第177話 仕事張り付きの刑
夕食後、凡太達は夜の公園近くを散歩していた。これは健康雑学による行動だ。
食べたものの消化吸収は大体2時間かかる。この時間中に横になると胃液が逆流する現象が起きたり、消化不良を起こしたりとあまりよくない。
また、糖質の多い食後は20分後くらいにインスリンの過剰発生による一時的な低血糖状態になり、立っていられないほどの強い眠気に襲われることがあるので横になってしまう可能性が高い。このときに少しでも体を動かしていれば、筋肉の方に糖エネルギーが使われ、インスリンの発生量を軽減することができるので眠気に多少はあらがうことができる。
散歩中はダラダラと会話する。前までは凡太のだらしなさを指摘する説教が主だったが、最近は……
「今日俺が発注していた薬品が午前中に届いていたはずなんだけど、午後に来たらそれが棚に綺麗に並べられていた。今回発注した薬品は結構な量があったから並べるとなるとかなり面倒だったはず。これに関して何の報告もないので誰がやったのか、未だに分からん。レイナは何か知っているか?」
「知りません」
「知らないという事はないだろう。薬品が研究室に届いたところは見ているはずだし。だからいい加減犯人を教えてくれないか?」
「犯人…?何のことでしょう。私が見た時はすでに棚に並べられていましたよ。薬品が勝手に動いて棚に並んでいったんじゃないですかね?」
「そうそう!あいつらって勝手に並んでいってくれるし賢いよね~……ってそんなわけあるか!無生物が動くわけがないだろう。並べたのは人間の手によるものに決まっているのだ。ていうか、茶番はもう終わりにして…犯人はレイナってことで間違いないな?」
凡太とアイは午前中学園で授業を受けていたので、研究室内で薬品を並べられた人間は1人だけだ。
「はい…私です」渋々自白するレイナ。
「やっぱりな。っていうか、前々からそういうことをしたら『やっといたよー』と報告しろと言っているはずだが?これじゃあ、人によっては気づかれない場合もあるだろうが。とにかく、ありがとう。助かったよ」怒ったり、喜んだりと忙しい男である。
「いえ…。あと別に気づいてもらえなくてもいいんです。私が好きでやっていることですから」
「こういう善行はきちんと気づかれて評価されるべきに決まっているだろ?そんなことも分からないのか、この馬鹿者が!」
善行したのになぜか説教されているレイナ。レイナにとってこの行動は当然の事。自分の信頼する主人の助けになるということで本当に好きでやっていたのだ。ところが、そんなことお構いなしに凡太がキレる。
「以前俺にゴミ発言をしたのは覚えているか?あの言葉、そっくり返す。このゴミ奴隷が!お前は全くもって使えるし、気が利く。それでいていつも主人をたてる。はっきり言う…。お前は最高のゴミ奴隷だよ!」
褒めているのか貶しているのか良く分からない言葉を使ういかれた男を目の前にして、レイナが少し笑った。一般人なら呆然となるところをそうならないのは男の真意が分かっている証拠である。隣で黙って聞いていたアイも理解したようで少し笑う。
いかれた男の説教はまだ続く。
「全くもって気にくわん…。そんなお前に俺から罰を与える」
この期に及んでどんな罰が与えられるのだろうか?
これにはレイナも少し怯えていた。
緊迫感溢れる雰囲気を放つ男が静かに口を開く。
「仕事張り付きの刑だ」
これを聞いたレイナの顔は真っ青になる。
(やっぱりこうなってしまった…。だからこの人に私がやったと知られるのは嫌だったのよ)
レイナが恐れる仕事張り付きの刑とは、凡太が満足いくまでレイナの仕事の補助に入るという刑である。もちろん自分の仕事もあるので仕事が終わった後に残業する形で入る。一応これは個人的なレイナへのサービスということで残業申請はしない。文字通りのサービス残業である。以前にもこの刑を受けた事のあるレイナはこの刑の補助過剰性を知っていた。主人に苦労をしてほしくないレイナからすればまさに地獄の様な刑である。
「確か開発中の塗り薬のモニターが少なくて困っていたはずだ。こういう薬の治験は多ければ多いほどいいし、年齢層も幅広くとらないといけないから一人じゃ大変だろう」
(何で当然の事のように内情を知っているのでしょう?)
レイナは凡太に対し迷惑がかからないように仕事の内容はあまり相談せずに行っていたので、第三者が事情を知る為の情報は少なかった。にもかかわらず、普通に内情を話すのはこの男がつねにレイナのことを気にかけている証拠である。
「微力ながら手伝わせてもらうよ。足引っ張って迷惑かけるかもしれないから最初に謝っておく。ごめんなさい」
「迷惑だなんてとんでもない。手伝ってもらえるのであれば助かります。よろしくお願いします」
(微力?そんなわけがない!この人の事だから全部一人でやってしまうに決まっているわ。人集めは適性をみなければいけないし、承認も得なければならないから面倒で時間がかかる一番厄介な作業。それを自分から率先してやろうとするのは相当なお人好しで馬鹿な人だけです)
厄介な作業を自ら取りにいった男を厄介な存在として改めて認識し『この人と一緒に居ると恩が増える一方だわ』と思いため息をつく。疲れたような顔をしているが内面は幸せな気持ちで満たされて充実していた。