第191話 〇〇すぎる弟子と師匠
今日はジョウのランキング戦の試合がある日だ。相手はランキング4位のシー・ニカルソン。ジョウより小柄で体格も逞しいわけでもないが、防御に定評のある男性である。歳は20代半ばといったところで、アーノルドと同じく将来有望視されている人物だ。
ジョウは凡太との試合以降、ランキング戦で連戦連勝している。これは矯正によりノッケンの精度があがった…というよりほぼ完成形に近いものにしてしまった為である。
ジョウは元々とんでもない潜在能力を持っていた。そして過酷な努力の継続。爆発的強さを発揮する条件は揃っていた。しかし、非効率的な連動動作によって、自身の強さを大幅に減少させており、まるで弱体化ギブスをつけて戦うかのような縛りプレイをしている状態だったのだ。そのギブスがはずされた今、強くなるのは当然である。この彼の強さの膨張を止められる者は今やイコロイしかいなかった。
ここ1カ月は30~48位の下位ランクの者としか戦っておらず、失礼ながらジョウの実力を分析するには物足りなかった。ちなみに全試合ノッケンによる一撃KO勝ちで対戦相手全員を病院送りにしていた。
そんな中訪れたランキング上位者との対決。相手にとって不足はないし、実力分析も大いに捗ることだろう。ジョウはシーと半年前に対戦経験があり、その時は負けていた。なので、過去と現在の比較としても成り立つ試合となる。
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ジョウは闘技場へ向かう道中、凡太・アイと会う。
「師匠、アイさん、朝練振りですね。おはようございます」
「おはよー」「おはよう。調子はどう?」
「ちょっと昨日の疲労が抜けてない気がしますが、問題ないです」
「昨日もきつかったよなぁ。思い出しただけでも心拍数が安定しないよ。それでもその返答ができるとは大したものだ」
「いえ…」
昨日の夕方、いつも通りイコロイの全力遊びに付き合って3人共ぶっ倒れた。高強度インターバル後はしばらくまともに立ち上がれないものだが、凡太が5秒後にいきなり「くそー出し切り損ねた!超悔しいんですけど!」と言って立ち上がり、ジャンプスクワットを高ピッチでやり始めたのだ。14秒ほど続け「はいっ!出し切ったぁ!」と言って再び倒れた。全力遊びの時、全力を出していなかったのであれば理解できるが、凡太は全力を出していた。それは隣で一緒に遊んでいたジョウが一番よく知っている。なんなら自分の呼吸ピッチより早い状態だったので、凡太の方がより負荷の高い段階に達していたと思っている。ジョウはそのことを思い出し『自分よりも大した人に大したものと褒められてもなぁ…』と少し卑屈になっていた。
それを察したアイがすかさずフォローを入れる。
「こいつは異常すぎるからわざわざその基準に合わせる必要はないわよ」
「そうそう。アイの言う通りだよ。俺みたいな低次元な存在はジョウの様な有能過ぎる人間の比較対象にはなるはずないし、その基準に入ることすらおこがましい。だから俺がジョウに評価するのは失礼な事であり、全く無意味な事でもある。以後俺の言う事には効く耳を持つな。分かったな?」
(わ、分からない…)
「あんたがまた訳の分からないこと言うからジョウが混乱しちゃったじゃない!試合前なんだからもう少しリラックスさせてあげなよ」
「ん?低次元な存在と話すのは何の気も遣わなくてもいいわけだから自然とリラックスするものだろ?」
「それはあんたが本当に低次元な存在だったらの話よ」
「えっ?そうじゃないの?」
「はぁ…。疲れたからもう何もしゃべらないで」
たった今低次元な存在へと降格した男がお口にチャックジェスチャーをして黙る。むかつくこの動作に反応したアイの鋭い睨みが男を襲う。そして恐怖により本当に黙り込む。
この後、男の難解思考を理解している高次元な存在のアイがジョウに分かりやすく翻訳した内容を伝えて再フォローを加えた。その甲斐あって闘技場に着く頃にはジョウの精神が通常状態に近い状態へ戻っていた。
闘技場出入口でジョウと別れ、凡太とアイは観客席へ向かう。
向かう際に、床がヒビ割れている箇所を数十箇所みつける。誰かが走って通った際につまずく可能性のあるようなものでやや危険だった。凡太がサイドバックからヤカンのような形状の釜、黒い長方形塊を取り出す。サイズは黒板消しほど。それを釜の中に入れる。アイに魔法で火をおこしてもらい200℃くらいで温めると塊は溶解し液体に。それを釜の注ぎ口からヒビに流し込んでいく。ヒビに浸透させた後、アイに魔法で冷却してもらい補修は完了した。幸いにも補修現場には2人意外誰も現れず、そのまま逃げるようにしてその場を立ち去る。
「手伝ってくれてありがとう。助かったよ」
「いえいえ」
満足そうな顔で礼を言う男を見て、アイもまた満足したように微笑んだ。
観客席につき空いている場所で座っていると運営スタッフの人に声をかけられた。
「タイラさん、ユーシアさん、先程はありがとうございました」
「何の話でしょう?」
「ヒビ割れ補修の話ですよ」
「ん?ヒビ割れ補修とは?」
「何をしらばくれているのですか?あなたが補修していらしたじゃないですか」
(何で知っているんだ?)
凡太は最近の隠密活動の失敗による反省から防犯カメラの存在に気を配るようになっていた。先程の通路にもカメラがないことを事前確認していた。しかし、そこは運営スタッフの方が上でカメラに隠蔽魔法をかけていた。それにより、リアルタイムで視聴していたスタッフがモニター監視を交代してもらってここにお礼を言う為駆け付けたというわけだ。
凡太はカメラについては知り得なかったが何らかの方法でバレたと悟り、話を合わせる。
「え?ああ、そうでしたね」
「お恥ずかしながらいつも手が空いている時に直そうとは思っていたのですけど、結局先延ばしばかりしていたもので…とにかく助かりましたよ」
「先延ばしはよくあることですよ。お気になさらず。あと、礼ならアイへ重点的に言ってあげてください。補修しようと言い出したのは彼女ですから。私は手伝っただけに過ぎません」
「いや、違っ――」「そうでしたか!ありがとうございます、アイさん」
アイの両手を持ってブンブン振り喜びと感謝を伝えるスタッフ。
この後、アイが「言い出した…というより勝手に補修し出したのは、私じゃなくてこの人です」と必死に弁明するも「アイは普段から色んなところに気遣いを加えているんですよ」と得意の評価されるべきエピソードを重ねられ誤解を解く事ができなくなった。そしてスタッフはアイのことをしっかりと評価した状態で仕事に戻っていった。
アイは今回もまんまと男の術中にはまる。その表情は笑顔の男とは対照的に苦悩で満ち溢れていた。