第180話 誰が為の定期診断
凡太はレベッカからの依頼でマリアが退院してからも定期的(週1回)にタンゴの体液採取を行っていた。定期的になっている理由は、生態保護の為一度の採取量が決められているからである。
この前マリアが病院で定期診断を受けた時。
「大分改善しているのでもう薬を飲む必要はないです」と主治医。
「それにしても改善が早いのは不思議です…。それに関係することで何か心当たりはありませんか?」
「最近朝運動をするようになりました」
「それは良いですね。是非続けてください」
「はい、分かりました」
運動療法に関して理解がある医者だったので改善要因がそれだとすぐに判断できた。マリアの方は運動を勧めてくれた男に感謝する。同時にこれに対する恩返しはどんなものが良いかウキウキしながら考えていた。
家に戻り、診断結果をレベッカに伝える。
「よかったね、お母さん」明るい顔で答える。
「ええ、今まで薬の材料を集めに行ってくれてありがとう。あなた達に迷惑かけた分、しっかりとこれから返していくからね」
「別にいいってば。そうなると今日の採取はキャンセルしないとね」少し残念そうな顔。
「行って来たら?いきなり断るのもボンタさんに失礼でしょ?」
「分かった!じゃあ早速伝えに行くよ」パッと明るい顔に切り替わる。
「いってらっしゃい。気をつけてね」それを見て微笑むマリア。
レベッカは動きやすい服装に着替えてから、急いで家を出ていった。まるで仲の良い友達と遊ぶのを待ちきれないかのようなウキウキした顔をみせながら。
本来のマリアなら採取は迷惑がかかるからキャンセルを促したはずだが、レベッカがこの採取の日を楽しみにしていたことを知っていたので敢えてあのように答えたのだった。娘の嬉しそうな顔を見てマリアもまた嬉しい気持ちになったのだった。
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待ち合わせ場所の公園にて。
「というわけで、体液採取はもうしなくてよくなりました」
「そうか、それはよかった。で、今日はどうする?」
「念の為もう一回だけ採取して薬をストックしておこうと思っているんだけど…いいかな?」
「もちろん。賢明な判断で良いと思うよ」
「ありがとね」
「何が?別に好きで手伝っているだけだから礼はいらんよ」
この発言に少しムッとするレベッカ。
「こういうときは素直に『どういたしまして』って言うものよ。常識がないのかしら?」
「ない。というか俺に常識があったら世界のバランスが崩れるだろ?」
「確かにそうね」
お互いに笑い合う二人。「今日もよろしく」と仲良く握手をしてからタンゴのいる森へ向かった。
定期採取を始める前はアイやレイナに「あんた一人で採取するの?やめておきなさい」「危険です。私も着いていきます」と大袈裟なリアクションをされて反対されたのだが、レベッカと一緒に行くことを伝えると「レベッカちゃんがいるなら安心ね」と賛成した。2人がレベッカの能力をかってくれている事を知れて嬉しくなる凡太。しかしその解釈は間違っており、2人が『あいつなら護る対象を絶対に超強化する。レベッカちゃんはあいつを絶対見捨てないだろうし大丈夫そうね』と思っていたことに本人は気づいていない。
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王国南の森にて。
「今日で最後かぁ…」
元気のない落ち込んだ顔をしながらポロっとレベッカが呟いた。
母の病気が改善したのは嬉しいことだったが、この採取作業をわりと楽しみにしていたので残念がる。楽しみにしていた理由は、凡太を独占できるからだ。毎日朝練で会っているものの40分程度ですぐ解散するので満足がいく量の会話をできていなかった。
レベッカが朝練に参加するようになってから2カ月たつ。前より活発になり、積極的に人と話すようになったが、相手は研究所職員がほとんど。同世代の子供達とも前よりは話すようになったものの、過去のトラウマもあり無意識の内に壁のようなものをつくってしまっていた。
大人相手に話しているので会話は楽しくてもどこか気を違って無意識に緊張していた。その中で唯一気を遣わず話せるのは凡太だけだった。彼は他の大人と比べ、だらしなくいつも締まりのない顔をしており、気を遣うことを馬鹿馬鹿しくさせる独特な雰囲気を持っていた。それと、みかけたら向こうから気さくに話し掛けてくれるので、人見知りのレベッカにとってはありがたく、一緒にいて楽な存在だった。そんなわけで彼との行動は癒しでもあったのだ。
元気のない顔を続けるレベッカをみて凡太が提案する。
「レベッカさえよかったらだけど、定期的にこういう採取作業を一緒にやらないか?最近研究で使う材料のストックの減りが多くて大変なんよ。だから一緒にやってくれたら助かるなぁ」
「自分の仕事を手伝えと…?」急に歩みを止めて俯くレベッカ。
「うん…」(やっぱり無理だったか?)
「他の人でもいいんじゃないの?」
「いや、レベッカじゃなきゃダメだ。植物や鉱物の図鑑も読破していたくらいだし博識な人がいてくれると非常に助かるんだよ」
「そうかぁ、そういう事なら仕方ないわね」機嫌が悪そうな顔をヒクヒクさせながら続けるレベッカをみて、ばれないようにクスっと笑う凡太。
「ありがとう。では引き受けてくれるんだな?」
「ただこれは貸しよ。最低週1…いや週2回は家に来てしっかりマッサージしてってよね」
「分かった、お安い御用だよ」
こうして互いの利害が一致してガッチリと握手が交わされ凡太の提案は通った。いつの間にかレベッカの表情は提案前と打って変わって元気が戻っていた。