第173話 悪魔の恩返し
「槍の天使の方を頼む。俺じゃあいつの相手は無理だ」
「両方じゃなくて大丈夫か?君の実力だと持ちこたえるのは数分が限界だろ」
「えっ?数分も持ちこたえられんの?秒殺される気満々だったんだけど」
「何しに来たんだよ…」舌打ちしながらも少し微笑むイコロイ。
凡太はシスの方に向かいながら現状分析する。
(修行で出し切った後だからほとんど体力が残っていない。槍天使の針散弾攻撃はかわせないし、連弾で打ち落とす必要がある。が、今の体力では心もとない。イコロイが相手してくれるみたいだから助かった。で、おそらく“開”は3分、“全開”は3秒が限界。だが、何もしなければ瞬殺。ならばやれることは1つ……)
スゥーっと息を吸ってから一言。
「体魔変換・開」
「なにっ? どういうことです」
シスは驚く。向かってきた男が自分の探知に急に引っ掛かったからだ。通常魔力増強は魔力譲与魔法か特殊な回復薬が必要だ。しかし、男はそのどちらも使った形跡がなかった。
(急な魔力上昇はありえないはず。しかも一定量程度の上昇ではなくかなりの上昇。やはりこの男はただ者ではなかった)
警戒を強めて防御態勢を固めるシス。どうやら囮役一次審査は無事突破したらしい。その様子を見て凡太は静かに微笑んだ。
凡太が挨拶がてら連弾を放った。シスは高速移動してこれをかわす。現れたのは凡太の背後から5ⅿ離れた場所。そして両人差し指から白光線を10発連射してきた。光線というくせに目で追う事の出来るレベルの速さ。だが、速いことには変わりないので、いつも通り虚像探知による反射動作で回避する。よけた後の光線を追って見ると当たった木の箇所が溶解して歪な円形穴ができていた。凡太は当たれば致命傷になることを知って冷や汗をかく。
シスが再び光線を連射してきたのでこれをかわす。が、少し違和感を覚える。光線の色が黒色で白色より少しだけ速度が遅かったからだ。急いで後ろを振り返ると先程よけたはずの光線が野球ボールくらいの大きさの黒玉になり、空中に5個浮遊していた。嫌な予感がした凡太は急いでその場を離れようと駆け出す。それと同時に黒玉が破裂し、中から細かい黒針が無数に散弾する。
(こいつもかよ!)
心の中でツッコミながらも距離をとり連弾で針をはじいていく。しかし、連弾の数より針の数の方が多く、数本左太ももに刺さった。痛みはなかったが、左足が痙攣しだしてうまく動かなくなった。どうやら麻痺系の毒入りらしい。治癒魔法があれば対処できるのだが、当然凡太には使えないので一気に窮地になった。
窮地になれば誰でも渋い顔になるはずだが、この男は違った。
なぜかニタニタと笑い、気持ち悪い顔をしていたのだ。
それを見たシスはさすがに少し引く。
シスが引いている間に男が声を張り上げて、
「体魔変換・全開!」
男の魔力が先程よりも大幅に増大。これに気づいたシスが少しどころかかなり引いた様子になる。
「あ、ありえない…」
魔力の増強が無理な状況での増強。さらにその増強量が膨大となればその反応は当然である。これには30ⅿ離れた場所で戦っていたアネも一瞬こちらを見て驚く。イコロイは驚いていなかったが、再び凡太と同じニタリ顔になっていた。
自身の魔力量を大きく上回る男を目の前にして、次の攻撃を警戒して防御態勢をとるシス。しかし、待っても何かやって来る気配はなく、数秒後男は呆気なく気絶した。
「結局何だったのでしょうか。ただのハッタリ?」
男の最後の行動に疑問が残るも切り替えてアネの方へ助太刀に向かった。
アネは驚いていた。
先程まで死ぬ寸前だった奴が再び息を吹き返したどころか、自身を圧倒し始めていたからだ。
槍・針攻撃を全てはじきながら先程よりも重い一撃をアネに叩き込んでくる。しかも戦いながらその威力と攻撃速度が増している感じさえしていた。そして崩れないニタリ顔。その姿にアネは恐怖する。そんな所へシスがやって来た。
シスが加わったことで、アネの士気が上がる。戦闘相手が2人に戻ったことにより、先程まで圧倒的だった差も埋まって、徐々に拮抗し始めた。数分も戦闘が続くと状況は凡太が参入する前の状況に近づいていった。イコロイの体力消耗が進行したからである。
この状況にはさすがのイコロイも苦笑いになる。それを見た天使2人は微笑み、さらに攻撃速度を上げていった。
イコロイが諦め俯こうとしたその時、急に自分の体に微量ながら力が溢れてくる。その感覚の発生源を知っていたイコロイは急いでその方向を向き呆然とした。これを見た天使2人も同様に呆然とする。
「メンドクサイ…タオレタイ…ラクニナリタイ…」
先程まで気絶していたはずの男が、白目をむいて立ち上がり、強化魔法をこちらにかけていたのだ。
男の強化魔法は弱々しく、とても強化されているとは言い難かったが、強化量よりもその姿をみたことで強化以上の謎の力を受け取っていた。
「あれがノーキンの言っていた助力本能ってやつか…」
イコロイがその光景を見るのは初めてではなかった。凡太とノーキンが戦っていたところをアークの護衛兵としてその場にいた時に見ていたからだ。その時は雑魚同士の戦闘ということで何の興味もなく流し見していてほとんど記憶に残っておらず、戦闘内容は後でノーキンが勝手に話していたのを聞いて理解したほどだ。
だが、今は違う。
凡太は確かに雑魚だが、全力を出すという一点だけでは自身を上回っていた。その事実もあって今は興味が向いている状態。
(ランキング戦の気絶時に助力本能は発動しなった。何か発動条件があるのか? 今回あいつは『恩を返しに来た』と言って参戦してきたが、この状況はまだ恩を返せていない状態。ということは何か未練があった時に発動するのかもしれない。だが、根本的な疑問としてなぜ気絶した状態から起き上がれるんだ? しかも行動まで起こすなんてありえないだろ)
考察してみるも考察前より疑問が増える。イライラしながらも興味は途絶えなかったので考察を続けた。
(あいつの体力は完全に空のはず。ではこの強化の為の魔力はどこから…そうか、自分の生命エネルギーを削っているのか)
イコロイは理解した。そしてすぐに凡太の近くに高速移動して魔法で眠らせる。
「貴様に今死なれては面白くないからな」
そっと地面に寝かせる。
「これが限界を超えた行動…真の全力って訳か…。なるほど、奥が深い」
ブツブツと呟き歩きながら思考する。
アネがハッと我に返る。そして寝ている戦闘不能の男がまた起き上がる可能性がある危険人物だと認識し、上空へ高速移動して真上から白槍を放つ。
白槍は心臓めがけてまっすぐ投下されるもイコロイの右拳によって弾かれる。
「その男は殺す。邪魔をするな」
それを聞き何かを思い出して微笑むイコロイ。
そして一言だけ言い放った。
「その男には恩を返さないといけなくてねぇ。悪いが殺させるわけにはいかないよ」