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戦う無能おっさん  作者: 成田力太
第5章 ラコン王国編
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第163話 フツウがフクツ

  視界を断ち、強い衝撃・痛みを覚悟するレイナだったが…


――?


何も起こらない。


真っ暗な状態で数秒待つが、痛みも何もない。死んだのかと思うが、心臓が動く感覚はあるし呼吸もしているから生きている。

何が起こったのか確認するためにレイナが恐る恐る目を開けると、目の前のフクツアリが怯んでいた。


「戦闘不能の人間を目の前にして一体何に怯む必要があるの?」


 予想外の出来事に驚いて思ったことが口に出てしまうレイナ。怯んでいる原因を突き止める為、フクツアリを注意深く観察する。

 すると、毎秒小さな気弾が何十発もアリの体に命中していた。その気弾の発生源の方に目を向けると、先程ゴミだと思った人間が3匹の影の攻撃をかわしながら、フクツアリに向けて気弾を放つ姿があった。いつの間にか距離が5mのところまで近づいている。


「どうして…?諦めたのではなかったのですか?」

「諦めているよ、とっくにな。だからこうしてさっさと諦めきる為にしゃーなしでやるべきことをやってんの。分かる?」


 はじめは言葉の意味が分からずに呆気にとられるレイナだったが、この男のこれまでの行動・思考を思い返したことによって、なぜこのような行動をとっているかを理解する。


意欲がなくなった時は脳を休める為に普段からよくやっている行動をする可能性が高い(スマホをいじったり、PCをみたりといった行動など)。慣れた行動は情報処理が少なくて済んで省エネできるからだ。


凡太の普段からよくやっている行動は言うまでもなく…


(この人はいつも出し切ろうと足掻いていた。それがどんなに辛い状況だろうと、どんなに気分が乗らない日であっても…。いつもその状態のままやり切っていた。意欲がなくなったからこそ、足掻こうとするんだわ!)


 レイナが男の行動に対し答えを出す。


 1年365日。振り返ってみてその内にやる気で満ち溢れていた日は何日あっただろうか。この男の場合はそれが0日だった。朝からだるいし、昼になってもだるい。夜になったらもっとだるい。というのが毎日続く。それを知っていたからこそやる気や元気・意欲というものに捕らわれるのをやめた。「やる気が出たら〇〇する」「もう少し気分がよくなくなってから○○する」といった予告は大体失敗に終わることが多い。やる気はそれだけ不確定要素だからだ。そんな不確定要素に期待して時間をつぶすよりも、やるべきことをとっとと終わらせてしまった方が、先延ばし不安のストレスを抱えないですむだけマシである。こうして生まれた妥協・諦め精神主体の行動原理によって男はどんな状況でもとりあえず行動するという習慣をつくりだした。この習慣によって男の行動には意欲が必要なくなる。これにより体力がある限り、とりあえず目の前のやるべきことを嫌々ながらでも継続できるようになった。


 この男がクレベーションによって戦闘不能になることはない。


むしろ逆だ。


先程のレイナの思考通り、意欲がなくなったからこそ戦闘可能になる。


 男の“目の前のやるべき事”とは、自分がしたい事に全力で取り組むことだ(今回はレイナへの助力)。全力の理由はそうした方が『あのときああしておけばよかった』という後悔病にかからなくて済むからだ。後悔病にかかると、懺悔時間がその行動をしていた時間よりも長くなるので、辛いしストレスがたまる。最悪なのはそれにより精神的に疲労していくことである。こんなことになるくらいなら、始めからやるだけやっておいた方が疲労度的には消費が少なくて済むのでマシである。

 凡太はこれらの認識により、人間最大の体力・時間浪費特性である先延ばしと後悔を妥協することで無効化した。


「レイナよぉ。こんな時まで俺に特訓を強要させなくなくてもいいんだぜ?さっさと決めちまってよー。もう疲れたんだけど。まぁまだ動けるから続けるしかないかぁ…」

 この他にも「めんどくせー」「だるー」などと思った不満をすべて公言していた。しかしそんな悪い気分になりながらも影3匹の相手とフクツアリの怯ませをこなす。

 レイナはこの行動に少し疑問を抱く。凡太が行動可能な理由は分かったが、それでフクツアリとの戦闘能力の差が埋まったわけではない。男の戦闘能力は一般人よりちょっと強い程度でアリに対抗できる手段を持ち合わせていなかった。そしてフクツアリはフツノアリと同等の速度と攻撃威力を持っている。普通に考えれば、この男は即死しているはずだ。だが、今こうしてアリに対抗できている。それどころか4匹同時に相手をして。


 ふと頭の中で何か引っかかる。


(これと似た光景を見たことがある)


レイナの記憶がそれを知らせた。急いで記憶をたどると確かにその光景は存在していた。


そう。凡太が毎日のようにやってはぶっ倒れていた的当てである。


 これを思い出したレイナはハッと気づかされる。


(あの人がやっている動作は普段の的当てとほぼ一緒。かわしながら攻撃する芸当が体に染みついているんだ。あの的の速さに比べれば、アリの速さはそれほど脅威ではない。そして的を3個使って練習していたから、この数での攻撃を回避できるしそれを難なく継続できるんだわ)


 日々何気なくやっている努力がある時急に役に立つことがある。チャンスを掴む人はその準備ができているからこそ掴めるという話があるが、今回の件がまさにそれだ。


 未だに嫌々ながら行動を続ける男にはいつの間にか運が味方についていた。

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