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戦う無能おっさん  作者: 成田力太
第5章 ラコン王国編
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第160話 死は希望

「こいつぁ、驚きだ…」

 

 凡太が思わずそう言ってしまうのも無理はない。自身が苦戦したスライムより強い相手となれば当然それ以上に苦戦するだろうし、瞬殺も覚悟していた。しかし、実際は戦闘が始まって以降ずっと優勢を保てていた。

 フツノアリの高速攻撃は確かに速いが、魔改造的に比べればまだ遅い。その速度に慣れていた凡太にとっては、攻撃をかわすことは割と簡単に行えた。あまりに簡単にかわせることからスライム戦の時のように相手が余力を残して戦っていると思い込んでいるくらいである。最初の3分くらいは相手の余力を警戒して連弾を放ちつつも少しだけ間を開けて様子を窺う流れだったが、あまりにも何もしてこないので思い切って追い打ち時の連弾を打ちまくる攻撃主体に切り替わっていた。

 フツノアリも同じく攻撃主体だが、この男の回避能力の高さによってその攻撃を封じられ防戦一方…というより、サンドバック状態になっていた。防御面の事は考慮されていない魔物らしく、非常に打たれ弱くて怯みまくっていた。怯んだせいで本来ならかわせるはずの念動弾をくらい続ける。

こうも相手を一方的に攻めることができれば誰でも調子に乗るところだが、凡太は違う。彼が愛読する歴史書ではこういった優勢展開になったときに必ず劣勢展開に引きずり降ろされていた。それを念頭に置いていた為『この後絶対苦戦イベント発生するんだろうなぁ』と憂鬱な気持ちになって逆に調子を悪くしていた。とにかくやるべきことをやろうと未来の苦難を受け入れつつ、目の前の優勢を維持するのに努めて攻撃を続ける。


 1時間ほどして黄フツノアリを片付けたレイナがやって来た。片付けるのは一瞬なので再捜索に手こずったらしい。

 レイナが数秒観戦し、感想を漏らす。


「優勢じゃないですか」

「ああ。怖いくらいだよ」(この後の事を考えるとね)

「これだけ結果が出ているなら訓練はもう十分でしょう」

「十分といえば十分だね」

(まだ相手が本気を出さないということは、俺の実力のなさを知るのに十分な情報だしな)

「じゃあ、もう帰りましょうか」

「へ?まだこいつ本気出してないよ?」

「もう十分本気だと思いますけど。ですからもう帰りましょう」

「もうちょっと待って。あと少し粘ったら本気を少しだけ出してくれるかもしれないから」

 会話が少しかみ合っていない2人。そのかみ合いの悪さの原因を突き止めるべく思考するレイナ。そしてあっさりその原因を判明させる。

(フツノアリについてちゃんと調べたと言っていたけど、実はざっくりだったって事でしょうね。でなければここでさっさと退かないのはおかしい)

 そう思ったレイナが凡太を退かせる為、再度催促する。

「早く帰りま――」

 レイナが催促を言い終えない内に凡太がフツノアリを倒す。


「よし、とりあえず倒したぞ」(呆気ないな。絶対この後何かあるだろ)

フツノ玉が現れ、凡太がキャッチする。レイナに玉を渡そうと振り返ると、レイナに手を掴まれ引っ張っていかれる。


「どうしたんだ急に?」

(その反応、やはりちゃんと調べていませんでしたか)

「説明は後です。今すぐこの場を離れましょう!」

 凡太は強い口調で言うレイナの様子を見て事の深刻さを理解した。そしてこの状況でとれる自身の最善の行動を取ろうとする。

「俺が囮になる。その隙に逃げきれ」

「駄目です。あなたが囮になるくらいなら私が囮になります」

「レイナが囮役とか勿体なさすぎるだろ。囮役は無価値人間が最適って自然の摂理で決まってんの。あと、俺じゃどうせ逃げきれないから無駄だよ」

「あなたは無価値じゃありません!だから囮役は不適切です。私の方が無価値なので囮役は私こそ最適です!」

「俺が無価値じゃないだって?意味が分からん!この前散々レイナが価値のある人間だって説明したばかりだろ!?もう忘れたのか?」

「ええ、忘れましたとも!だから囮なんてやらずに帰ってまた説明してくださいよ!」

「賢いのに忘れるわけがないだろう、嘘つきめ!あと、俺から囮を取ったら何も残らないの。囮は美学。だから黙って逝かせてくれ」

「美学?そんなの聞いたことありません!さぁ一緒に逃げましょう!」

「嫌だ!囮をやらせろ!」

「駄目です!」

 

 2人が立ち止まって囮論争を繰り広げている内に先程凡太が倒したフツノアリから黒い煙が発生していた。同様にレイナが倒したフツノアリ2匹の場所からも煙が立ち昇る。その煙が空中で合体しウニョウニョと伸縮を繰り返した。徐々にそれは形を成し、影はなく擬態に触覚がついた真っ黒なフツノアリが誕生する。その瞬間、自身と凡太・レイナを含む周囲500mほどの広域に結界のようなものを発生させた。

 それに気づいたレイナがガックリと腰を落とす。


「しまった…。こうなってしまってはもう逃げられない。もうおしまいです…」


 どうやらその結界は2人を閉じ込めておくものらしい。凡太は強化されたレイナが諦めているくらいなので突破不可能であることを悟った。そして、空中に浮かぶ黒フツノアリを見て思う。

(レイナが逃げようとしていた理由はこの結界に閉じ込められるからではなく、あいつが化け物じみて強いからだろうな)


 自分より遥かに強いレイナが勝気をなくすような相手との生き残りをかけた戦闘。絶望的な気持ちになる反面、少しホッとしていた。自身が予想していた苦戦するイベントが起きたからだ。その少しの安堵によって余裕ができてお得意の戦闘漫画思考が戻ってくる。


(これはレイナ覚醒のチャンスでは?巨大クモ戦の時、余力を残して戦っていたみたいだし、覚醒に必要な要素は揃っているとみた。後はそれを開放させるだけの簡単なお仕事。つまり、俺が適当にボコられて殺されれば万事解決ってわけだ)


打開策がはっきりしてニタリ顔になる凡太。

普通の人間は自身が確実に死ぬ状況に追い込まれれば絶望して行動不能になる。

しかし、この男の場合は違う。自身の死が無駄に終わったり、価値のある人間を助けられないと思った時に絶望する。その問題は解決したので、死ぬかもしれない状況でもこの男は絶望しない。それどころか絶望の根源に向かって行動(戦闘)を始めようとしていた。自分の死が誰かの役に立って嬉しい。

 この時、男の中で死は希望になった。

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