第192話 強固な魔法と強固な意思
ジョウとシーが舞台に入場。シーは余裕のある顔だったが、ジョウは表情や歩く動作が硬かった。それを見たアイが心配する。
「かなり緊張しているわね。大丈夫かしら?」
「あの手の緊張は“努力してきたことがここで出し切れなかったらどうしよう“っていう不安からくるやつだから大丈夫だ」
「自信があるからこそ起こる緊張ってわけね。ジョウの努力は知っているから確かにそうかも」
「この緊張ができるのはちゃんと努力してきた人だけだ。あと、緊張するってことは“良いものにしよう”ってやる気になっている証拠だから別に悪い状態ではない。むしろ良い傾向と捉えてもいいくらいだ」
「あんたって、たまに良い事言うよね。さすが師匠といったところかしら」
「えっ?良い事なんて言ったか?当たり前の事を言っていただけなんだけど。ってか、ジョウの師匠はイコロイだよ。俺は最近本当に何も教えていし」
「教えていないとか言っているけどこの前覗きに行った時、戦闘中に考えておいた方が良い事とかいって相手の攻撃パターンを効率的に分析する方法を教えていたじゃない。聞いていたけどためになる話だったよ」
「褒めるところがないから無理矢理褒めるところをつくらせちゃったみたいで悪い…」
(面倒くさいのがまた始まった…)
アイが渋い顔をしてこの後来るであろう面倒に備える。
「あれくらいのことは今のジョウならとっくに考えている可能性がある。だから『はいはい。知っていますけど』みたいに思っていて、2度手間になっているんじゃないかって怯えながら説明してたんだ」
「でもジョウは真剣な表情で聞いていたよ。それって自分にとって有益な情報で知らない情報だったってことの証明にならない?」
「アイ、お前はジョウのことを何にも分かっちゃいない。ジョウは師匠想いで忠義を尽くす男。だから知っていたとしても師匠の威厳を護る為に気を遣って演技をするに決まっている。例えその師匠が尊敬に値しない無能な人間だとしてもな」
(うわぁ…。悪評妄想をこじらせるとこんな面倒なこと考えるんだ。というか、何にもわかっていないのはどう考えてもあんたの方よ。あー疲れてきた。帰ったらレイナに絶対愚痴ろう)
アイが凡太から溢れ出る自虐ネタのような発言にドン引きして激しく疲労するが、愚痴というストレスのはけ口を見つけなんとか立ち直る。そして改めて『この男に他人ではなく自分絡みの事を話させたら面倒な事になる』ということを自覚した。
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シーの防御魔法は強い。それ故の余裕の表情である。
彼は独自の防御魔法を編み出すべく日々それの開発に勤しんでいた。普通なら自分を強くするために攻撃系の魔法や技を磨くはず。そういった周りとの違いから一時期疎外に近い扱いを受ける。その時はランキング30~40位を行ったり来たりして大して秀でた実力と結果を示せていなかったのでよく「防御魔法の鍛錬なんてやめちまえよ」「防御なんて役に立たないだろ」などと自身の努力が否定される事を言われたりもした。
シーには2つ歳の離れた妹がいた。子供の頃はよく2人で岩場をよじ登って遊んでいた。高い岩場を登ることは親から禁止されていたので低めの3mくらいのものに限定される。ある日いつものように妹と岩場を登っていると頂上付近でシーの掴んでいた岩の出っ張りが崩れる。咄嗟に掴むものを探すが見つからず、パニック状態になったまま落下する。3mくらいの高さからの落下であれば頭部さえ守れれば命は助かる。しかし、パニック状態のシーにはそれが無理だった。体勢的に頭部へ衝撃が加わる落ち方だったのでこのままでは命を失う危険がある。
万事休すかと思われたその時、シーの頭部を誰かが抱え込むようにして包み込む。シーの妹である。彼女はシーの異変に気付き、咄嗟に彼の頭部を保護したのだ。自分の身体を犠牲にして。シーが「馬鹿野郎!なんでお前が…」と言って妹の顔をちらりと見ると微笑んでいたという。
ガンッ!という鈍い音と共にシーが急いで起き上がる。妹の体がクッションとなり、シーは奇跡的に無傷。しかし、妹は……。
この後、病院へ搬送されるも、時はすでに遅く、脳挫傷による即死と伝えられた。自分1人で落ちたのなら助かる可能性があったかもしれないが、シーの体重を加えた重さが頭に加わったことにより、脳へのダメージが増したのだ。
駆け付けた両親は泣いていたが、シーは泣いていなかった。搬送途中から死ぬほど泣いて彼の涙腺はかれ果てていたからだ。そして妹が最後に自分を守ってくれた行動を1ミリたりとも無駄にしない為に、この日から自分の防御魔法を磨くことに専念し始めた。自分が防御魔法を極めることで過去の過ちを正せるわけではないが、妹があの世でもまた心配して助けようと思わないように、今度は安心して微笑んでくれるように願ってのこと。
こうして精神の方は完璧に防御魔法がかかった状態に。努力は報われないかもしれないなんて不安をあおるような事はシーにとってどうでもよかった。開発を続ける事しか自分にはなかったからだ。
ある時、急に閃く。今まで防御魔法で自分の前に四角い壁をイメージする方法でやっていたが、クッションのような柔らかいものをイメージするようにした。そのクッションは自分を包み込みようにイメージ。それはあの時の妹のイメージと重なる。シーが死ぬほど後悔し、毎日ずっと忘れることなく考え続けていたことなので、イメージはたやすいものだった。
こうして座布団サイズのクッションのような特殊な形状の半透明壁をつくり出すことに成功する。壁といわれれば、堅いイメージだがシーの壁は違う。柔らかく衝撃吸収性があるのだ。堅く張ったものより、柔らかい方が衝撃が来た時に形状変化して受け流しがきくようになるので耐久性は増す。
魔法はイメージが大事。このように複雑な魔法ができたのはシーがずっと妹の死という現実から逃げずにイメージを続けたからだろう。
シーの防御魔法は今や10mくらいの高さから頭を下にして飛び降りても怪我1つしないレベルに達していた。それを見ればあの世の妹は本当の意味で微笑んでくれることだろう。