第166話 無能な特別講師
特待クラスの授業では普通クラスの生徒に特別講師として授業を行うという項目がある。1枠40分で授業内容は自身が教えたい事であれば何でもOK。学園長曰く、他人に教える技術を養うことで自身の鍛錬分析に必要な客観的思考を鍛えることが目的らしい。特待クラスの生徒は効率的な勉強・鍛錬方法などを授業にしてくれることが多い為、普通クラスの生徒にとってもメリットが大きく、一石二鳥な感じになっている。
今日は凡太の授業がある日。というわけで凡太は普通クラスA組の教室前に来ていた。
ドア越しから生徒の話し声が聞こえる。
(きっと『帰りてー』とか『聞く意味あんのか?』って言っているんだろうな)
この授業は自由参加ではなく強制参加なので、どんなに嫌な人間の授業でも受けなければならない。先週のランキング1位・アーノルドの授業は大盛況だったらしいが、この男の場合は大不評が予測されていた。何せ世間から『おっぱい隊長』と呼ばれ悪評が広まっており、ランキング最下位の男である。逆の意味で信頼と実績のレベルが違う。誰も期待していないだろうし、受けるだけ無駄であることは明白だった。
自身が罵倒を浴びせられ、舐められっぱなしで私語が止められずに授業が全く進行しないまま終わることを何度もイメージしてからスライドドアを開けて教室内に入る。
教室の構造は凡太がいた世界のものと類似しており学習机が並び、前方にホワイトボードがあった。
凡太が教室に入った瞬間、急に静かになる生徒達。先程までガヤガヤしていたのが嘘のようだ。立ち話をしていた生徒全員が静かに席に座り始めた。
凡太は少し驚く。教室に入るなり「席に着いてー」と無駄な注意をしようと思って意気込んでいたからだ。それに全員なぜか私語をせず、こちらの方を集中してみている。授業にならない事前提で教室に入って来たのでこれには少し面をくらう。が、いつまでもそうしているわけにはいかないので早急に授業に入る。まずは自己紹介からだ。
「えー知っての通り、私が校内ランキング最下位、おっぱい隊長ことタイラ・ボンタです。よろしくお願いします」
(どうだ、このマイナス要素たっぷりの自己紹介の味は?存分に舐め散らかすがいい)
自身が持てる最低・最悪の肩書きを駆使しての自己紹介を終えてご満悦の凡太。この男に授業を成立させるという意思は最初からなかった。むしろ逆で授業を崩壊させる気満々で挑んでいたのだ。
罵倒がじゃんじゃん飛んでくることを期待し目を閉じて浴びせられるのを期待していた凡太だったが…罵倒が1つも飛んでこない。それどころか少しヒソヒソ話はするものの依然として静かな状態だった。
(あードン引き路線の方ね。OK把握した)
即座に自身が舐められる方面ではなく、気持ち悪さに引かれたと認識する。このマイナス評価範囲内での切り替えの早さはさすがである。
切り替えが終わったことで、怯むことなく話始める。
「私はこれといって皆さんに教えられるほどのものと能力は持っていません。なので、ある映像を皆さんと一緒に見てそれに解説を加えながら授業を行いたいと思います」
そう言うと教室を暗くして、ホワイトボードの前にワイドスクリーンを用意してそこに映像を流す。映像は討伐試験で凡太がスライムと戦った時の映像だ。
ざわつき出す生徒達。
(雑魚敵と弱者が戦う映像をみせられればそりゃそんな反応になるわな。ククク…予想通りよ。そのまま俺の弱さにドン引きするがいい)
凡太はいつものニタリ顔だ。この映像解説授業は自身の公開処刑も兼ねているので評価のガタ落ちは必然。実力の無さが明確に分かることで舐められ、念願の授業崩壊を達成できる。そういった魂胆だ。
「何か質問があればおっしゃってください。何でも答えますよ」
(質問なんてあるはずがねぇ。何せ学ぶべきことが無いからな。あるとすれば『なんで先生はそんなに弱いんですか?』という中傷発言くらいだろう。楽しみだなぁ)
映像は進む。まず、凡太がスライムの初撃である体当たりをかわしたシーンだ。続けて結界の弾力を利用したバウンド攻撃・液体攻撃の映像が流れる。しばらくはこれの繰り返しだ。
「えー見ての通り、最初は相手の出方をうかがう為に回避に徹しています」
解説していると恐る恐る男子生徒が手を上げたので「どうぞ」と言って質問を許可する。
「出方をうかがっているという事はこれがスライムとの初戦闘だったのですか?」
「はい、そうです」この回答になぜか目を丸くする生徒。
「では、事前に情報を揃えてから挑んだのですよね?」
「いいえ。これは相手の事前情報を全く仕入れなかったからこそ回避をせざるを得なくなっている愚行の一例です。是非反面教師にしてください」
質問の回答を聞き、放心状態の様な顔になる生徒。
それを見てシメシメといった顔になる凡太。
(先程の彼は『あんたは弱いんだからスライムでも事前情報が必要でしょ?』という意味で言っていたのだろう。俺の反面教師発言で黙ったのは『そんなの分かっとるわい』というイラつきを堪えてのことだ。我慢させちゃって申し訳ない)
この問答が終わるや否や先程よりざわつきだす生徒達。
その様子を見た凡太がニヤつきだす。
(どうやら授業崩壊の前兆が始まったようだな。この後流れる映像は俺の弱さが存分に発揮される愚行が盛りだくさんだからなぁ…ククク、皆の今以上にドン引きする姿が目に浮かぶぜ)
生徒の為の授業だというのに、完全に私物化して楽しむ凡太であった。