥り人質のもとへ連れて行ってくれます」
「見事見事。やはりこれまでの話を聞く限り、私なんぞよりタイラ殿の貢献の方が大きいと判断できるが、いかがかな?」
「いいえ。やはり要はあなたでした。そもそも今回の弱体化策は致死量ではないもののかなりの負担を体に強いるものでした。当然それに耐えられず、遅延毒(菓子ブレドー)の接種をやめる村人が現れてもおかしくなかった。しかし、現れるどころか一人も毒の接種をやめなかった。これは村人達のあなたへの絶大な信頼と忍耐力があってこそ成った策なのです。本当は村人達も毒だと気づいていたと思います。それでも食べ続けたのはこれが人質解放策への足掛かりになると考え、あなたを信頼していたからではないでしょうか。ですから、アークの拘束に最も貢献したのは、言葉通り毒を以て毒を制したヤミモトさんと忍耐によってそれを補佐したサムウライ村人全員です!」
この凡太の言葉に一瞬静まり返る一同であったが、すぐに興奮がはじけ飛ぶ。
「ムサシマル!!ムサシマル!!」
「サムウライ!!サムウライ!!」
ムサシマルと自分達を称える声。
どうやら今回のアーク拘束の一件での英雄とそれを補佐した最高貢献者は決まったようだ。
~~~
その夜、サムウライ村ではささやかな宴が開かれた。
酒や肉・魚料理などが所狭しと広場のテーブルに並べられていた。
各々がアークの無茶振り地獄からくる嫌な空気から解放され、今この瞬間を楽しんでいるようだった。
ムサシマルとバンガルは久々の村長トークで盛り上がっているようだった。
拘束アークとその護衛兵達は広場中央で一時待機中。
宴後に牢獄の方へ移送されるようだ。
護衛兵達に罪はなく今となってはアークを護衛する必要はないのだが、彼らの真面目な性格からか、アークが牢獄に入るまでは護衛を続けるらしい。
カレンとシェパンは仕事があるということですでにガンバール村へ帰っていた。
ゲールはいつの間にかいなくなっていた。こういう場が嫌いなのであろう。おそらく村に帰った模様。
アイとモーブはお互いの乱戦時の活躍ぶりを称えながら食事を楽しんでいた。
凡太はというと、大男に絡まれていた
「いやーあなたの弟子にはしてやられましたよ。特に最後の三重漸空破。あれは凄かったです。おかげで、肋骨や内臓の損傷など久々の激痛を味わえましたよ。ははは」
(笑顔が逆に怖い。捉え方によっては恨みを俺に晴らしてきそうな勢いだ)
「アイは弟子ではないですよ。俺より遥かに強いですし。むしろ守ってもらっている側なので保護者と子供のような関係です」
「子供ねぇ。子供は成長が早いと聞きます。今度その子供が成長しきったら私と再戦して頂きたいのですが、よろしいかな?」
「よろしくないです。全力でお断りさせて頂きます」
ノーキンの「再戦やろうよ」をかわし続けている内に試合前から聞いておきたかった事を思い出したので本人に質問してみた。
「もしかしてノーキンさんはアイが強くなっていようがなかろうが最初から負けるつもりだったんじゃないですか」
「私は勝負に対してはいつも本気です。だから最初から負けるつもりはなかったですよ。そう、”勝負”に対してはね」
そう付け加えてどこかに行ってしまった。
(ノーキンさんにとっての”勝負”とはアークからサムウライの拘束状態を解くこと。じゃあ、やっぱり最初から…。どうやら今回は俺の方が1本取られたみたいですよ、ノーキンさん)
アイの勝利は信じていたが、それでも勝率は確実なものでなかった。
これだけではアークを追い込み、隙をつくる確率は低いままで実行し辛い。
そこで保険として考えていたのが、わざとノーキンが負けるといった八百長試合の流れである。これに関してはムサシマルが弱体化策に乗ってくれていたことから、こちらに協力的であることを察せたので、実行してくれる確率は高く見積もれた。この高確率化で保険の信頼性が上がったからこそアークの隙づくりを実行する決心がついたのだ。
凡太が不審者のようにコソコソと広場の目立たない隅の方へ移動した。
そして一人であることを確認して、ためていた感情を言葉にして爆発させる。
「よっしゃー!ヤミモトさんへの評価のすり替え成功。危うく英雄にされるところを見事な大逆転で切り抜けたぜ。ヤミモトさん、あなたこそが英雄にふさわしい。俺は所詮誰でも思いつくようなことを提案しただけにすぎない。それをうまく利用し解決の為に行動を起こした人が一番凄いんだ。しかし、魔法使えないけど今回のすり替えは魔法並みだったのでは?よし、すり替え魔法と名付けよう。これで明日からこの村はムサシマルフィーバー状態だな。いやーうれしいなったら、うれしいなぁ」
「何がそんなにうれしいの?」
「そりゃ決まって――」
驚く凡太の後ろでアイがニヤニヤしながらその様子をみていた。
「アイ…」
(どうしてここに?てかなんでニヤニヤしてるの?絶対良い意味じゃないよね?)
