第168話 ねっ簡単でしょ?
凡太がかわしながら念動弾を放つシーンが流れる。
「この辺はかわしながら気弾を放つっていう単純作業をやっているだけなので見ていてつまらないと思います。皆さんなら簡単にできることでしょうし、つまらないところを見せて申し訳ない」
頭をさげて俯きながら生徒達から見えないようにニタリ顔をする凡太。つまらないシーンにつまらないぼやきを入れたことで、自分の評価が下がったことを確信していたが、現実はそう甘くなかった。
(簡単にできるかー!!)
生徒全員が心の中でつっこむほどの人間離れしたシーンをみせられ、誰一人としてつまらないと思う者はいなかった。むしろどうやって簡単にしているのかと興味がさらに膨らんでいた。
「ちなみにあの気弾は魔力の潜在値が高いほど威力が増すものです。なので、元々魔力のない私が使えばあのような弱小威力になります」
自身の弱小ぶりを笑いながら説明する凡太。生徒達は驚いていた。もちろん凡太の弱小ぶりを見てではなく、その前のとんでも発言に対してだ。
「元々魔力がないですって!?」女子生徒が驚いて思わず言葉が漏れる。
「はい、そうです。一応あの気弾をうつには魔力が必要なので、それを生成する為に体力を魔力に変換する技を使って魔力を賄っているんですよ」(この子、何でそんなに驚いてんの?)
「へぇーそうなんですか…じゃなくって!気弾をうつ為に魔力を生成したという事はそれまでは魔力を生成してなかったという事ですよね?強化魔法を使っていたんじゃなかったのですか?」
「恥ずかしながら強化魔法を自分には使えないんですよ。どうやってかけるか未だにわからないくらいですから」情けなさを誇るような表情で言う凡太。
「では、戦闘が始まってから今に至るまでずっと強化魔法を使っていなかったということですか?」
「あ、はい。そうなりますね」(何を今更…君達もやっていることじゃないの?)
「嘘でしょ…」ボソッと言う生徒。
この女子生徒以外の生徒全員も同じことを思った。あの速いスライムの攻撃を強化魔法なしで回避できるはずがないことは幼い子供でも知っている常識。それなのに強化魔法を使わずに回避しているという非常識的な現象が目の前の映像で流れ続けている。しかもその回避をしている男は自分達と同程度の身体能力だ。この条件でどうすれば回避が可能になるというのか。全員疑問が膨らんでいった。その様子を見てノッポが微笑む。
(この人の凄さはこれだよ。能力があるならある程度の非常識は説明がつく。能力がないから“こそ”凄いんだ。俺達と同じ条件(身体能力)だから必ず真似できるはずだが、できるとは到底思えない。おそらく、想像を絶する鍛錬をしているに違いない。でなければ、凡人にこのような人間を逸脱したような動きができるはずがないじゃないか)
ノッポが称賛しながら凡太の陰の努力を察する。反対に察せてない凡太は、スライムは雑魚魔物でありこのクラスの生徒達なら余裕で倒せると認識しているので、生徒達が「凄い…」とか「なんて回避技術だ…」と言っているのが冷やかしにしか聞こえなかった。
「先生はスライムの攻撃が怖くないんですか?」さっきとは別の女子生徒がビクビクしながら質問してきた。
(冷やかし乙。『自分達はこの程度の攻撃では当たったところで全然ダメージ無いから余裕ですけど、お前はこの程度の攻撃でも瀕死級のダメージを負うんだろ?雑魚だから』的な意味で言ってんだろ?それくらい存じておりますとも。最底辺人間の理解力をなめるなよ!そっちがその気ならお望み通り恥をかいてやるぜ)
「怖いに決まっています。当たれば即死ですからね。だから当たらないように必死によけているのです」
(どうよ?情けないだろ。まぁこの時は当たっても多分試験官の方や医療班の方が助けてくれると思っていたしそこまで怖くなかったんだけどね)
情けないと思ったかは分からないが「そうですか…」と言って黙る女子生徒。凡太はこれを見て『ドン引きさせて黙らせてやったぜ』というような勝ち誇った表情をしていた。その表情を見たノッポは何かに気づく。
