第159話 フツノアリ
森に日が差し込み朝を知らせる。
昨晩は数回魔物の襲撃があった程度で、特に被害無く終わった。
2人とも顔を洗い、コップ一杯の水を飲む。
レイナがグーっと伸びをした後、軽く動的ストレッチをして関節を温めていた。
2人は早朝からすぐに動く必要がある時、朝食は基本的に取らないようにしていた。
食べ物を食べることも一種の運動のようなものである。朝は臓器がまだ温まり切っておらず、その状態で食べると消化に時間がかかるし、臓器への負担も大きくなってしまう。つまり、通常の食事よりも疲れてしまうという事だ。“朝食は食べるべきだ”という風潮はどこかの有名発明家がトースターを発明した際にそれを売り込むために言い始めたのが発端という説がある。実際朝食によって身体能力や学習能力が劇的に向上したという明確な分析データが未だにないので、良いか悪いかの根拠となる意見はそれぞれフワフワしていて納得できないものが多い。その辺りは自分の感覚を信じるべきだ。
寝起きはただでさえ血中残存コルチゾールの分解で忙しい状況なので、そこに食事という負荷を体に与えるのはいかがなものか。凡太やレイナも寝起きの状態の悪さを感覚的にとらえ、負荷となる行動を選別した結果、朝食を食べないという結論を出している。ぶっちゃけ、水を飲んだだけでも結構腸が働く。嘘だと思う人がいれば寝る前にコップ一杯の水を飲んでみてほしい。きっと飲まない時よりも睡眠に入るのが遅くなるはずだ。というわけで、寝ていたときに放出した水分の補給と腸の軽い準備運動という意味で寝起きの一杯は結構有効である。
早速、フツノアリ捜索を再開する。凡太は徹夜明けの妙にテンションの高い気分になっていたので、いつもより調子に乗って虚像探知を展開していた。
「それではあまり持ちませんよ」
「まぁまぁ。ちょっと疲れてきたら自重するから」
レイナの注意を聞かずになんだかんだ1時間近くその状態を維持する。さすがに疲労感がでてきて中断しようとしたとき探知に反応がみつかった。高速移動する物体。急いでその姿を確認すると触覚の無い巨大アリが3匹いた。色はそれぞれダーク系の赤・青・黄。しかし、それは擬態。本体であるはその周辺を半透明のアリ型影で、フワフワと煙のように漂っていた。
「あれがフツノアリで間違いないな?」
「はい!」
「じゃあ、悪いけど赤と黄は任せた!」
「いいんですか?なんなら3匹まとめてでも構いませんよ」
「あのー…。一応俺の特訓だってこと覚えているよね?」
「…では、くれぐれも無理しないようにお願いします」
「ああ。とりあえず瞬殺されないように頑張るよ」
(やっぱり力量差が相当あるな。俺が瞬殺されると思ったからまとめて相手するって言ったんだろうし。そして、そんな気遣いを無視して特訓し始める俺。レイナは自分の相手する2匹と俺の身を案じながら戦わなければならない。なんて迷惑な主人なんだ…)
頑張ると言った矢先に落ち込む。そして、今からかける迷惑の詫びとしてレイナを強化する。それに真っ先に反応するレイナ。
(昨日の強化より高い精度…。あれが全力じゃなかったんですか?というか私を全力強化している場合じゃないでしょう!自分の戦闘はどうするつもりなのですか?)
思わず強化魔法をかけた男の方を向くレイナ。男は落ち込んだ顔をしているものの疲れた様子はなくそのまま戦闘に向かおうとしていた。
(まさか…これすらも全力でないというのですか?…ふふ。ここまで余裕があるだなんて、戦闘を渋っていた過去の自分を笑い飛ばしてあげたくなりますね!)
圧倒的後ろ盾を得たことで苦戦覚悟だったレイナの顔に余裕が芽生える。その余裕を生んだのは余裕のない顔で落ち込む男だった。
戦闘に入る前にレイナが確認の様な質問をする。
「ところで、フツノアリについてはちゃんと調べたんですよね?」
「ああ。図書館でちゃんと調べたよ」
「なら問題ないか。ではそちらを最後まで残してください。こっちの2匹を倒しますから」
「了解!」(最後まで残す?自分が2匹を倒した後に、残っていたらそっちも倒すってことかな?俺が倒せないこと前提じゃん。全く期待されてねぇー。なんか無性に悔しくなってきた!よーし、やれるだけやってやる!)
天邪鬼性格によってやる気に火がつく。これにより、初端から体魔変換・開を使って念動連弾を影に向かって放っていく。その様子を見たレイナは「本当に残す気あるのかしら」と若干不安に思うも念動弾の威力の低さは知っていた為、それが挑発と相手を怯ませる為の防戦的攻撃であると認識して自身の戦闘に集中することにした。
フツノアリの攻撃は至ってシンプル。顎による挟撃のみ。が、シンプル故に威力と速さが尋常ではない。挟撃の威力はダイヤモンドも砕くほどで、くらえば胴体チョンパは必須。速さが桁違いで上級戦士の高速移動の倍以上ある。さらに、擬態の方も本体の影と同等の力を持つので笑えない擬態詐欺をかましている。以上の事から、スライムに次ぐ危険生物として認識されており、殺傷能力の高さから出会ったらすぐに逃げるべき魔物とされている。
フツノアリ赤・黄の擬態が高速移動より速い速度でレイナへ接近し、挨拶がてらながら必殺の挟撃攻撃をしてくる。難なく回避するレイナ。本来ならこの速度の回避は容易ではないがあの男の魔法によって強化されたレイナの回避速度はそれを遥かに上回っていた。余裕の顔のレイナにすぐさま影の挟撃が迫る。擬態の挟撃をかわすことを想定し、回避後の場所を推測しての2段攻撃である。大体の上級戦士はこの攻撃でチョンパされているが、今のレイナは上級戦士以上、そしてフツノアリ以上の速さを持つ。この攻撃も問題なく回避した。回避されたことを認識したフツノアリが高速移動してレイナと距離をとる。いつもならここで必殺が終了して解散しているところなので、フツノアリに若干怯みができる。その隙を見てレイナが反撃に転じる。赤いフツノアリの擬態の前に高速移動し、クモを倒したときにみせた抜刀攻撃を披露する。
フツノアリは強い。唯一の救いは防御力が低いことだ。だが、速いのでそもそも攻撃を当てることができない。よって、防御力が低い事はデメリットになっていなかった。が、それはあくまで自分が相手より速い場合だけである。
相手の方が速ければ…
音を軽く置き去りにするような高速抜刀攻撃により、赤擬態が両断される。
これを確認した影はすぐに撤退を開始する。力量差が分かったからこその早急な判断は知性の高さがうかがえた。赤・黄がそれぞれ別方向に撤退しているところをみるに生存本能も高いらしい。
しかし今回はある男の強化によって魔改造されたような力を得た上級剣士以上の実力者が相手だ。当然すぐに追いつかれ抜刀される。この時斬られた赤影が言葉を話せていたのなら『無念』と言っていたことだろう。それくらい呆気なく倒されたのだ。
影を倒した後、ビー玉サイズの丸い白玉(フツノ玉)が現れた。レイナはそれをサイドバックにしまってすぐに黄影を追った。