第158話 現在進行形願望
カチカチクモを討伐した2人はそのままフツノアリ捜索を続けていた。しかし、この日は強い魔物に出くわすだけでフツノアリを見つけることはできなかった。
日が暮れて、視界が悪くなったこともあったので今日は捜索を断念し、野営することになった。少し開けた場所にテントをたてる。レイナが周囲に探知装置や罠を仕掛けている間に凡太が夕飯の支度に入る。メニューは玉ねぎとナスやイモをふんだんに使った野菜カレーである。この世界に真空技術はないが真空魔法はあるので、それにより真空パックしたカレーを持ち込んでいた。炊き終えた玄米を皿に盛ってその上にルーをかける。他には果物を適当な大きさに切って果物の盛り合わせをつくった。それらを折りたたみ式テーブルの上に置き、簡素な夕飯の完成だ。
レイナが仕掛け終わって戻ってきた。軽く手を洗ってから、テーブルに着く。
「いただきます」
2人は合掌して食べ始める。神経をすり減らして捜索していたのでかなりエネルギーを消耗していたのかさじの進みが早く、あっという間に完食した。
満腹になったところで雑談が始まる。
「いやーやっぱり魔物は強いねぇ。ここに来てからはスライムとしか戦ってないから凄い力の差を感じたよ。スライムすら倒せない力量だから、レイナがいてくれて本当に良かったよ。レイナの助けがなかったら何度死んでいたか分からないし」カッカッと笑う凡太、
「いえ…」
(この人は一体どこで勘違いしているのだろう。スライムと善戦する力量があれば大抵の魔物は何とかなるのに…)
呆れている際中、ふと“スライムとしか戦っていない”という言葉が頭でひっかかった。
「そういえば、レベッカちゃんと一緒にタンゴの体液を取りにいったんですよね?そのときにマ・タンゴとも戦ったんじゃなかったんですか?」
レイナは研究所でマリアが「ボンタさんとレベッカが私の為に薬の材料をとってきてくれたんですよ」と嬉しそうに話すのを聞いていた。助けた本人からその話は全く聞いておらず、その本人が黙々と仕事をこなす姿を見て『息をするみたいに人助けをする人ですね』と思った。
思い出に浸っているところで凡太が返答する。
「戦ったのはレベッカだよ。俺は見ていただけ」
ドヤ顔でレベッカの凄さに驚いてもらうとする凡太。
「レベッカちゃんが戦ったですって!?」
マ・タンゴは戦闘経験のない一般市民が相手をするには厳しい魔物。ましてや少女ならなおさらだ。当然レイナは凡太が率先してマ・タンゴと戦っていたと思い込んでいた。
「ああ。凄かったぜー。素手で次々と消滅させていく姿なんて圧巻だったよ。レイナにも見せてやりたかったなぁ」
「嘘でしょ…」
(マ・タンゴは攻撃力こそ低いものの耐久力はそこそこ高かったはず。それを消滅させるレベルとなれば、上級剣士の強化した一撃くらいの威力は必要よ。戦闘経験があって鍛錬を積んでいる者がそれをやったのなら分かる。ボンタ様の強化の精度があれば不可能じゃないから。でもレベッカちゃんは全くの戦闘未経験者。その力が全くない少女を上級戦士並に強化…いや、素手だからそれ以上か…。とにかく、この強化効果は異常です)
異常さに気づいていない男が話を続ける。
「嘘じゃないよ。やっぱり才能かなぁ?戦闘初経験でこれだけの戦果上げられれば上出来でしょ」
自分の事のように嬉しそうに話す凡太。それを見てレイナが苦笑いする。
(才能じみているのはあなたの方です。これを伝えてもあなたの事だから『俺は無能だし、才能なんかないから』と言って笑うだけでしょう。でも今回は違う。努力が才能に匹敵したのです。絶え間ない鍛錬が生んだ力…。努力が才能を越えることってあまりない事だと思っていたけど、この人といるとそれが良く起こることのように思えるから不思議ですね)
自然と笑みがこぼれるレイナ。
「ある意味才能ですね」
「ある意味じゃなくて本当に才能なんだって」
「はいはい。そうでしたね」
「レベッカの大活躍を流すなよ!よし、今から存分に活躍の詳細を話してやるよ」
「それは楽しみです」
1時間ほどレベッカの武勇伝が語られる。レイナは呆れた表情を一切見せず、微笑みながら聞いていた。レベッカの活躍が話される度、凡太の関与した部分に気づくのでレベッカの武勇伝を聞いていたが、凡太の武勇伝を聞いているような感じになっていたからだ。
そんなこんなで、就寝時間。
「レイナは爆睡していていいぞ」
「いいえ。ボンタ様が寝ていてください」
一応魔物にいつ襲われるか分からないので、一人が起きて番をしていなければならない。その番役の争奪戦になっていた。
「奴隷は黙って主人の言う事に従いなさい」
「それはこちらの台詞です。主人は黙って奴隷の言う事に従ってください」
「あれ?その流れなんかおかしくない?」
「何もおかしくありませんよ。あなたには何の権限もありませんから」
「権限はあるはずじゃ…」
そう思ってレイナへの厳守事項を振り返る。(※56話)
主人の命令は無視しても良いというニュアンスの事が書かれていたことを思い出す。
「確かに権限がねぇ」
間抜けな顔をする凡太の顔を見てクスッと笑うレイナ。
「そんなに権限がほしいなら最初からそういう事項を書けばいいのに。今更ですけど、何であんな事項にしたんですか?」
「本当に今更だな。えーっと…まず、俺に魔法無効化能力が無い事は知っているだろう?」
「はい」
「誰かに精神操作魔法を使われたら確実にかかる。それでレイナへの命令権限も奪われたら最悪だろ?あと、俺に変化してレイナに命令しようとする奴もいるだろうし、そういう奴らからレイナを守る為だよ」
「へぇー結構考えていたのですね」
「この手のなりすましや操作は歴史書ではあるあるだったから当然の対策だよ。で、対策はさておき一番重要なのが、レイナに幸せになってもらう事だった」
「なっ…」“何を言っているのですか”と言おうとするも恥ずかしくなって言葉が詰まる。
「初見でレイナが価値のある人間だってことはすぐに気づいた。そんな人が色んなことに耐えて凄く辛そうな顔をしていたら、これからの人生はどうか自由に生きてほしいって思うのが当然だろ?」
「…」顔は赤いが真剣な顔のレイナ。
「自由といえば夢を追う事じゃん。だから項目の1番最初をそれにしたわけよ」
少し間をおいてレイナが口を開く。
「なぜあなたは自身の願望を叶える為に奴隷を使わないのですか?」
「とっくに願望を叶える為に使わせてもらっているよ」
訳が分からないといった顔をするレイナに凡太が付け加える。
「さっき言っただろ?一番重要なのはレイナに幸せになってもらうことだって。それが俺の願望だよ。レイナの幸せな顔を見ていると俺も幸せな気分になるしな」ニカッと笑う。
(そうだ…この人はいつも私の気持ちを優先していたではないですか)
真の願望が何かすぐに気づかなかったことに対し、悔しくなる。と、同時に嬉しくなる。自分は本当に良い主人に会えたのだと。
「仕方ないですね。今回はあなたに従ってあげます」
そう言うと凡太の膝を枕にして寝る態勢に入る。
「これなら魔物が来てもすぐに起こせるでしょう」
「気遣いありがとう。じゃあ、ゆっくり寝なよ」
こうして浅い眠りに入るレイナ。その顔は男の願望通りの幸せな顔になっていた。