第2話 転移先
見渡す限り、砂漠。動植物が見当たらない。
気温は30℃以上。普通に呼吸できて、問題なく歩行できることから、地球に近い世界らしい。いきなり重力10倍の戦闘民族歓迎を受けなかっただけ運が良いといえる。動かなければ危険はなさそうだが、移動しなければ熱中症になりそうだ。
一先ず移動していると前方から何かが猛スピードでやってくる。頭がワニで体は馬のような動物に乗って、頭に赤いターバンを巻いた白いクルタ服の男が何か叫んでいる。
(何を言っているんだ?)
異世界には異世界の文化があり言葉もある。日本語がこの世界での標準語でないのは予想できたことだ。
(早速スキルが役立ちそうだ。使ってみよう)
こうなることを想定し翻訳スキルを選んでいたので、特に慌てることなく対処する。この男、伊達に異世界もの作品を読み漁っていたわけではないようだ。
しかし、肝心のスキル発動方法は知らなかった。どうやらただのマヌケだったようだ。
(もしかして、あの分厚いリストに書いてあったとか? 完全に自業自得じゃないか。ああ…あの時、神様にちゃんと使い方も聞いておくんだった)
後悔に浸る。が、後悔したところで何も解決しない。現実を渋々受け入れ、藻掻くことにした。
方法を探る為、とりあえず頭の中で『翻訳スキルを使いたい』と目を閉じて念じてみる。すると、脳内に四角いボードが表示され、そこに”翻訳スキルon/off”と書かれていた。スイッチを押すイメージでonを選ぶ。すると、男の何語か分からない言葉が日本語へと変化した。
「おい、ここで何している! さっさと離れないと死ぬぞ!」。
「どうも道に迷ったみたいで。すみませんが、助けてくれませんか」
「後ろに乗れ、俺の村に連れていく」
(通じたみたいだ。聞き取りだけじゃなくて話した言葉も翻訳されるなんて、とんでもないご都合スキルだ。このまま異世界あるある発動し続けてヌルゲーみたいになってくれれば助かるんだけどなぁ)
淡い期待を抱きつつ急いで後ろに乗り、移動開始。スクーターのようなスピード感だったので時速40㎞/hくらいと推測できた。ここは砂地で足の蹴り返しが吸収され、走りにくい状況だ。にもかかわらず、快速を維持。
(このワニ馬、よく鍛えられている…)
感心しつつ、男にさっきの話で気になっていたことを尋ねた。
「何でここをすぐに離れないと死ぬのですか?」
「もうすぐ砂の中から大怪物が現れる。この辺一体は奴の餌場なのさ」
「そうだったのですか。そんな危険地帯にも関わらず、見ず知らずの私を助けていただきありがとうございます」
「いいってことよ!」
異世界ものあるある”危険なところを良い人が唐突に助けてくれる”を体験し、ヌルゲーの期待値が上がる。『できればヌルゲールートに突入していてほしい』惰性的な考えを持って少しだけ気を緩めた。
同乗中、翻訳スキルをoffにしてみた。その状態で話しても男には通じておらず、再びonにすると会話ができた。先程は確認できなかったが、スキル名の下に“ブロスバジア語・済”と表示されていた。どうやら、1国分の役目を果たしたようだ。
5㎞ほど走ったところに、川や林、田園が広がっており、その中に村があった。村の名はガンバール村。そして、さっき助けてくれたのが、この村の村長コツコット・バンガルだ。年齢は40代前半くらい。フレンドリーな人で、「下の名で呼んでいいぞ」と言われたので、以後”バンガルさん”と呼ぶことにした。ちなみに先ほどの逞しいワニ馬は、ホスゲータという動物で愛称としてホゲと呼ばれている。愛称の酷さはさておき、今はなぜバンガルさんが危険地帯にいたのかという事が気になった。
「今朝ガンバール神の像が急にひかって『近くの砂漠に人間がいる』とだけ伝えて元に戻ったんだ。それで気になって行ってみたらあんたがいたってわけ」
