第188話 嘘つきMVP
レベッカのマッサージ兼レビュー聴講が終わり、2人とも疲れていたことを思い出して流れるように就寝することとなった。歯を磨いてから布団を用意する凡太。そこへ枕を抱えたレベッカがやって来る。
「どうしたの?枕投げでもするのか?」
「いいわね…って、さすがに疲れているから無理よ」
「じゃあ何の為?」
それを聞くと黙って凡太が敷いた布団の枕横に自分の枕を置いた
「ここで寝るわ」そう言うと凡太の布団に入って横になった。
「俺はどこで寝ろと?」
「ここで寝ればいいじゃない」
いつもなら「帰ります。お疲れ様です」と言って退却するのだが、この日は疲れていたのもあって渋々受け入れレベッカを左隣に置く形で布団に入る。
マリアは居間の方で軽作業をしていたので「先に休みます」と伝えてから寝室を暗くして布団に入った。数分後隣から寝息が聞こえた。あまりにも眠りに落ちるのが早いのはよほど疲れがたまっていたからだろう。凡太は「お疲れさん、今日のMVP」と静かに呟いて自身も目を閉じた。
凡太は中途半端に爆睡していたこともありなかなか寝つけずにいた。目を瞑っていればいつかは寝られるだろうと思いそれを続けていると寝室に誰かが入ってくる物音がした。マリアだ。そして押入れの襖を開ける音がして丁度右隣に布団が敷かれる気配を感じた。『近くない?』と思っている間に敷き終わったようでマリアが布団に入る音が聞こえた。
右から「今日はお疲れさまでした」と静かな優しい声が聞こえた。『やっぱり近いよね?』と思いつつ、この状況のまずさに冷や汗をかいていた。理性がいつ暴発するか分からないという恐怖を抱えて寝られるわけがない。そう思い、マリアが寝たらすぐに窓から撤退する決心を固めた。
物音を立てずにひっそりと寝たふりをして数分後、右隣から寝息が聞こえ始めた。それ聞き『作戦実行』とスパイ気取りで立ち上がろうとすると急に重みが加わった。重みを加わった左腕を見るとレベッカが巻きついていた。どうにかして抜け出せないものかと悩んでいると反対側の右腕にも重みが加わる。『まさか…』と思って右隣を見ると案の定マリアが右腕に巻きついていた。普段からアイに抱き着かれていた経験もあり、こうなってしまってはもはや逃げ場はない事を悟る。そして撤退を断念し朝まで耐久モードに切り替えた。ところがそうはならずに数分後寝息をたてる凡太。どうやら緊張感により神経と体力を大幅に削られたことが幸いし、眠りに落ちるまでの疲労感を充分にためられたようだ。
その数分後。両隣からヒソヒソ声が交差する。
「寝ちゃったね」
「そうね。よほど疲れていたんでしょう」
「正確には“疲れさせた”だけどね。急に立ち上がって帰ろうとしたから急いで腕にしがみついて正解だったよ。お母さん、協力してくれてありがとう」
「ちょっと強引だったかしら…。でも、しっかり休んで疲れをとってほしかったし…」
「そんなに気にしなくていいと思うよ」
「そのようね」
スヤスヤ眠る凡太の表情をみて微笑む2人。その表情は自分達の行動が間違い出なかったことを証明していた。
「ところで、今日はどんな感じだったの?」
凡太がレベッカと採取に行った後に話す内容は毎回レベッカの活躍が光るように脚色されている為、相槌だけを打ち内容を真面目に聞かないようにしていた。それで凡太が参入してこない状況になったと時にレベッカに再確認する癖がついていた。
「ダタンゴっていう強い魔物が現れて大変だったよ。でも、私が集気弾っていう気弾をつくっている間、ずっと無茶な事して時間稼ぎしてくれていたから一番大変だったのはボンタかな。私は結局無傷だったし」
「私に話した時は自分が時間稼ぎしていたことは一言も言っていなかった。そもそもレベッカが技の準備をする間は誰かが魔物の相手をしないといけなくなるわけだからその話が出た時点でおかしいと思っていたのだけど、やっぱりそういう事だったのね」
「うん。だから無事倒せたのはボンタのおかげだよ」
そう言った後「ありがとね」と小声で呟き凡太の頭を撫でる。
「そっか。さすがボンタさんね」
マリアも「偉い偉い」と小声で言って凡太の頭を撫でた。
この後も脚色なしの話が続く。凡太が最初に話した内容との違点が見つかる度にマリアがツッコミを入れていたものの不機嫌にはならず微笑みながら話を聞いていた。レベッカも話す度に表情が柔らかくなっていった。
ひとしきり話し終えた後、
「疲れていたところ話してもらってありがとね」
「いいよ。話していて楽しかったし」
「明日も早いしもう寝ましょうか」
「うん。おやすみなさい」
「おやすみ」
そう言って2人は目を閉じた。
目を閉じた後レベッカの頭の中で1つの疑問が浮かぶ。
もしあのとき集気弾を完成させられなかったらどうなっていたのだろうか?
そうなればあの人は死んでいたかもしれない。
私は強化されているおかげで逃げ切ることは可能だったから、生き延びることができた。あの人のことだからこれを知っていた上で失敗してもいいというようなことを私に言っていたのだろう。自分の事はどうでもいいって考え…本当に嫌になるわ。
イライラするレベッカだったが、隣で聞こえる寝息を聞き『本当に完成できてよかった』と心から安堵した。