第190話 無能は自爆したい
自爆は漢の美学。バトル漫画の読み過ぎで頭のいかれた男はそんな価値観を持ってしまい、自爆魔法の開発を密かに行おうとしていた。
しかし、図書館で手当たり次第にそれに関する本を探しても1冊も見つからずに途方に暮れていた。それもそのはず。そのような本があれば愚かにも実行してしまう者が現れてしまう恐れがあるので、それに関する本が出回らないように隠し金庫で厳重保管されているのだ。
男は悩む。誰かに相談しようにも「自爆したいんだけど自爆魔法教えてくれない?」と聞けば自殺志願者と勘違いされ、教えてくれないことは明白だった。だが、このままでは一生その情報に辿り着けない気がしたので、本当にダメ元で魔法に詳しいであろうレイナに相談してみることにした。
仕事の休憩時間、レイナに相談を持ち掛けるべくアイには「2人で話したいことがあるからちょっと向こうに行ってくるね」と伝えてレイナの手を引っ張って休憩室を出ていく。
「2人で話したい事って何ですか?」
「なぁにちょっとした世間話さ」
「それなら休憩室でもよかったのでは?」
「悪い。レイナと2人きりじゃないと話したくない内容なんだ」
「はぁ…しょうがないですね」
「ありがとう。助かるよ」
不機嫌そうな口調のレイナだったが顔は嬉しそうだった。
人気のない階段の踊り場に着いたところで立ち止まる。いきなり自爆したいことを伝えると語弊が出ることは目に見えていたので、最初はそれとなく聞き出すことにした。
「この前魔物討伐に行った時に魔物が自爆してきて危なかったんだよ。よけなければ即死だと思うくらいの威力でさぁ」嘘である。
「無事で何よりでしたね。自爆魔法は自身の魔力を起爆剤に体内で魔力を膨張させて爆発的な威力を生む代わりに自身も膨張して破裂する捨て身技なので威力が高いのも当然です」
「へぇそうなんだ。恐ろしい魔法だね」今まで知り得なかった自爆魔法の情報を知れて喜ぶ。
「はい。なので、自爆魔法の使用は禁止されています」
「ということは人間が使える自爆魔法はあるにはあるんだな?」
「ええ、そうですけど…。まさか使いたいと言うつもりじゃありませんよね?さっき禁止と言ったばかりですよ?」
「違う違う。自爆なんて怖い事しようとするはずないじゃないか」
「そうですか?ボンタ様ならやりかねないと思っていたのですが」ジト目で見られる。
「はは、さすがの俺でもそれはないって」(鋭いなぁ)
「ならいいのですが…」
「ただ、今後洗脳魔法を使ってくる魔物が現れる可能性は高い」
急に声のトーンを変える凡太にレイナが『ようやく本題に入るのかしら』と予想する。
「今回の魔物討伐の件でそれを思い知らされてね。魔物は俺達が思っている以上に賢い。だから今後弱い人間を利用して機密情報を抜き取ったり、無理矢理戦わせたりすることもあり得ると思ったんだ」
「なくはないですね」
「だろ?しかも俺は魔法無効化能力を持っていないし、洗脳魔法は絶対に防げない、で、俺は弱いくせに今隊長という分不相応な役職をもらっている。はっきり言って大穴だ。もし俺が敵側だったら真っ先にここを狙う」
「洗脳魔法をかけられて味方を内部破壊させるきっかけに使われるかもしれないということですね?」
「そういうこと。そうなれば戦力や士気はガタ落ちだし最悪だろ?そこで必要になってくるのが自爆魔法だ。これが使えればもし洗脳にかけられたときでも被害が拡大する前に自害して防ぐことができる。自爆の威力は、同行者が威力吸収スーツを常備していれば多少は緩和されるのと俺自身の魔力は大したことないからあまり問題ないと思っている。だから…」
「自爆魔法を教えろと?それで2人きりで話がしたいと言ったわけですか」
「うん。気が進まないのは分かるけど今後の対策だと思ってどうかよろしくお願いします」
レイナの顔は渋い表情のままだった。それを見てレイナが過剰に気遣いする優しい人間であることを思い出した。彼女は自分(凡太)を死なせるようなことは絶対にしないしさせないだろう。そう思った凡太は静かに諦めようとしたその時……
「いいですよ」
「へ…?」
「教えます」
あっさり承諾してくれたことに驚くも魔法を教えてくれることになって喜ぶ。そして自爆魔法を教えるという事は別に死んでもいい存在だと認識してくれているという事。レイナもなんだかんだで自分のことを疎ましく思ってくれていたことを知れてさらに喜びを強くした。
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後日研究室の広い試験場でレイナから自爆魔法の説明を受ける。
魔法を覚えていない人用に作られた自爆シールというものが2枚ある。
親指の爪くらいのサイズで厚さは一般的なシールと同じくらい薄い。
黒背景の中央にそれぞれ“プラ”“マイ”と白文字で書いてある。
使用時は皮膚にとりつけ、一定量の魔力を練った状態でプラ・マイシールを合わせると起爆するといった簡単な仕組みになっていた。練った魔力が大きいほど威力は上がる。なお、自爆可能な魔力量になった場合は文字が光るようになっている(魔力を練る=魔法の威力を高めるために行う集中動作のこと)。
ちなみにシールは魔力で粘着するタイプで自然にはがれにくいが、爪で簡単にはがせるような親切設計になっている。
威力の試し見としてケンジが使っていたような人形が一体用意された。人形の右手の親指と人差し指にシールが貼ってあって人形自身に魔力が充填された状態だった。
レイナと凡太が人形から距離をとる。レイナが魔法で半透明な防壁の様なものを出現させてから、人形を操って親指と人差し指に貼ったプラ・マイを合わせる。
パンッ!という破裂音と共に破裂する人形。同時に辺りへ重そうな風圧が飛び散る。巻き上げられた試験場の小石がその風圧によって壁にめり込んでいた。レイナの防壁が無ければハチの巣になっていたかもしれない。想像以上の威力に「すげぇー」と子供のように喜ぶ凡太。レイナもまたその姿をみて喜んだ。
後日レイナからシールを渡される。しかしそれには“プラ・マイ“の文字はなく何かの紋章のような柄が書かれているだけだった。レイナにこれについて尋ねると「一時期自爆シールが流行して、このような柄ものができたのです。なので、これでも問題なく自爆できますよ」と答えた。紋章柄の方が中2っぽくて良いということで地味に気に入り、取り替えずにこれを使用することにした。