第187話 毒舌レビュー
「いただきます!」
凡太、マリア、レベッカが合掌して夕食が始まった。メニューは味噌鍋である。すき焼き以降マリアが鍋ものにハマったのもあり、凡太が泊まる時は大体鍋料理になっていた。女性2人と男性1人にしては量が多かったものの、化け物退治でお腹を空かせていた人間が2人いたので無事完食することができた。
「おいしかったー」と言う2人に対し「お粗末様でした」とマリアが嬉しそうに答えた。
夕食後、凡太は約束通りレベッカのマッサージを行う。マッサージは対象者をベッドなどに寝かせて実行者が立ってやるものだが、レベッカの場合は違っていた。レベッカが凡太の膝上に足を置いてきたらそれを揉む。膝の上に座りもたれ掛かってきたら腕や腰を揉むといった凡太の体をマッサージチェアのように利用するスタイルだった。最初はベッドの方がやり易いからと促していたものの、レベッカがなぜか不機嫌になり「別の方法でやってほしい」と無理を言われた。そしてレベッカから「こっちの方がいい」と言って勧められたのが現在のやり方である。当初はこの姿勢でのマッサージに悪戦苦闘したが、慣れた今ではお互い手際よく体勢を変えてスムーズに行えるようになった。
以前までは最近の愚痴などを言い合って盛り上がっていたが(9割がレベッカによる愚痴、凡太はほぼ聞き手)、マリアに「もう少し明るい話題にしてちょうだい」と注意されて禁止に。現在はレベッカが最近読んだ小説の感想を言うレビュー会のようになっていた。自分の知らない小説の話をされても困るものだが、レベッカが小説のあらすじを簡潔にまとめてネタバレも若干しつつ話してくれるので凡太はそれを案外楽しく聞けていた。中でもあらすじ説明中に入るレベッカの毒舌ツッコミが気に入っている。
レベッカが凡太にある小説のあらすじを説明中。
「主人公の王子は生まれつき持っていた伝説の魔眼を奪われて失明したけど魔力の才能がめちゃくちゃあって顔もイケメンだったから、敵を圧倒して女性にもモテまくって何不自由なく生きていくって話よ」
レベッカが話した小説のタイトルは“両目を失ったけど才能があったので無双してみました“である。
よくあるラノベのようなタイトルだと思いつつ『この手の作品があるってことはこの世界も病んでいる人多いかもなぁ』と心配になる。
物事がトントン拍子でうまくいったり、自分の希望が思い通りに叶う事は現実ではあまり起こり得ない。一般人はそれらの主人公のように運の良い状態でないことがほとんどなので大体一日の内に何回も失敗して、希望は大して叶わないことがほとんどだ。それから現実逃避しようとした結果、いきつくのが空想上の世界というわけだ。凡太の世界はストレス社会という言葉があるくらい生き辛くなっている。SNSが発達し、つねに相手からの評価が見れたり、赤の他人から評価されたりと窮屈な感じになっている。その不安やストレスの多さを表すように自殺者やカウンセリング施設が比例して増えている。機械の発達で暮らしは便利になっていたが、200年前の便利じゃない頃の方が生きやすかったというのは皮肉なものである。
SNSは承認欲求の象徴のようなものなので他人から評価されればいいのだがそれは一握りの人間。大概の人間は評価されない。“評価されなければいけない”という世の中ならばそれだけでストレスが増えていってしまう。しかし、評価されている人間もされていない人間も所詮は骨に皮が被さった生物でいつか死ぬ運命にある。そのくだらなさに気づければ他人の評価を気にする暇はなくなるはずだ。なぜならこうしている間も死に近づいているからだ。
死は突然やってくる。それは1年後か1週間後、もしくは1分後の可能性だってある。そんな感じで誰しもなんだかんだで忙しい状態なので、あれこれやろうとしたり、未来や過去の事を考えるより、今自分の目の前にあることに集中して生きた方がよほど建設的でマシに思える。そんな人生観を思い返しつつ、凡太は目の前のレベッカの話に再び焦点を合わせた。
「才能と顔だけじゃ不自由さはカバーできると思わないが…その辺はどうなの?」
「正直私もそう思う。けれどもこの本では目が見えないことによる不自由さにちょっと触れただけで後は主人公が強い魔物を単独で倒しまくって皆からちやほやされるご都合展開がずっと続くのよ。せめて戦闘の時に目が見えないことで生じる隙や弱点の様なものを書いてほしかったわ」
「えっ?普通少しは書かれないか?目が見えなかったことで敵の無音光線を避けれらずに苦戦とか、逆に目が使えないことで補うために耳が発達した事を利用されて、大音量の鼓膜破り攻撃をもろに浴びるとかは?」
「残念ながら最初から最後まで圧倒する描写が続くわ。“視力は探知魔法を広範囲に張ることで補ったから何の問題もない“って主人公が自信満々で言う描写があるんだけど少し呆れちゃった。というか、ボンタの言ったのをそのまま展開として取り入れた方が少しはハラハラするから面白くなりそうね」
「素人の発想で面白くなるとかありえないし、作者の人に失礼だろ。ってか、それくらい才能のある主人公なら自分の目を魔法で作ったり、魔眼を取り戻すなりして失明状態を克服しそうだな」
それを聞いたレベッカが苦笑いしたのを見て察する。
「まさか…」
「ええ。物語の最後では主人公が魔眼を取り戻した上に自身の魔法で魔眼の秘められた力を開放し魔王を圧倒してハッピーエンド。ここまでご都合主義されたら逆にツッコミどころもなく清々しい気持ちで読み終えられたよ」
「レベッカが最後にツッコミを入れないなんて久々だな」
「こっちだって入れたくて入れているわけじゃないよ。読む作品にそういうのが多いだけ」
この後“転生したら犬だったけど飼い主が大賢者だったので生きていくのが余裕です”のレビューも聞かされる。この作品に関してはツッコミどころが多く、レベッカの毒舌が冴えわたっていた。凡太は活き活きと話すレベッカの姿を見て微笑んだ。