第193話 上位の壁
凡太とアイが試合前から疲れた感じになっているところで審判の「試合開始!」と言う声がこだまする。
試合開始と同時にジョウがシーの前に高速移動した。ノッケンのすでに構えを取っている。そして流れるようにノッケンが放たれ、腹部に命中した。ここ最近の勝ちパターンである。コンッ!という響き渡る音と共にバリッ!という何かが亀裂する音が聞こえた。
ノッケンでのKO場面を何度も見てきた審判は、ノッケンの攻略法としてまず当たらないことが重要だと考えていた。一撃必殺級の威力の技は防御しようが無い。強化魔法で防いだとしても威力が大きすぎるのでダメージが抑えきれず結局は深手を負ってしまう。そうなる前に回避することでダメージは防げるし、ノッケン後の崩れたところに合わせてカウンターも狙いやすくなって有利に試合を進められると考えた。ところが、シーは回避せず受け止めた。いくら防御に定評のあるシーとてノッケンを食らえばダメージを多少はおってしまうだろう。審判は苦痛に歪むシーの表情を想像し、現実の方の表情を確認した。
「なんでその表情のままなんだ…」
審判はやせ我慢する様子もなく口はへの字のまま仁王立ちするシーの姿を見た。表情は苦痛を1つも感じさせない堂々としたものだった。審判は動揺していたものの観客はこれを見て「おー!」「凄い…耐えやがった」「しかも無傷だし」などと歓声や驚きの声を上げていた。
ノッケンを受けたシーが嬉しそうに話し始めた。
「見違えるほど腕をあげたな、ジョウ。俺の壁を破壊するとは恐れ入ったよ」
「ありがとうございます。でも、傷1つつけられませんでした。やはりシーさんにはまだまだ及びませんね」
「そんなことはない。半年前は壁を破壊するどころかヒビすらつけられなかったじゃないか。この短期間でよくこれまで威力を高めたものだ」
「すべては師匠のおかげです」観客席の凡太の方を見る。
「そういえばタイラさんのところに弟子入りしていたんだったな。とすると、あの人からただ者でない感じがしたのは本当だったというわけか」
シーはジョウの成長から凡太に何かしら秀でた能力があることを察した。シーはノッポの様に凡太の情報を調べ上げていたわけではなく、ランキング戦での試合を一度見ただけだった。一般人からすれば、無能が一撃KOされるだけの内容なので凡太に対しての評価は決して上がることはない。しかし、シーはこの試合に違和感の様なものを感じ、それが何かは分からないものの、何かとんでもない事が起きているという疑念を持った。このように気づきにくい事に気づけた理由は、シーが凡太と似たような性格だったことが起因する。お互いその信念の形は違えども、周りの声を気にせず貫き通す意思の強さを持っていた。そのような見えない意思を戦闘から嗅ぎ取ったのだと推測される。
シーの言葉を聞いたジョウが、師匠が珍しく褒められたというのに苦笑いする。
凡太はいつも自分が評価されるようなことをしていたとしても評価されないように立ち回っているので、それに気づくのは難しい。まして、アイやジョウのように近くで行動を共にする機会がないのであれば気づく事は至難の業だ。それができるのは相当な勘の良さを持つ者か、高い観察・分析能力を持つ者だけである。どちらにしろ、その相手と戦闘するのであれば苦戦することは間違いない。このようにジョウは凡太への反応を相手の力量を見定めるものさしとして利用していた。
(これは警戒しないと)
ジョウが緊張を強めたのを見て、
「まだ試合は始まったばかりだぞ。そんなに気を張っていては後半ばてるかもしれん。少し深呼吸しようか」
「はい」
そう言って試合中だというのに仲良く深呼吸する2人。この仲良し兄弟のような光景を見て少しほっこりする観客達。審判もこっそり深呼吸する。
ジョウは深呼吸中落ち着いてきた思考回路を使って今後の展開を予想する。シーの試合での勝ちパターンは制限時間30分をフルに使っての判定勝ちでの勝利。自身の圧倒的な防御力により相手からダメージを負うことはあまりないので、相手が後半ばててきたところで攻撃を当てる。シーの攻撃の威力はそこまで高いわけではないが、攻撃が通らず体力切れで弱っている相手には有効だ。
試合のルールでは制限時間30分経過して時間切れになった場合、引き分けではなく審判による判定で勝敗が決まる。なので、どの試合でも基本引き分けにならない。判定基準は審判が相手にどれだけ肉体・精神的ダメージを与えたかという目分量になっている。審判によって多少の誤差が生じるものの、選手へ個人的な感情は持たず、あくまで公平に判定を行うというプロ意識を持っているので試合後選手同士がゴネて乱闘するといったことは未だに起こっていない。
(持久戦覚悟でシーさんの攻撃を回避し続ける方法もあるけど、シーさんの本気の攻撃がどの程度か分からないし、当てられればそれが決定打となって最後まで逃げ切られる可能性がある。そうならない為にもなんとか前半の内にカタをつけてしまいたい。後半になればなるほどこちらの手の内もばれてくるから不利だ)
ジョウは体力に自信があったので30分フルに戦えると判断。だが、時間経過によってシーの高い観察・分析能力によって自分の攻略法を見つけられる可能性があることに恐怖していた。そのまま特に解決策がみつからずに深呼吸タイムが終わる。
2人が気を取り直したところで再び試合が始まった。