第194話 ポーカーフェイス
シーがノッケンを受けても無傷だったことに他の観客は驚いていたが、凡太は一切驚いていなかった。
「やっぱりランキング一桁台は簡単にはいかないね」
「なんでそんなにうれしそうなの?ノッケンが効かないってことは明らかに不利な状況でしょ。師匠ならもう少し弟子の心配をしたらどうなの?」
「心配ならその不利な状況で去ったからする必要はないよ」
「どういうこと?」
訳が分からないといった反応をするアイに凡太は何かを察した様子。それを踏まえて説明口調で話す。
「アイは試合の目的を何だと思っているの?」
「目的?勝敗をつけることじゃないの?あと、どうやって勝ったかの経緯とか」
「まぁ普通はそうだね。でも、俺はそれが目的じゃないと思っていて、目的は自分と相手が持てる力を出し切る事だと考えている。“試合”って文字をばらすと“ためしあい”って読めるだろ?だからお互いに切磋琢磨するような意味の方がしっくりくる。そんな意味で捉えているからこそジョウが不利になって負けそうな感じになっていても特に何も思わなかってわけ」
「不利な状況の方が自分の力を出し切りやすいから目的が達成しやすくなると考えってことね?」
「そういうこと。ご理解いただき感謝です」
「言われてみればって感じはするけどその考え方はどうもなじめないわ」
「それはしょうがないよ。試合は大体トーナメント形式で組み込まれていて、勝ち進んだ人が皆から評価されるシステムが一般的になっているからね。“長いものに巻かれろ”的な集団心理の安心感が加わっているから、尚更その思考から抜け出しにくくなっていると思う。ちなみにその心理が働くと試合内容がどんなに濃くてもそれが1回戦ならあまり注目しなくなる。逆に内容が薄い試合でも決勝なら注目する。こうして実力のある人が埋もれていくってわけさ」
「でも本当に実力のある人なら埋もれないんじゃないのかな?」
「その通り。ただしそういう人物は10年に1人とかの逸材だから出現率はかなり稀だと思う。反対に、日頃から陰でちゃんと努力している人物は結構世の中にいたりする。さらにその中には、ジョウの様なちょっと助言や矯正を加えただけで急に伸びる実力者も隠れていたりするんだ」
「システムに踊らされたままだとジョウみたいな実力者に気づけないで終わるって訳ね。なんかちょっと悔しい…」
「こうして今気づけたんだし、別にいいじゃないか。これから観戦する時には陰の努力の跡とか目に見えない部分を重点的に見るようにしたらいい。そうやってみるようにしたら面白いぞー。“あの人、口だけであまり努力していない”とか“あの人、地味だけど陰でめちゃくちゃ努力している”とかが分かって試合展開を予測しながら楽しめるしな」
「ふふ。随分と楽しそうですこと」
(まぁ人を遠目で見て陰での努力量を目算するのは、おそらくあんたにしかできない芸当だけどね)
子供の様に試合観戦の楽しさを伝える凡太。アイは母親の様に優しく微笑みながらそれを聞いていた。
場面は試合に戻る。
ジョウが先程同様高速移動してノッケンを打ちこむ。が、シーの壁によって防がれる。これに怯まず次々とノッケンを打ちこんでいく。
構えと高速移動に2秒。
打ち込みに1秒。
距離取りに2秒。
計5秒のノッケン動作を繰り返す。ちなみにノッケンを打った後いちいち距離を取るのは反撃を警戒してのことだ。
1分経過。既に12発のノッケンを打ったが、未だにシーは傷1つ負っていなかった。相変わらず余裕の表情は崩さない。
対するジョウは早くも息を切らしていた。高ピッチのラッシュではないものの、一発一発全神経を集中させ全力で放っている為だ。この相手に反撃の隙を与えないような怒涛のノッケン連打は持久戦を捨て前半で決着をつけたいというジョウの意思が感じられた。
それを汲み取ったシーがへの字の口を緩ませた。何か仕掛ける気のようだ。
そしてそれはジョウがサイクル通り、シーの前に高速移動してきた時に起こった。
「なんだっ?」
踏み込んだ時に何かグニッとした柔らかいものを踏んでしまい少し体勢が崩れる。足元をみるとシーの魔法壁があった。壁はクッション性の弾力を持ち、それに足を取られたのだ。
壁は防御にしか使えないと思い込み、こうした事態を予測しなかったジョウの失態である。
「しまっ――」
ジョウは急いで全身に強化魔法をかけ、防御に備えようとするも時すでに遅し。それより早くシーの強化済み右正拳がジョウの腹にめり込む。衝撃はジョウの生身の腹筋では抑えきれず、当然の様に後方に吹き飛ばされた。4回ほどゴロゴロ転がったところで意識が戻ったのか受け身を取り、飛ばされた勢いをころす。
ジョウがフラフラしながら立ち上がる。腹を抑えていて俯いている事から相当なダメージを負っていることが分かった。ジョウはノッケンを全力で放つ為、自分の拳や足などの技に必要な部位に強化魔法をかけるだけで他の部位にはかけていない。強化された攻撃が強化されていない部位に当たれば大ダメージを負う事は必然。それがたとえ打たれ強さに定評のあるジョウだったとしても。
ジョウが俯くのをやめ、顔をあげた
表情はさぞかし苦痛に歪んでいる事だろう。
シーはそう予想してからジョウの表情を確認する。
なんと、ジョウは微笑んでいた。
まるで試合はこれからだというような余裕すらも感じさせて。
(その状態でその顔ができるものかね)
シーの表情がこの試合で初めて余裕のないものへと変わった。