「そんなにうれしいことならまだ続ければいいのに」
「いや、急に飽きたんだよ。さぁて、そこら辺の雑木林の中で過ごそうかなぁ。居心地よさそうだし」
「何でよ?何でそんなに地味に過ごそうとするのよ」
「何でって…こんなおっさんの場面を見ても誰にもどこにも需要はないだろ?だから消えるんだよ。雑木林の茂みの中ヘな」
(…ん? あれモーブじゃん! やべぇ先越された。さすが親友。考える事は一緒だな)
「は?意味わかんない。あんたはどう考えてもサムウライを救った一番の貢献者よ。そんな人がなんで皆から隠れるようにしなくちゃいけないの?」
「この世には見栄えという言葉があってだな。英雄や貢献者になる者のイメージがちゃんと人様が見て形の整った美しいものでなければ見ている側に不快感を与えてしまうんだよ。それって迷惑なことだろ?」
「…分かったわ。あんたがそこまで言うのなら今回はそれで許してあげる。でも私は違うからね!」
そう言ってアイは去っていった。
(平凡な人間の宿命を理解してくれたようで何より。最後の”私は違う”ってどういう意味だ? ああ、俺と違って不細工ではなく、自分は美人だからっていう容姿格差の話ね。OK、理解した)
そして気を取り直し、本日の最重要任務に入る。
その任務とは、
雑木林の茂みの中への侵入。
流れるような動作で華麗に侵入し、無事任務を遂行する凡太。
ガサガサ
「はぁ・・・。やっぱりここは落ち着くなぁ。そういえばモーブは?」
モーブを探す凡太。
次の瞬間、猛烈に驚く。
なんと真横にいたのだ。
自分の気配を薄める凄い技術(?)だった
だが、真の凡人たる者はこの程度では怯まない。
「大した気配消しだ。俺も負けるわけにはいかないぜ」
その言葉と共に凡太の気配もモーブに匹敵するぐらい薄まる。
「さすがだな。俺の気配消しについてこられるとは。しかしこれにはまだ上の段階がある。おまえにその極地をみせてやろう」
そういうと、モーブの気配がどんどん薄まっていき…
完全に消えた。
「ば、馬鹿な!? 気配が消えるどころか、完全に背景と同化してやがる! こんなの絶対にみつかりっこない。俺の負けだ! ・・・とでも言うと思ったか? 自惚れるなよ。俺もその極地に辿り着いた選ばれし者。此れしきのこと、造作もないわ」
モーブ同様完全に気配を消す凡太。
表現する必要もないくらい静まりかえる雑木林周辺。
こうして、この世界から二人の存在はしばらく消えたのであった。
~~~
「私は違うから」
やや自信なさげに、その場から逃げるように言ってしまったことを後悔する。
やはりあの男はどうかしているし、普通じゃない
誰だって他人に好かれたいし、認められたいし、よりよく見られたいはずだ。
だからもしそれが目の前にあり、手に入るというのなら是が非でも自分のものにしたがるはずだ。
なのに、
なんでそれを簡単に捨てられるの?
なんでそれを簡単に他の人に与えられるの?
なんでそれをみて幸せを感じられるの?
