第23話 凡太の過去
凡太には2つ年の離れた弟がいた。その弟は凡太の能力を全て吸い取ったかのように優秀だった。
幼少時は特に差もなく、兄弟仲良く遊んでいた。その均衡が崩れ出したのは凡太が中学3年の時。凡太は3年間陸上部に所属していた。凡太の薦めで同じ陸上部に入る弟。2か月の練習で早々に凡太の800mの自己ベストを破った。そして3年最後の大会、凡太は予選会止まりだったが、弟は初出場でベスト8入り。これ以降、兄弟の差は怒涛のように開き始める。弟は高校・大学と最高偏差値の学校へ進学。兄はというと下から数えた方が早い学校へ進学。もちろんなんの努力もしていなかったわけではない。勉強もしていた。いや、正確には勉強していた気になっていたというのが正しい。勉強する“姿勢”(フリ)を見せることで人から褒められることが好きだったのだ。だから勉強時間や勉強予定のアピールも必死だった。なので、肝心の学習内容の理解の方は二の次になっていた。これが真面目系クズの本質である。
親戚や家族の集まる場ではつねに弟が話題の中心。弟の明るい性格もあって会話が弾む。凡太は惨めな気持ちと会話を邪魔してはいけないということから自ら望んで空気になった。このまま誰も自分に気づかないでくれとも思った。なぜなら、自分の事を話せば話すほど弟との差が露点していき、より惨めになって存在していたくなくなるからだ。だから、家族・親戚の中に自分の居場所はないと思っている。
幸いにも社会人になって弟や家族・親戚と離れることができたからか、少し立ち直ることができた。しかし、今でも実家に戻るときは少し辛い。弟とはそんなに仲が悪いわけではない。むしろ弟の方から気を遣って連絡をしてくれたり、相談にのってくれたりしてくれている。非の打ちどころのない優しく優秀で兄想いな弟。だからこそ、そんな弟に何も返してやれない自分が恐ろしく惨めに感じて仕方がない。それが嫌になって家族との交流を絶とうとする。そうすると、弟が家族間の円満を保つために行った努力を無駄にすることになるのでまた辛くなる。この繰り返しだ。
弟への劣等感が生んだ精神的怪物に喰われかけた時、ある人にこう言われた。
「馬鹿じゃねぇの。別に誰もお前に期待なんかしてないよ。それに人間は誰かに期待される為に生きてるんじゃねぇ。自分自身の期待に応える為に生きてんだ」
この言葉には心底救われた。思えば今までの人生は自分の為でなく、誰かに期待される為に生きていた気がする。被害妄想で勝手に作った期待が足枷になっていたのだ。だから他人の評価ばかり気にして身動きがとれなくなっていた。これからはどんなに惨めだろうが進める。惨めでも惨めでなかろうと関係ない、自分が進みたいと思った方向だから進むのだ。
この後、凡太はものすごく抵抗はあったものの弟に連絡した。内容は兄の惨めアピールばかりで困惑した弟だったが、兄の元気(?)な様子を感じて喜んでいた。凡太自身も最初は抵抗があったのに、話してみればどうということはなかったことに驚いた。自分で勝手にエベレストだと思っていたものが天保山並みにあっさり登山(行動)できたのだ。
結果的に凡太が自分の事を惨めだと思っている事実は変わらない。しかし、惨めなまま弟の家族円満計画に協力したのだ。惨めな状態でも弟に何かを返すことができたのだ。これ以降、どんな状態・状況でも自分が行動できることが分かった為、格段に前に進み易くなる。たとえ、嫌な事でも嫌な気持ちのまま。苦しいときでも苦しい気持ちのまま。怖いときでも怖い気持ちのまま。
今までの事をふと振り返る。努力している“フリ”をしてまで得ようとしたものは本当に他人の期待だけだったのかと。期待は足枷であって行動の本質ではない。ここでようやくその行動の本質に気づく。自分は、自分の行動によって他人が良い反応を示したり、幸せになっている姿に喜びを感じるのだと。だから、嫌々でも“フリ”をやったのだ。
こうして、他人の自分への評価は気にせず、自己満足の為に助力してその喜んだ反応を遠目で見て楽しむ、といった変態思考が生まれた。ここから、今までの停滞を払拭するかのように怒涛の助力行動量をこなしていく。ノルマでも義務感でもなく、自分がそうしたいからする。続けるつもりはなかったが、だからこそ1日1日全力で可能な限り助力した。それから10年以上たつが、男はまだそれを続けている。いつしかそれは習慣化され、今やその男の本能となったのだ。
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(おそらくアイさんは自身がつくった“他人の期待”に押しつぶされている。目を覚ますには、俺みたいになにか強烈なきっかけがあればいいんだけど…)
アイの目を覚ますのには何が有効か。整理しつつ消去法を行う。
褒めることは駄目。褒めた相手が自分に気を遣っていると考えストレスになるから。
駄目出し、説教するのも駄目。昔から優秀な兄と比較され続け、自己評価が最低ラインの為効果がない。逆に駄目な所を肯定し出して状況悪化することも考えられる。
アイ自身への肯定・否定の類は効果がなさそうだ。
(“自身”?…そうか、なら他人ならどうだ!)
狂気の笑みを浮かべる凡太。彼が導き出した方法とは?