(さっき怖いと言ったのは嘘だな。でなければあの表情をするのはおかしい。となれば怖くなかったということか…。きっと普段から恐怖や痛覚に慣れる為の訓練をしているのだろう。例えば強烈な攻撃にわざと当たりまくるとか……そうか!ランキング戦の敗戦は全てこの為だったんだ!しかし、思いついたとしてそれを実行にうつせるものなのか?うぅっ…考えただけでも身震いしてきた)
ノッポが推測した通り、凡太は痛み慣れしていたこともあり恐怖をあまり感じなくなってきていた。それは自身の弱さを信頼しているからこそできることである。
映像は進み、スライムが2体に分裂したシーン。
これを見たノッポ以外の全生徒が再び驚愕する。2体分裂はスライムの体力が半分まで削れた証。スライムには物理・魔法攻撃が効かないので、ダメージを与えるにはスキルや特殊技もしくは対スライム用の特殊薬品を使う必要がある。しかし、特殊薬品は試験では使用禁止されている為、となれば攻撃手段はスキルか特殊技のみ。凡太が気弾による攻撃しかしていなかったことからあれが物理・魔法攻撃ではない特殊技だと判断できた。
「あの気弾は何なんでしょうか?」ヒソヒソ声で子分がノッポに尋ねる。
「学園長から聞いた話なんだが、あれはサムウライ村に伝わる奥義らしい」
「サムウライ村ってあの伝説の?」
「ああ。ちなみに奥義習得時タイラさんが最初に言っていた体力を魔力に変換する技も合わせて習得するらしい」
「詳しいですね」
2人がヒソヒソやっている間に他の生徒達のヒソヒソ量も増していた。
「スライムが増えてもさっきと変わらず、難なくかわしているねぇ」
「うん。増えたことで液体攻撃と体当たり攻撃も倍になって回避は難しくなっているはずなんだけどねぇ。しかもかわしながら攻撃するだなんてどうかしてるわ」
などと若干ショック慣れしてきたのか最初と比べて冷静に話す生徒達。
この後、土スライムが召喚され3体に増えた映像が流れた時も同様の反応だった。驚き疲れたことも考えられるが、映像を見る目は真剣なままだったのでそういう事ではない様だ。
映像はアクアニードル発動シーン。生徒達はアクアニードルの威力が試験会場の結界を破るほどの高威力だと知っていた為、危険性を感じて運営側の対応にも注目し始める。
アクアニードルの先が結界の方を向く。どうやらスライムは結界を破壊して逃げるつもりのようだ。それを阻止するべく運営側スタッフが動くが何やらもめている様子。生徒達がそれを見て不安がる。
「スライムの逃走は事件になるはず…。事件になっていないという事は何とかなったってことだよね?」
「うん。でも、失礼だけどあの人達が何とかしただなんてとても思えないよ」
「私もそう思う。じゃあ学園長かな?さっきドン先輩と観客席に座っているところみたし」
「そうかも…っていうか絶対そうだよ!なーんだ、学園長が何とかしたんだ」
「残念だがそれは違うよ」ホッとし合う女子生徒2人に向かってノッポが割って入る。
「それはどういう意味…?まさか…!」
「そう。そのまさかだよ」
ノッポと女子生徒が揃って教壇の男を見た。
一体あの高威力の攻撃にどうやって対抗したというのか?
生徒達の疑問と期待が膨らむ中、
突然チャイムが鳴る。
40分経過したようだ。
凡太が映像を停止して「ここまでです。皆さんお疲れ様でした」と言って機械的に撤収しようとした瞬間、
「授業を続けてください」
「まだ観たいです!」
「延長してください」
授業続行を希望する生徒が続出した。
(こいつら最後まで俺の恥を見ることで優越感に浸る気か…。いいだろう、存分に浸るがいい。ただ、貴様ら如きに俺の劣等を受け止め切れるかな)
意外な反応に最初は怯んだ凡太だが、いつもの切り替えによってすぐに立ち直る。
「では他の先生に説明してくるので少々お待ちを」
そう言って教室をいったん後にする。数分後戻ってきて無事延長許可がもらえた事を伝えた。喜ぶ生徒達。
「先生、早く続きを」
「了解。じゃあ始めますよ」
教室を再び暗くして、再生ボタンを押した。