第176話 リア充自爆した
夜19時。研究所・寮部屋にて。
夕方の修行を終えた凡太が寮部屋に戻ってきた。
鍵でドアのロックを外し、ドアを開ける。
「ただいまー」
「おかえりー」「おかえりなさい」
玄関から挨拶すると、リビングの方からアイとレイナの返事が戻ってくる。
いつもの光景だ。
リビングの方で2人に顔を合わせた後、寝室から着替えを持って浴室に向かう、
「ちょっとシャワー浴びてくるから覗かないでね」
「はいはい」
「たまにはお背中流しましょうか?」
「ありがとう、その気持ちだけで十分だよ。あと、何回も言っているけどそういうのは好きな奴に言ってくれ。俺なんかに言っても勿体ないだけだぞ」
「分かりました。ではまた後日聞きますね」
「あのー、話ちゃんと聞いてた?」
「はい、聞いていましたけど…?」
「こんなところで温まってないでさっさとシャワーに行った、行った」
「はーい」(くだらない論争に火が着いた的な奴だな。アイ、鎮火グッジョブ!)
アイに親指を立てるとジト目で見られたので少し解釈が違ったらしい。
レイナの方はうまく解釈できたか分からないが、アイをポカポカ叩きながら顔を真っ赤にしていた。『風邪でも引いたのかな?』と心の中で心配する凡太であった。
この王国では生活必需品のエアコンや洗濯機も存在する。電気の代わりに魔力を込めることで使用が可能だ。凡太はグラインダーや製氷機、保冷装置などが存在していた事から、過去の転移者がその製作技術を現地の人に伝授したのだと推測する。なお、水道管や下水浄化施設もあるので蛇口をひねれば水が出る有難みを感じることができた。
シャワーを浴びる前に蛇口に魔力を込める。一定の魔力を蛇口に込めると40℃くらいの温水になる仕組みだ。残り少ない体力を魔力に変換して、少しゼーハー言いながらシャワーを浴びる。
5分後シャワーを浴び終わって着替え終わった凡太が浴室から出て来た。
そこから夕飯を食べに研究所の食堂へ向かう。
アイとレイナには夕方の修行で遅くなることも考慮して『俺なんか待たずに先に食べていてもいいからね』と伝えていたのだが、2人はなぜか聞き入れず毎回3人で夕食を取っていた。
今日は照り焼きチキンと海藻サラダとフルーツ盛り合わせを選んでトレーに乗せテーブル席に座る。2人も同じようなものを選び着席。左にアイ、右にレイナ、真ん中に凡太というのがいつも席順である。
「いただきます」と合唱をしてから食事を始める3人。
凡太は最近気になっていたことを話題に上げる。
「何か2人とも距離近くないですかね?」
「そう?気のせいじゃないの?」
「普通の距離感ですよ」
意見がずれる3人。大抵あの男の意見が正しくないことになるのだが、今回はあの男が正しかった。
普通は隣同士の席となれば、お互いに不快感を与え合わない為に拳4つ分(約80㎝)ほどの距離感を保つべきだろう。ところがアイ達の距離は拳1個分であり、少し動けば肩や足が互いに当たるほどの狭さである。真ん中である凡太には逃げ場がない為、毎回当たらないように肩をたたみながら縮こまり、窮屈な感じで食べている。対する2人は凡太に腕や足が当たっても構いなしという感じで食べていた。
これが始まったのはフツノ玉採取が終わった数日後くらいである。その時は拳3個分ほどだったが、日が経つにつれ距離が縮まっていき、今に至る。採取前の日までは2人とも適切な距離をとっていた。これにはガンバール村でのあーん地獄を経験した凡太が内心かなり喜んだ。こちらに転移して離れていた間に2人に何かしら心の変化をもたらすイベントが起こったのだと推測する。『2人とも美人で可愛いんだから食事のときくらいこんなおっさんに気を遣わないで自由にしてほしい』と常々思っていた凡太はこれを良い兆候だと捉えていた。が、結果はこの現状である。
第三者からすれば両手に花状態で羨ましい限りだが、その状態の中心人物はひどく落ち込んでいた。
(胸揉み消し事件解決やフツノ玉採取は2人の手柄って散々伝えたはずなのになぁ)
凡太は2人が気を遣って自分の側にいてくれるのは、手柄を自分(凡太)のものとして立てているからであり恩返しのつもりなんだと考えていた。そんな気を遣いまくる優しい彼女達に『やめろ』と命令口調で言うのは申し訳ないので強めに言い出せないでいた。
が、この状況にとうとう耐えられなくなり意を決してやんわりと提案を入れる。
「たまには気分転換に違う席順で食べないか?」
「あんたの存在は他の人の迷惑になるから、仕方なくこうしてレイナと一緒に隔離しているの。だからそれは却下よ」(評価を下げつつ誘導…疲れる…)
アイの返答に落ちこみ出す凡太。
(知らない間に俺の存在の迷惑レベルはそこまで達していたのか…なら仕方ないかもなぁ)
現在食堂の空席率は高くアイの理屈に対していくらでも言い返せる状況だったが、男は”迷惑レベルが高い“というワードに捕らわれていたので気づく事が出来なかった。
「2人とも、迷惑かけてごめんなぁ今度必ず何かで埋め合わせするから許してくれ」
「許しますから頭を上げてください。それに埋め合わせはもう貰っているので大丈夫ですよ」(そもそも埋め合わせの必要なんてないんですけどね)
「そうなのか?なんか気を遣わせちゃってごめんなぁ」
「いえいえ」
こうして席の距離が近いという問題は解消されるどころか強制継続が決定し、凡太の行動は見事な自爆で幕を閉じた。