第197話 フリーズ対策
デンは現在妄想に捕らわれていた。
的が1個、的が2個、的が3個…もう何個でもいいや。どうせ何個になろうがよけられんでしょ。ほらよけた。
頭の中で無限に増え続ける的を凡太がかわし続けるというループが始まっていた。凡太が自分と同じような身体能力であることは認識済。それだけならまだいい。代わりに強化魔法が秀でているってオチが期待できるから。だが、この前ドンからスライム戦では自分に対して強化魔法を一切使っていなかったという事実を聞いていた。これのせいで自分がよけられるはずのない攻撃を自分と同じような能力の人間がかわしているという矛盾が発生する。デンの頭の中にはこれに対する答えはない。非現実的過ぎるからだ。ところが、脳は知的好奇心から考えるのを止めようとしない。これにより、無限ループ状態に陥っていたのだった。
そんな迷宮化したデンの頭の中で『おーい』と声が響く。その声は何度も呼びかけてきたので、注意して聞いてみるとドンの声だった。ドンの声を認識した瞬間『何でドンが読んでいるんだろう』という疑問が新たに発生した。これにより、一時的に“回避の謎”を上書きする形で抑え込んだことで無限ループから脱出することに成功した。
思考から目覚めると目の前にはドンがいた。
「ドン…俺は一体…」
「何も考えなくていい。考えるとまた抜け出せなくなるぞ」
ドンはスライム戦の時に無限ループ地獄を経験済みだった。それ故の忠告である。
「あの人は俺達と同じじゃなくて、別次元の能力を持つ凄い人って割り切ってしまえ。話によれば異世界から転移してきたらしいし、そういう認識でいても不自然でないだろ?」
「異世界の人だったの?なら納得だ。きっと向こうの世界でも相当凄い人だったに違いない」
「きっとそうだよ」
(向こうの世界の人全員がタイラさんみたいな能力の人だったとか、実はタイラさんでも弱い部類の可能性もあるけど、今のデンにこれを言ったらまたループ沼にはまるだろうしやめておこう)
強くデンの意見を肯定したことで、デンの頭の中で凡太は別次元の人物であることが定着され、無事にループ再発防止策が完了した。
思考が安定したところで当初の目的だったジョウの修行観察に戻る。
ところが、凡太とジョウが雑談してダウンのような動作をしていた。どうやらデンがループに捕まっている間に修行が終わってしまったらしい。「残念だな…」と呟くデンにドンが「まぁまぁ、また観に来ればいいって」と励ます。2人がこのままお開きにして帰ろうとした時、イコロイが急に凡太とジョウの目の前に現れる。
「イコロイさんがなんでここに?タイラさんと接点なんてあった?」
「分からん。そもそもイコロイさんと話したことないし誰と交流があるかなんてわかるはずないよ」
「だよなぁ。まぁ考えられるとすればトーナメント戦でタイラさんと戦った時に何かしら興味を持ったとか?」
「ありえる…」
2人はイコロイと絡んだことは一度もなかった。イコロイが人間に対して興味がないという事もあって2人が挨拶しても軽く会釈するだけで、それ以外はしゃべってくるなオーラを出しているので非常に話し辛い。
イコロイは特待生というのにランキング戦には未だに一度も参加しておらず、ランキング外とされている。唯一2人が知っているのはトーナメント戦での凡太との試合での姿。身体能力と魔法の精度が桁外れに高いということ。たまに凡太が瞬間的にみせる莫大な魔力量の放出を上回る魔力量を持っているということ。など、この一試合を観ただけでイコロイが圧倒的強者だと認識していた。
そうなると、なぜランキング戦に出ないのか?という疑問が当然出てくる。出れば1位は間違いなくとれるだろうし、実力をここで大きく世間に知らしめれば将来の地位や名誉も盤石な状態にできる。それなのにそうしないのは、圧倒的強さを持つ者だからこそかかる“何をやってもできるからつまらない病”なのではないかと推測した。
どうせやったらできるから達成感もない。達成感を得るには努力を積み重ねるという過程が必要なので努力が大して必要のない者にとっては難しいことだ。
また、この手の人は周りの人間に興味がないおかげで承認欲求に執着がなく周囲の評価を気にしなくて済む。周りから評価されることでやる気になるという庶民的な2人にはまずできない考え方だった。
圧倒的な強さは何でもできて羨ましいが、反面何でも出来過ぎるからこそつまらなくなりやすい。2人はそんな人生の難しさの様なものを、イコロイを通して学んだのだった。
凡太とイコロイが何か話している。イコロイはあまり大きな声ではなかったので、あまり内容を聞き取れない。それでも断片的ではあるが“遊ぶ”・“楽しむ”というワードは聞き取れた。
「これから遊ぶらしいぜ。あの3人で何して遊ぶかは気になるところだけど今日の修行は終わったみたいだ」
「そのようだな。結局今日は的当しか観れなかったし、明日も来て残りの修行内容を確認するか」
「それはいいとして、明日はフリーズするなよ」
「しないよ。ドンの方こそ気をつけなよ」
「はいはい。まぁフリーズしたらまた起こしてやるから心配すんな」
「フリーズすること前提かよ?じゃあ明日俺がフリーズしなかったら今度飯おごれよ」
「オッケー。その代わりデンがフリーズしたら俺に飯をおごってくれ」
「ああ、いいぜ」
「しめた、飯代ういたぞ」
「お前、俺を舐めすぎだろ…」
ガーシェ兄弟が仲良くやっていると、急に膨大な魔力量を探知する。慌ててその発生源の方向を見ると、イコロイがいた。イコロイは凡太とジョウから300m離れたところにいつの間にか移動していた。
「あんなに離れたところからあれ程の魔力を練って何をするつもりなんだろう?」
「分からん。まぁイコロイさんが終始ニコニコしているから、何か魔法を使った遊びをするんじゃないか?」
「魔法を使った遊びねぇ…。てっきり町に行って遊ぶのかと思っていたよ」
「彼は超越者だからね。俺達庶民とは根本的な考え方が違うって事さ」
「それ妙に説得力あるな」
兄弟の会話中も向こうの遊びの準備が進む。
イコロイが凡太とジョウに向かって「いくぞ!」と声をかけると「おう!」「はい!」と返事があった。兄弟は3人の顔にワクワク感が溢れるのをみて、やはり遊びなのだと思った。こうして兄弟は脳内に纏わりついていた変な緊張感が解け、微笑ましいものをみるような感じで見守るのであった。