第29話 無能な妖精
時は修行が始まる前に遡る。
凡太は悩んでいた。見返り条件である菓子ブレドーづくりに関してだ。
幸いにも材料の方は3カ月分あり足りていたが、人員がいない。生産者とそれの運搬者の人数確保が必要だ。
生産者はブレドーづくりを日ごろから行って菓子ブレドーに興味を持っていた10名がなぜか自主的に集まり、菓子ブレドー生産チームが誕生した。
生産チームのリーダーはシェパン君。20代後半のメガネをかけた天パ金髪の好青年だ。
菓子ブレドー3種のレシピを渡すとすぐに作業に取り掛かってくれた。
凡太が運搬者の確保に関して悩んでいると、
「こちらで手配しておくのでさっさと修行の準備でもしていてください」
そう言って早々に追い出された。
以上で問題が問題にならない内に解決されてしまったのだ。
ここで、人の顔色ばかり窺うめんどくさい生き方をしてきた方ならこの不自然さにこうツッコミを入れたはずだ。
なぜ彼らは怒らないのか、と
サムウライ村の人口は300人。1人1日5個食べるとしたら1日1500個作らなくてはならない。
この無茶ぶり発注に関して、品出し関係の仕事をやった経験がある人ならわかると思うが、これは人員が少ない中、バイヤーが現場の工数のことなど考えずに勝手に大量に仕入れてきた状況そのものだ。結果、現場人員は残業確定で処理するといった苦行をするはめになる。そうなった場合の現場の人間は怒り爆発のはずだ。凡太も昔バイトでそのような経験をしていたので、これには絶対に怒るだろうと思った。しかし、怒らなかった。
(つまり、裏に何かあるということ。俺の暗殺計画とかか?まぁ俺の評価が下がるだけならいい。だが、彼らの負担が増すのを黙ってみているのだけは辛すぎてできない)
そう思い後日、シェパン君に苦労はしてないかと聞くと、
「肉体強化魔法を使って手ごね・成形・発酵時間の大幅短縮が可能なので問題ないです。それはそうと、こんなところで油売ってないでとっとと修行に行ってください」
(いや、こっちは問題大ありなんだけど!給料も払っているわけでもないし、強制労働させてるから思いっきり不正労働だし。現世だったらもうとっくに捕まってるよ)
しかし、自分をここからさっさと遠ざけたい様子をみて、本音を言っても聞き流されるだけだと判断した。
「分かりました。それでは引き続きお仕事頑張ってください。お邪魔しました!」
急いその場を後にする。それを黙って最後まで見送るシェパン君。
凡太は現在の状況を脳内で整理する。
なんとかして菓子ブレドーづくりを手伝いたい。
作業中に手伝おうとしたら追い出される。
というか、みつかり次第追い出される。
つまり、日中は何もできない。
(俺を一切ブレドーづくりに参入させない気か)
(”俺”?では妖精ならどうだ?)
狂気の笑みを浮かべる凡太。
思っている事柄が完全にサイコパスである。
こうしてあることを閃いた凡太は生産チームが帰宅して2時間たった頃にこっそりブレドー生産特設工房に侵入する。
ちなみにチームの労働時間は昼14時~夜23時(休憩1時間込み)までとなっている。
包装技術(というより魔法)が発達しているおかげで昨日の作り置きを朝早くに運搬してもらう形になっているのと、魔法による作業・発酵時間の大幅短縮によりこの労働が可能となっている。実質彼らは空いている午前中は農作業や自由に遊んだりと割と余裕をもって楽しくやっていた。本当に問題がなかったのである。ところが、つきっきりの修行により、そんな状況になっていることを知らない男。それにより、彼は得意の被害妄想で大勘違をした。
ということで、もはや誰も困ってないし誰も望んでないところに意味もなく侵入したとされるであろう男が深夜2時に登場する。
その男は徐に手ごねを行いだす、そして1次発酵。発酵中は少しでも体力回復させるため仮眠。そして起き、分割・丸め作業。再び発酵のため仮眠。起きて成形。成形以降は二次発酵と焼くだけなのでそのままにして工房を脱出する。
テントに帰り、今日の成果に喜ぶ凡太。
「俺自身パン作り初心者同然であまり作れなかったけど作れるだけ作った。悔いはない」
時計をみると朝4時50分になっていた。
「やべ、修行だ。急がないと!」
こうして凡太は修業に向かう。
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修行がいつも通り夜20時に終わり、夕食を済ませた後、ブレドー工房に向かった。
「こんばんは。今日もご苦労様です」
皆一生懸命働いている。こちらは無視。顔はやはり不機嫌そうだ。
(そりゃそうだよな。こういう、人から時間を奪う行為が一番許せないし、それを自分がやっているとなると余計いたたまれないし、申し訳ない)
いつもなら評価が下がって喜ぶ凡太がこのときは珍しく反省した。
そんな中、シェパン君がこちらに気づいてやって来た。
「いったいどうしたのですか?修行は?」
