第172話 ただの修行仲間
「シス、周囲に探知魔法を使っていたんじゃなかったの?」
「ええ。使ってはいましたけど何も反応がありませんでしたよ」
「だったらどうしてあの男が急に現れたの?」
悩む2人。シスが何かを思い出したかのように急ぎ足で説明する。
「我々の探知魔法は周囲1㎞範囲で探知可能。広範囲だが、探知できる者が限られ、対象は魔力が一定量以上の者のみ……あの男の魔力は一定量以下。魔力が低すぎたから探知されなかったのです」
「なるほど。でも、そんな弱者がどうして私の攻撃を止められたの?あの槍の軌道をそらしたのもおそらくあの男の力よね?」
「多分…。あっ!あの男どこかで見た事あると思ったらサムウライ村の件に絡んでいた人物でした。あの劣悪な環境下の中、アークを打ち破ったのですから油断しない方がいいかもしれません」
「そのようね。敵も今何か話し込んでいるみたいだし、一度可能な限り敵の攻撃予想をしてみて戦略を練り直さない?」
「そうしましょう」
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天使2人が何やら話し合っている間にイコロイの下に到着する凡太。
「おーい、大丈夫か」
回復魔法は使えないので強化魔法をとりあえずかける。体力が底上げされたのか、イコロイの活力が復活した。それにより、疑問だらけになっていた頭の中を整理すべく質問を投げかける。
「なぜ君がここにいるんだ?帰ったのではなかったのか?」
「演技演技。実は前々からイコロイに何か恩を返したいと思ってたんだよ。で、それが何か分からないってなればまずやることは尾行じゃん。だからこの1週間、修行後の1時間こっそりと尾行させてもらっていたってわけよ」
「“わけよ”じゃない。尾行を当然のように言うな、気持ち悪い」
「気持ち悪いとか今更だな。もっと見下してもいいんだぜ?」
「ええい! こんなときまで面倒な絡みをするな」
凡太との絡みでアドレナリンを放出させる。これにより不本意ながら行動を起こせるまでに体力が一時回復した。
凡太は尾行中に虚像探知で天使2人の気配をキャッチしていた。修行前や修行中にも虚像探知を使ったが、この2人が現れるのは決まって修行後だったのでそれによりこの奇襲を察していたのだ。なお、参入前に天使達の攻撃パターンをじっくり観察していたので準備万端である。
「で、なぜ助けに来た?」
「助けに来た? 勘違いするな。俺はただ恩を返しに来ただけだ。自己満でやっているだけだから助けているわけではないよ」
「恩返し? 帰り際に言っていたあれか。全く、くだらん理由で来やがって」
「恩返しがくだらないだと? これほど自己満に浸れる偽善活動はないぞ。楽しいのは自分だけで相手は恩を売られて返すのが面倒になっているという畜生活動でもあるからな」
「支離滅裂してないか? とりあえず君が畜生であることは分かった」
「それだけ分かれば充分だよ」
「話は大分逸れたが、今の僕に面倒なお前を庇うほどの力は残っちゃいない。だから、来たところで殺されるだけだったんだよ」
「え? それでいいんじゃないの?」
「はぁ…。戦力分析くらいはできると思っていたが、それすらできない阿呆だったとは」
「確かに阿呆だけど、分析はちゃんとしてきたよ。俺は死ぬかもだけどイコロイは生き残るってね」
「意味が分からない。僕もお前も終わりだよ。というか、お前にとって僕は敵だろ? 生き残ったらまずいんじゃないのか?」
「恩人に恩を返す前に死なれるくらいなら俺が先に死んだ方がマシだ! 恩を返せない状態になるって死ぬより辛い事だからな。お前にその苦しみは分かるまい」
「分かるかよ。そんなこと」
「あと、お前にはもう一つ死んでほしくない理由ができたからな」
「は?」
「天使達との会話でお前がサムウライを苦しめた主犯じゃないことが分かった。今まで誤解していてすまなかった」 頭を下げる。
「なんだよ、いきなり。苦しめた事実は残るんだし、主犯だろうが副犯だろうが関係ないだろ? 責任は消えない。だから僕を憎め」
「ほら、やっぱり出た。これが死んでほしくない理由だよ」
「・・・?」 (意味が分からない)
「世の中責任逃れする人間がほとんどだ。『自分は悪くない』『あいつがやった』とか。お前は修行をしていた数カ月の間でそれを一言も言わなかった。それどころか『憎かったらいつでもかかってこい』っていつも言っていたよな? あれは責任を受け入れたある程度度量の大きい奴にしか言えない言葉だよ。その言葉を聞いたことである疑問が浮かんだ。『この男は本当に悪なのか?』とね」
「それは正しい。僕は悪だ」これを聞き、首を横に振る凡太。
「お前は悪でも善でもなかった。ただの責任感がある普通の人間…いや、悪魔だったよ」
沈黙するイコロイを見たが、構わず続ける。
「だから、お前を倒す理由がなくなった。ただの悪魔だしな。いや…ちょっと違うな」
少しだけ考え込み、続ける。
「修行を毎日一緒にやっているから――」
イコロイの中で走馬灯のように凡太達との修行の記憶がフラッシュバックされていく。
「ただの修行仲間だ」
この言葉を聞いた瞬間、急に眼の奥から暖かい液体が湧き出てくるイコロイ。それを無意識で堪えようとする。今までにない感情が芽生えていた。
説明はできない。だが、不思議と悪い気分ではなかった。
「とにかく仲間となれば死なす訳にはいかんだろ」
「仲間? ふざけるなよ。僕は君の敵だろうが」
「イコロイがそういう認識ならそれでいいよ。だけどこっちは仲間認識のままだからな」
「君のそういう自分勝手なところが気にくわん」
「お互い様だろ?」
「うるさい、黙れ」
「……はい、3秒黙った」
「ガキか、君は!無性にムカついてきた。一発殴らせろ」
「殴られるのはいいんだけど、まずはあいつらを殴ってからにしてくれると助かる」ニタリ。
「しょうがないな。今回だけだぞ」
天使達の方を向き、凡太と同じくニタリ顔になるイコロイ。
どうやら向こうも話し合いは終わったらしく、こちらを見ていた。
これより、無能の参入した悪魔VS天使・第2Rが開幕する。