近くの砂漠に人間がいるという情報だけでは探索に行かない可能性は十分にある。そんな噓かもしれない情報を信じるのは相当なお人好しだけだ。このお人好しに命を救われたのは言うまでもない。凡太はその恩返しがしたく、村で困っていることの有無を聞いた。それを聞いたバンガルは凡太をモンゴルのゲルのようなテントに案内した。
中に入ると、既に3人が集まっていた。バンガルから彼らの説明を受ける。それを凡太の脳内で再解釈してまとめるとこうだ。
アン・ゼノン
村の建築担当で服装も雰囲気も僧侶のような老人。年齢は70歳。
スグニ・ゲール
村の危機管理担当、長髪白髪で気怠そうな顔が目立つ黒いローブのおっさん。年齢は45歳。
コトナ・カレン
村長の秘書兼書記で金髪ロングの眼鏡色白お姉さん、服装は村長と同じくアラビアンチック。年齢は30代前半くらい。
円になり会議っぽい雰囲気に。皆、絨毯に座る。少し重い空気の中、バンガルが口を開いた。
「知っての通り、1週間後この村一斉攻撃されっから」
急なイベント開始のゴングに、凡太は数秒開いた口が塞がらなかった。
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神役所・休憩室。
モニターで仏像の光るシーンが流れている。
「いやー初端から危なかった。助け舟出したの先輩ですよね? 神が人間を直接助けるのは厳重処罰ですよ」
「俺は人間がいると伝えただけだ。助けろとは言っていない。現に彼は消滅していないだろ」
この世界では公平な第三者として神AIが設置されている。神が転移・転生後の人間を助けるために介入したと判断した場合、その神に対して膝カックンの刑がくだり、そのついでに助けたとされた人間は消滅する事となっていた。このAIの処理能力はめちゃくちゃ低く、良い・悪いなどの単純判断しかできない。現代のように、パターンを記憶して頻度を確率化するような学習能力はなく、膨大なデータベースからの高速選択・最適返答もできない。アナログチックなのは、このAIを導入した神が「隙が少ないものより、多いものの方が趣がある」といった不完全なもの愛好家だったからである。
「今あの面白馬鹿に死なれてもつまらないだろ。あとAIの盲点の範囲を見定める実験を行っただけだよ。人間の暗黙の了解的な心が理解できるかってね」
「”仏像が光って伝えるなんて珍しいから絶対何か理由がある。しかもその伝えた場所が危険砂漠だから絶対に助けに行けってことだよなぁ”となる心理をAIは読めなかったってことですね。そして、先輩は一人の人間の現在地をわざわざ仏像まで使ってぼやいたアホ神と認識されたわけですか」
「誰がアホ神だ。まぁこれで危険な怪物を倒したり、“助けに行ってくれ”と伝えるような分かりやすい介入はアウトで、間接的なのはセーフと分かってよかったよ。これからも色々遊べそうだし」
「それにしてもその遊び相手、運がありますよね。神に気にかけられているのですよ?」
「“運がある”か、ちょっと違うな。そんな低い確率を表すようなものではない。思い出してみろ。面談のときから奴はこちらの興味が湧く要素を色々ばらまいて下準備していただろう。そうすることで我々が気にかけざるを得なくした。だから運じゃなくて必然だよ。言うならば、奴自身の力で運を作り出したようなものだ」
「そう考えると面白いですね。運はコントロールできるみたい―――」
チーン
面談ホールからの呼び出しベルが鳴る。急いでホールへ向かうと既に100人ほどの列ができていた。先輩は既に面談席に着き、対応を行っている。
さすが先輩である。
(はぁ…私も運ほしいなぁ…)
心の中でぼやきつつ、自分も対応に向かう。
「お待たせしました。本日の要件は転移の申請ですね。どうぞおかけください」
サッと対面椅子を引いて面談に入る。
こうして神役所の忙しい1日がまた始まった。
~メモペディア~
ガンバール神とは、ガンバール村を作ったとされる神で、例の砂漠の大怪物と三日三晩戦ったという伝説があるらしい。姿は不動明王に似ているが、表情は真逆のニカっと笑った顔をしている。