「終わったところです」
「だったら明日に備えて早く寝てください」
そして、出口の方を指さされ、無言の「帰れ」をくらう。
(しかし、今日は帰る前に聞くことがある)
凡太は気を取り直し、質問した。
「今日何か変わったことはありませんでしたか?」
「変わったことは何もありませんでしたが…」
(やはりな。あれっぽっちの量じゃ頭数にも入らないか)
「そうですか…変なこと聞いてすみませんでした。では帰ります。お仕事こんな遅くまでご苦労様です、頑張ってください」
そう言って、逃げるように去る凡太をシェパン君は今回も最後まで目で見送ってから作業に戻った。
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テントに帰り一人反省中の凡太。
「まぁ数的に無視されて当然だな。一応それにより、大事にもならず誰も気づいてないようでよかった。でも誰にも喜ばれないっていうのはやっぱり辛いな…」
普通の人間なら自分の好意的行動が無視されるなら、辛くてその行動をすぐにやめようとするだろう。ましてやそれを生甲斐にしている人間ならなおさらだ。
「さて、今日もやるぞー。あ、正確には明日か」
そう。この男は”普通”ではない。
辛くても止まることなく、前に進めるなら確実に進むのだ。
そして、成長ホルモンがよくでるとされる、23時~1時の睡眠は確実にとり、深夜2時。再び工房へコソコソと誰にもばれずに侵入し、昨日と同じようにつくれるだけ生地をつくり焼くだけの状態にしてから脱出。そして修行。これを毎日繰り返す。誰にも気づかれないまま。誰にも評価されないまま。そして今回は誰にも喜ばれないままである。
こうして時は戻り、修行80日目の現在。
男はまだ、”アレ”を続けている。
完全なる自己満。
そして本当に微力で意味があるかわからない助力。
そして、変化のない助力対象者の気持ち。
確かにこれらは男を傷つけ、蝕んだが、結局男は止まることなく、そのまま進んできたのだ。
そして今夜も恒例となった表情確認も兼ねた挨拶をしにブレドー工房へ。
「こんばんは、今日もご苦労様です」
いつもと変わらぬ無視と無表情に逆に安堵を覚える凡太。
そして、シェパン君に見つかる前にすぐに帰ろうとしたその時。
今日はその本人に帰されるどころか、呼び止められたのだ。
「ちょっと待ってください」
「どうしました、そんなに慌てて」
シェパン君は自身の息を整えてからこう話し出した。
「変なのです。昼ここに来てみると少量の菓子ブレドーの生地があとは焼く段階だけの状態で置いてあるのです。それもこの菓子ブレドーづくりが始まって以来ずっとです」
凡太はそれを聞いた途端、全身の力が一気に抜けて膝から崩れ落ちそうになった。無理もない、今まで散々待ち望んだ変化を聞けたからだ。この無駄な足掻きは、シェパンらにとっては無駄だったかもしれないが凡太にはそれで充分無駄ではなくなった。そして、その言葉をかみしめるように頷き感傷にひたった後、こう続けた。
「それ、きっと妖精の仕業ですね」
「は?」
メルヘンチックな答えに当然の反応を示すシェパン君。
メルヘン野郎の話は続く。
「最近夜中に修行が嫌になってよく外を歩くんですよ。そしたら、丁度人の形をした妖精を見つけたので、後を追いかけていくとブレドー工房に入っていくのが確認できました。中をこっそり覗いてみると、あら不思議。ブレドー生地をこねている姿を目撃したのです。それから――」
「もういいです!」
シェパン君が怒ったように会話を制止させた。
「では妖精がこれらの怪事象を起こした犯人だというのですね」
「はい、そうです」
「分かりましたよ。もう疲れたのでそういうことにしておきましょう」
メンヘラの相手に疲れ果てたシェパン君。
申し訳なくなったメンヘラ男が別れの挨拶を言い、帰ろうとしたその時。
「今度その妖精に会ったらこう伝えてください。手ごねが不十分すぎて不均等で製品として未熟だったと」
(やっぱり初心者が粋がって手伝ったりするもんじゃなかったかな。材料無駄に使ったパターンだし、最悪じゃん)
落ち込む凡太に向かってシェパン君がもう一言だけ付け加える。
「”だけど、私たちはその未熟さをみて初心を取り戻してほんのちょっとだけやる気になれた、ありがとう”と伝えてください」
「はい、必ず!」
凡太は後ろを振り返らないようにして走って工房を去った。
涙が抑えられず、振り返れなかったからだ。
(意味がなかったと思っていたことが、ちょっと…ほんのちょっとだけでも意味のあるものになって本当によかった)
感傷に浸る凡太。
少し落ち着いてから今後のことを考える。
(これでこの作戦は終了だな。もうあらかた作業時間帯とかばれてそうだし、続けても見つかるだけだ。見つかって俺が評価されるのはまずい)
こうして、妖精を主役にした隠密作戦は80日間、妖精の正体がばれることなく無事終了したのであった。




