第171話 相当頭のおかしい奴
「排除するだって?君達が?」
「ええ。ですからこのタイミングでうかがったのです」
天使2人はイコロイとの実力差は充分に把握していた。その為、イコロイの排除命令を受けた1カ月前から分析を開始。その結果から、修行を終えたこの時間帯が最も消耗していることが分かった。
「分析済みって訳ね。まぁそれでも僕には敵わないだろうけどね」
(今日は少し遊び過ぎたかな)
口調では余裕をみせるも内心少し不安なイコロイ。普段なら絶対に負けることはない相手にこのような心境になるのは相当追い込まれている証拠である。それを察した天使2人が薄っすらと微笑んだ。
「アネ、強化魔法の準備はいいですか?」と長身の天使シスが言う。
「もちろんよ、シス」それに背の低い方の天使アネが答える。
『いきます』といった掛け声もなしにいきなりシスの人差し指から白いレーザー光線のようなものが放たれ、それをイコロイがかわす。かわした先にアネが槍の形をした白い光をイコロイに向かって3本飛ばしてきた。イコロイはかわさずに拳に赤いオーラをまとって弾き飛ばす。弾く際、その内1本を掴んでアネにお返ししたが、シスがアネの周りに簡易結界をつくって防護した。結界をつくるのに一瞬だけ隙が生じたのをみたイコロイが、シスの前に高速移動して一発ぶん殴る。強打は腹に命中し、吹き飛ぶ。木を6本なぎ倒したところで止まった。外傷の痕跡もなく、怯まずに立ち上がってくることからダメージはほとんどなかったらしい。それを見たイコロイが右足の甲にチクッとした痛みを感じる。見てみると白い針のようなものが8本ほど刺さっていた。
(なるほどねぇ)
先程の弾き飛ばした白槍が消えていたことから、槍が弾き飛ばされた瞬間にその内一本をトゲ爆弾のようなものに変化させたのだと理解する。だからこそ、アネはイコロイの返しの一本を敢えてよけなかったのだ。イコロイの注意を自分とシスの方へ向けておく為である。
「見事な連携だね」刺さった針を魔法で消して、出血箇所をすぐに止血する。
「この程度の攻撃など序の口です。こんなに弱い攻撃も見切れないなんて相当弱っているのですね」戻ってきたシスが余裕の表情で話す。
「ええ。これならか弱い私達でも簡単に排除できそうだわ」
「僕の方もまだ序の口だから簡単にいかないかもよ」 (どこがか弱いんだよ)
「あら、それは楽しみです」
『ちっ』とイコロイが舌打ちをした後、すぐにシスのレーザー攻撃が飛んでくる。3発だ。それを今度はイコロイが右人差し指から赤いレーザーを放って打ち消す。同時に左人差し指からレーザー5発をアネに向かって放つ。5発ともアネの体に命中すると、体が風船のように膨れ上がって破裂した。中から先程の白い針が散弾銃の弾のように広範囲に散らばって飛んでくる。それを自身の前に半透明の障壁を出現させることで防いだ。
背後にアネが高速移動して現れ、白い槍を両手に持ちイコロイに突き刺そうとする。が、イコロイはその攻撃が来る前に腹に正拳一発をお見舞いした。悶絶するアネだったが、また体が膨れ上がっていく。珍しくあたふたするイコロイを見てニヤニヤするアネ。破裂するとまた針が散弾した。しかし、その針の先に居たのはシス。急な出来事に防御魔法を使う余裕がなかったので、両腕で顔面をガードした状態でもろに針を浴びる。これに驚いたのはシスだけではなく物陰に潜んで奇襲のタイミングをうかがっていたアネもだ。
突然アネの背後にイコロイが高速移動して現れて背中に一発正拳をぶち込む。木をなぎ倒しながら吹き飛び、7本折ったとことで停止。アネは立ち上がるが少しよろめいていた。今度は拳にしっかり強化魔法をかけていた為、ダメージがあったらしい。
「イテテ…さすがですね。入れ替え魔法ですか」針を除去しながら言うシス。
「うん。何か油断しているみたいだったからね。次からは入れ替え返しされるか、入れ替え無効魔法を張られて終わるからこんなくだらない攻撃は一度きりだよ」
入れ替え魔法は会得が難しい魔法で使える者は少ない。便利だが使う際にかなりの魔力を持っていかれるので、多用できないのが難点である。
「そのくだらない攻撃で負傷を負わされたことは屈辱だわ」
背中の打撲を治癒しながら近くまでやって来るアネ。
「その屈辱忘れないでね。あ、でもこれから排除されちゃうから忘れちゃうかぁ」
イコロイの煽りに『ぐぬぬ』と期待通りの反応を示すアネ。その姿を見てニヤつくイコロイだったが、額から冷や汗が一滴流れ落ちる。
(入れ替え魔法と自己強化でかなりの魔力を消耗してしまった。さっきのである程度の深手を負わせられれば楽だったんだけどなぁ)
顔は余裕を装いつつも能力残存値に余裕は無い。持久戦になれば余力が十分にある天使2人が断然有利。それを打破するために戦闘序盤から仕掛けたのだが、結果は見ての通り。これにより、イコロイの敗戦が濃厚になった。
イコロイの内心を薄々察した天使2人は、大技を避けて序盤からの地味なカウンター攻撃を続けた。イコロイに与えられるダメージは少量だったが、並行して残存魔力を減らしていけたので戦況は良好。その有利さは若干思考に余裕が出てきたシスがイコロイの持ちこたえる時間を逆算し始めるほどである。
(あと20分ってところですかね)
しかし、その逆算を凌駕し意外と粘るイコロイ。
戦闘時間は30分を越えていた。
これにはシスも敵ながら称賛する。だが、所詮は粘りだけで、2人に明確なダメージは与えられていなかった。
そして、とうとうイコロイの動きが鈍くなり、かわしていた攻撃が急に当たり始めてダメージを負っていく。痛みよりも脱力感が強く押し寄せるイコロイ。彼は出し切った時の顔をしていた。
「こんなときに誰も助けに来てくれないなんて、あなたはよほど孤独だったのですね。可愛そうに」嘘泣きするシス。
「こんな独りよがりな奴、誰も助けに来ないわよ。はっきり言って私、こいつ嫌いだったし」
「そんなこと言わないの。さぁせめて早く止めを刺してあげましょう」
「ええ。喜んで」
ヨロヨロと木にもたれかかるイコロイ。
2人の天使の会話は聞こえていたが、返答する体力はもう残っていない。
(あいつらの言う通りだ…。僕を助けてくれる奴など存在しない。今まで自分の事だけで自らその関りを断ってきたのだから、助けてもらえる要素が何1つ思い浮かばないよ。もし助けてくれる奴がいたとしたらそいつは相当頭のおかしい奴であることはまず間違いない)
ダメージが蓄積し、薄れゆく意識の中で思う。
(だが、もしそんな奴が現れたら僕はそいつに……)
イコロイがそう思ったところでアネが白槍を一本つくりだす。先端に魔力を集中させ殺傷能力をあげた。それをイコロイの心臓めがけて投げる。
さすがに生存を諦め、力なく笑うイコロイ。
槍は距離を縮めてゆく。
サクッと刺さる槍だったが、刺さったのはイコロイの心臓ではなく、イコロイの丁度真横。木に刺さっていた。
「私が外すだなんて…もう一投いくわよ!」
アネが振りかぶった瞬間、手首に気弾が数発命中する。
突然の奇襲。
その方向を見る天使2人。
するとそこには――
「すみません!ちょっとそいつに恩を返させてくれませんか?」
相当頭のおかしい奴が立っていた。