第184話 最恐の修行
(攻撃を当てられないなら当てられるように誘導すればいいってか。さすがに上位互換となれば知能も高いな)
ダタンゴの姿を見て敵ながら称賛する。
しかし、ダタンゴに感情はない。称賛には応じずに無慈悲な右ストレートが放たれた。
吹っ飛ぶ凡太。かろうじて前を向いて両腕をクロスさせガードしたが、衝撃を受け止め切れない。木を3本ほどなぎ倒してようやく止まる。両腕の骨は砕かれ、肋骨も3本ほど折れていた。歯を食いしばり痛みをこらえながら立ち上がる。
(クソ痛ぇ…って、そんなことよりレベッカは?良かったぁ…無事だ)
自分の体よりレベッカの体の心配を優先する。レベッカは無傷で今もなお集気弾の作成に集中している。そのとき集気弾が未完成であることも確認した。
(ってことはまだ時間を稼がないといけないな。それにしてもダタンゴはどうして俺を優先して攻撃してきたのだろう?この手の強い魔物はフクツアリのように強者を優先して攻撃すると思っていたから、レベッカが狙われるとばかり思っていた。まぁどの道レベッカの身代わりか囮になるつもりだったし手間が省けて良かったんだけど…)
疑問を抱きつつも後ろの木を支えに立ち上がる凡太。動く度に針に刺されたような鋭い痛みが襲ってきたが、変に堪えようとせず痛みを受け入れるように動く。『痛みはどうせ消えないんだししょうがない』といったいつもの妥協対応である。
ダタンゴの姿が見えなかったので虚像探知を発動しようとするもできなかった。
(魔力がなくなったのか?そうか…。さっきの衝撃で“開”が解除されてしまったんだ。もう一度やんないと)
凡太が再び“開”を使おうとするとレベッカの背後にダタンゴが急に現れた。また右手を引いている。
(まずい!早くなんとかしないと。でもこの体じゃ何もできない。どうしたら……待てよ、ひょっとして…)
パニックになる中で先程からずっと頭の中で検索していた疑問の答えが見つかる。すぐさまその答えの証明を開始した。
「体魔変換・開!」
凡太の魔力が跳ね上がる。すると、それに釣られるようにダタンゴが凡太の背後に高速移動してきた。
「やっぱりな」
ダタンゴは視覚がない代わりに触覚が発達しており、空気の振動で獲物の場所を探知している。その獲物の優先順位には基準があった。それは魔力量の多さである。今この場所では“開”状態の凡太の方がレベッカより魔力量が多いので獲物として優先されたのだ。
レベッカへの攻撃は防げたものの問題がまだ残っている。この後のダタンゴの攻撃はボンタの今の状態では当然かわすことができない。痛みと骨折によりガードも回避もできないので当たれば即死だろう。
「どうせ死ぬならやってみるか…」
そう言うと凡太は折角の“開”状態を解除した。
すると、ダタンゴが動きを止めて辺りをキョロキョロする。まるで獲物を見失ったかのように。
(よし!珍しく懸けが成功した)
声の音振動で気づかれないように心の中で喜ぶ。どうやらダタンゴの獲物基準には“無能な弱者”は入っていないらしい。
数秒後落ち着きを取り戻したダタンゴが再びレベッカの背後に高速移動した。
「お前の相手は俺だ!」再び“開”状態に。
ダタンゴが自身の背後に来たのを確認した瞬間に再び“開”を解除。
ダタンゴが獲物を見失い数秒間静止。
再びダタンゴがレベッカの背後へ…
凡太の狡い作戦によりレベッカの背後と凡太の背後を何十回も往復するダタンゴ。高速移動は体力を酷使する高等移動技である為、往復の度に体力が削られていく。一見ダタンゴが不利なように見えるが、実際不利になっていたのは凡太の方だった。
解除して魔力ゼロの状態から再び魔力をつくり出すときには相当体力を消耗する。それが“開”のような多量の魔力を一度につくり出す技ならなおさらだ。通常なら普通の体魔変換を使ってから“開”を使うのだが、瞬時に“開”状態にならないとダタンゴの獲物基準内に入れずにレベッカに危険が及ぶ可能性が高くなる。よってこのような無茶なことをやるしかなくなっていたのだ。このゼロ状態からマックスに近い状態に持っていく感覚は現代最恐の修行と呼ばれるパワーマックス(※)と同等である。
ダタンゴの往復が始まり1分経過。
大量の汗をかき、呼吸の乱れが激しくなる凡太。
対するダタンゴは寡黙である。
双方の様子を見るにこの我慢合戦の勝者は明らかだ。
※パワーマックスは競輪選手が乗るバイクを固定化したような見た目の室内運動機器。スピンバイクよりも負荷が重く、細かい設定ができるのでタバタ式をやるのに適している。競輪選手やスピードスケートの選手はこれを使ったトレーニングで『負荷を最大にした状態でこぎ始めて(4~6秒)、軽くなってきたらやめる(2~4秒休み)』というのを20分以上繰り返すらしい。こぎ出しの重いのが軽くなったところで休んでまた重いのからやり直すのは肉体的にも精神的にも相当な苦行だ。これを毎日のようにやっているとなればあの太ももの太さも納得できる。これを一般的なイメージにすると500mくらいある激坂(勾配12%)をチャリで助走なしの状態から全力で登り始めて5秒たったら停止、2秒後に再び全力でこぎ始めるというものが近い。息をする間がほとんどないということで無酸素運動に限りなく近い有酸素運動ができる。このような最恐鬼畜難度のインターバルトレーニングである為、終わった後に余裕顔している人は人類歴史上1人もいない(余裕顔している人を見かけた場合はトレーニングの趣旨を理解していない可愛い人なので生暖かい目で見守ってあげよう)。いきなりプロ選手の真似はできないので(そもそも最大負荷を踏める筋力がない為)、タバタ式で少しずつ自分の最大負荷レベルを上げていくのが賢明。なお、パワーマックスが置かれているジムや体育館は少ないのでスピンバイクの負荷をマックスにして代用することで我慢しよう。