第170話 悪魔と天使
最近ジョウの成長が目まぐるしい。
高速移動の速度、ノッケンの威力が修行前に比べ確実に向上していた。
これはイコロイがジョウに効率的な体の動かし方や魔力の練り過ぎを防ぐ小技などの指導を厳しい口調ながらも細かくやってくれたおかげだろう。凡太がそう思ったのは自身が的当てとインターバルトレーニングの指導くらいしかしていなかったからだ。
自身がやりたかったことを代わりにやってくれたイコロイに感謝する凡太。将来倒さなければならない相手だが、それはまた別の話。今は何かお礼をしたい気持ちになっていた。
ある夕方。修行が終わりジョウが先に帰った後、2人が何やら話していた。
「ジョウが順調に成長できているのもイコロイのおかげだよ。ありがとな」
「急に気持ち悪いことを言うな。僕が楽しむ為にやっていることだから貴様が礼を言う意味が分からない」
「いや、分かれよ。イコロイのおかげでどれだけジョウが強くなったと思っているんだ?」
「そんなに強くなったか?最初と比べると多少マシになった程度で全然弱いよ。あれじゃあ、5割ほどでも十分倒せる。まだまだ僕の相手にならないよ」
「現段階でも5割も出してくれるんだな。上出来じゃないか」
「上出来だって?ああ…ジョウののびしろを考慮してのことだろうが、後5年はかかるんじゃないか?」(それでもいって8割程度。僕が本気を出すにはほど遠い)
「そりゃよかった!努力だけじゃ絶対に追いつけないと思っていたからその返答は嬉しいよ」歓喜する凡太。
「お前…やっぱりちょっとずれているぞ」
「よく言われる」
凡太がジョウとイコロイの戦力差をうめる要素として考えていたのはジョウの覚醒。はっきり言ってかなりの運頼みなので現実的ではなかった。バトル漫画思考で若干楽観的になって今まではそうやって無理矢理自分を納得させていたが、実際は少し不安だったのだ。その不安が少し解消されたことが今回の歓喜につながる。
「ところで最近何か困っていることない?」
「は?別にないよ」
「そりゃ残念。まぁ何か見つかったら遠慮なく言ってくれ」
「何かあったら解決してくれるっていうのか?だが、君にできることは大抵僕にできるから頼むことはないと思うけどね」
「確かに!」
「分かっているなら聞くなよ…」
わざとらしく納得した表情をする凡太にイラつくイコロイ。今日のところはイコロイに困りごとは何もなかったという事で解散となった。
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人の気配がない森中。イコロイは大木の太い枝上で座り、今日の遊び(修行)を思い出しにやけていた。最初は遊び道具を見つけた程度の感覚だったが、今ではそこに別の感覚を持つようになった。イコロイにはその飛び抜けた能力と高慢な態度のせいで周りから敬遠されまくったので、今まで友達ができたことがない。そんなわけで、本人は気づいていないが別の感覚とはおそらくその感覚だろう。
イコロイのような超上位生物には睡眠や食事などの体力回復要素のある欲求はあまり発生しない。その為、数時間安静にしているだけで粗方の体力が回復できる。
今日も遊びで疲れた体を癒す為、安静モードに入ろうとすると、急に近くで何者かの気配を感じ、警戒モードに切り替える。
その気配の方を向くと、空中に浮いた白ローブの女性2人がイコロイの方を見ていた。
「なんだ、君達か」
彼女らは天使。神に最も近いとされる天王からの命を受けて行動する使用人のような存在である。この世界の階級では天王>天使>悪魔となっている。イコロイは元々天使だったが、その自由気ままな性格が仇となり、神(天王)への反逆行為とされる行動を重ねてしまった為、悪魔に降格していた。
イコロイは階級とか命令よりも自身の楽しさを優先するので、天王からの評価も必然的に降下を続けた。
「君達が来たという事はあまり良い知らせではなさそうだね」
前に彼女たちが来たときは自分が中級悪魔から下級悪魔に降格されたことを思い出す。
「ええ、その通りです」背の高い天使が答える。
「天王はひどくお怒りです」背の低い天使。
「でしょうね」
そう言ってイコロイが思い出した内容はサムウライの件。イコロイは天王から『アークの補佐をしろ』と命を受けていた。イコロイがアークにたてつかず黙って従っていたのは、あれでもアークが上級悪魔で上司だったからである。ちなみにアークの方は『あの村をできるだけ苦しめてゆっくりと滅ぼせ』との命を受けていた。アークが行動不能になった時はアークを排除してイコロイがその命を引き継ぐ形になっていたのだが、イコロイがそれを放棄したので現在の状況になっている。
「サムウライ村から手を引いた理由はなんですか?」
「面白いものをみつけたから。まぁ元々あの村を滅ぼしてもつまらないと思っていたからね」悪戯っぽく笑う。
「面白い・面白くないで命の継続を判断する…それが一番つまらないことでは?」
「いや、妥当でしょ?天王の命令に従い続けているあんたらの方こそ一番つまらないよ」
「私達にとっては天王の命こそがすべてであり、そこに興の概念は存在しません」
「あっそう。そういう認識ならそれで構わないよ。だから、僕のことも放っておいてくれると助かる」
「残念ながらそれはできません」下手な演技っぽく残念な顔をする長身。
辺りの空気が少しピリつき出す。
「あなたは実力があるだけに期待していたのですが残念です」
「期待して頂いていたようでどうも」愛想笑い。
この会話の流れから先を読み取ったイコロイが静かに立ち上がった。
そして、予想通りの言葉が発せられる。
「これからあなたを排除します」