一つも理解できなかった。
けど理解できることが今一つだけある。
私があの男のそういうところをみて幸せを感じることだ。
あの男のそういうところは目を凝らさなきゃ絶対にみえない面倒なものだけど、
見えてしまえば、気づいてしまえば、目を凝らさなくても見えてくる。
夢中になって、もうそれしか見えなくなっているから。
あの男は弱いくせにすぐに一人になりたがる。
だからこれに気づく人が1人でも増えればよいと思う。
そうすれば、私のようにあの男を助けずにはいられなくなるから。
「私は違うから」
今度は自信を持ってそう呟く。
~4時間後~
広場隅の雑木林茂み内。
「さすがにきつくなってきた」
「俺もだ」
背景同化が解除され、4時間振りにいつもの極小存在感が戻った2人。
体の関節の痛みを感じている様子。
どうやら2人は4時間ずっと同じ姿勢のまま、背景同化をし続けていたようだ。
「まさかここまでやるとは思ってなかったよ」
「そうか? 俺はお前ならやれてもおかしくないと認識していたがな」
「買いかぶり過ぎだよ。まぁ同じモブ道を究める者としてこれからも切磋琢磨していこうぜ」
「もちろんだ」
モブ道という存在すら誰も知らないような道があるらしい。本当にどうでもいい話だ。
「で、宴の様子はどう?」
「午前2時になり、皆やや疲れが見え始めていて微睡みだしている」
「じゃーそろそろ広場の方に顔を出すか」
「ああ、そうしよう」
2人がなぜ、4時間も背景同化をしてまで宴を見守っていたのか。
それは絡まれるのが嫌だったという人見知り全開の理由である。
決して、他に意図があったとかカッコイイものではないだろう。
なぜなら、
「それにしても俺達にとってああいう華やかな雰囲気は地獄だよな」
「確かに…もう見ているだけで疲弊していくよ。そう考えると茂みの中が恋しくなってきた」
こんな感じでカッコ悪いものだからである。
~~~
4時間ぶりに広場に戻ってきた凡太とモーブ。
それに気づいたレオとアイが近づいてきた。
「ずっといないと思って気にかけていたんですよ。今まで何をしていたんですか?」
「道を究める為の鍛錬を行っていた」
「うむ、実に窮屈で退屈であった」
「へぇー宴中も鍛錬ですか。その精神、僕も見習わないとなぁ」
「兄さん、騙されては駄目です。この二人は茂みの中でずっとこちら側を眺めていただけの変質者なのです」
「よく言った。それこそ道の神髄よ」
「え? 何で私が褒めたみたいな空気になっているの? 貶しただけだし。意味わかんないんだけど」
「あはは、二人とも仲が良いね」
「「どこが?」」
(そこが)
凡太がいつものようにアイに怒られるような流れになっていたところで、レオが急に頭を下げた。
「アイの修行の件、本当にありがとうございました。おかげでこの3カ月で見違えるほど成長し、あのノーキンさんにも勝利できました。兄としてそんな妹を誇りに思います」
「兄さんが誇りに思うだなんて…生まれて初めて聞いたわ」
「よかったな、アイ。精一杯努力して最高の結果を出すとかかっこよすぎだよ」
「はいはいどうせ、社交辞令でしょ。まぁ今回は素直に受け取っておいてあげるわ」
「ありがとうございます!」
「だから敬語禁止だって」
「ひっ」
「ははは、やはりあなたに妹を任せてよかった。そういえば、いつ頃から妹に目をつけていたんですか?」
「最初に会った時からかな。握手をして手のマメの状態を見た時や、剣の握りの部分の使用感。あとは靴の使用感で今までかなり鍛錬を積んでいたことがすぐに推測できたからね……?」
(何で皆急に静かになったの? あ、まずい。すぐにテコ抜きしなくては)
「でも一番は顔かな。人間外見が命。てか、可愛い子なら誰でもよかったんだけどねーガハハハ!」
レオは黙って頷きを繰り返している。
(どっちだ? どっちなんだい!)
アイは黙って俯いている。
(いつもの”そんなところばっかり見ていてキモイ”の無言バージョンだな。心得ていますとも)
モーブは「さすがだ」を繰り返している。
(何がさすがなの? さすがな要素がどこにもないよ)
(俺の評価の行く末。レオ君とモーブがどっちよりかはよく分からんが、アイは間違いなく下がったな。まぁ悪くないリカバリだったということか)
凡太が自分の評価が上がるのを阻止したことに安堵していたところにレオから謎の返答が。
「なるほど、そういうことですか。よく分かりました」
(ん? 何が?)
頭のキレが良すぎる男の考えることは凡人には理解できないとこれ以上考えるのを諦める凡太。そしてレオはこう続ける。
「これからも妹のことをよろしくお願いします」
(何だ、この流れ。だが、そういう話なら…)
「お願いするのはこっちの方だよ。これからもどうか末長くよろしくお願いします!」
「“末長く”ですって…!? まぁあんたみたいな駄目人間を支えられるのは私ぐらいしかいないだろうし。本当にしょうがないわね…」
「アイ、何か顔赤いぞ。まさかあれだけの量で酔ったのか?意外と酒に弱かったんだなぁ。可愛いところあるじゃん。ゲへへへ」
「これは早速末永くお灸を据えてやる必要があるようね」
「って、ちょっと待って。松明2本持って何をしようっていうの? アイさーん!!」
お灸をしっかりと据えられる凡太。
二人の関係(?)は兄公認となった。
宴も終わりが近づき皆が静かに微睡むお開き一歩手前のような状況の中、ふと何かに気づく凡太。
この展開はまさか…
「ちょっと立ちションしてくる。一人じゃ寂しいからモーブも来てくれないか?」
「親友の頼みとなれば仕方がない。行こうではないか」
尿意に気づいただけだった模様。
「着いてきちゃダメだからね。恥ずかしいから」
「誰が着いていくか! さっさと済ませてこい、変態汚物野郎!」
アイのツッコミが入ったところで仲良く連れションに向かう2人であった。




