第156話 不要な男
休日。凡太は早朝からレイナと共にフツノアリが生息するという王国南の森へ来ていた。レイナによるとフツノアリは生息してはいるものの見つけにくいらしい。その為、有休を1日使って2日間休みにした。なので、キャンプ道具や1日分の軽食料も持って、最初から期戦準備万端だ。
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修行仲間には練習を休みにすることを伝えた。
その際に冷たいドン引き視線&評価を頂こうと「ちょっと南の森でレイナとデートしてくる」と休む動機を捻じ曲げて伝えたら、
「秘密特訓ですね、さすがです師匠!」師匠同様捻じ曲がった思考だが、討伐訓練という本動機にかする優秀な弟子。
「お前にそんな思考があったなんて驚きだ。まぁしっかりやりなよ、おっぱい隊長」意味深に頷くイコロイ。
「くれぐれもレイナさんには迷惑をかけないようにね」保護者ポジションが板についてきたレベッカ。
「デートかぁ、いいなぁ。あ、えっと…楽しんできてくださいね!」なぜか慌てて顔を赤くするマリア。
(何か思っていた反応と違う…)
結局彼らから低評価を頂くことはできず、唯一冷たい視線を頂いたのは最初から事情を知っていたアイのみだった。
この後、本目的のフツノアリ討伐兼フツノ玉回収を伝えるも、
「やはり秘密特訓でしたか。敢えて言わないところが師匠らしいですね」
「フツノアリ?あーあの雑魚アリか。じゃあピクニックみたいなものだろ。やっぱりデートじゃないか」
「フツノアリですって!?レイナさんがいるから大丈夫だと思うけど、くれぐれも無茶しないようにね」
「危険な状況…吊り橋効果…より絆が深まる2人…いいなぁ。あ、えっと…頑張ってくださいね!」
(俺のボケが完全に流されている…。何なのこの人達…)
結果的に自分が一番ドン引きするハメになった凡太であった。
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場面は再び森に戻る。
少し奥に進むといきなりタクシーサイズの灰色大蜘蛛が現れる。凡太はその蜘蛛を図鑑で見たことがあった。
モクモックモ。お尻の部分の体毛が雲のようにモクモクしているのが特徴。その体毛を硬化させて散弾銃のように飛ばして攻撃してくる。硬化させた体毛は鉄に刺さるほどの威力なので、皮膚を軽く貫通する。また、牙には麻痺効果があるので要注意。他は通常の蜘蛛と一緒で口から糸を吐いて獲物を拘束することができる。
凡太は虚像探知を発動させ、体毛散弾攻撃に備える。
(体毛を硬化させるくらいだから、他の箇所も当然硬化してくるだろう。長期戦は避けられんな)
防御型の魔物と判断し、長期戦を覚悟する凡太。
ため息を吐き、憂鬱な気分になっていると、
シュバッ!
何かが空気を切り裂く音が聞こえた。その音の方を見るとレイナがいて、剣を鞘に戻しているところだった。
「剣を鞘に戻す練習でもしていたのかな?」
なんとなくこれから起こる事が予想できたので、衝撃を味わう前に小ボケをかまして心にゆとりをつくる。そんな小細工のことなどお構いなしにレイナが返答する。
「いえ、軽く素振りの練習をしただけです」
鞘に剣先が収まり切った瞬間、モクモックモの体が縦に綺麗に割れ始めて紫色の体液が噴水のように溢れ出た。先程の空気を切り裂く音はレイナがクモを一刀両断した時のものだった。その光景を見たことで精神的衝撃が凡太へ徐々に伝わっていき、
「あのクモをたった一振りで倒すなんてどんな強さしてるんだよ!凄すぎだろ!」
一般人枠として最低限のリアクションワークをこなす凡太。給料はでないが、良い働きぶりだ。そんなことなどどうでもいいと言わんばかりにレイナが話を続ける。
「大したことはありません。あと、まだこれからですよ」
モクモックモの特徴はもう一つあって、1匹がやられた際に特殊な発信信号のような魔力を飛ばすことで周囲1㎞圏内にいる仲間が煙のようにモクモクと集まってくる。今回は10匹ほど集まった。
10匹集まったことで凡太が最悪なパターンを想像する。
(もし、体毛を一斉に放たれたら逃げ場がなくなってやばくないか?)
怯える凡太。クモはその期待を裏切らず、お尻の体毛を硬化させていく。一斉放火の秒読み開始だ。
「終わった…」その言葉と共に放たれる体毛の雨。絶望的な状況だ。
「いえ、終わるのは向こうの方です」
レイナが凡太に優しく微笑んだ後、高速で剣を周囲一帯に何度も振る。斬撃が発生し、凡太とレイナがいるところを起点に硬化体毛を打ち落としながら広がっていく。そして、その斬撃はモクモックモ達へと向かっていった。
ザンッという音と共に、体液を噴出させてバラバラになっていくクモ達。攻撃は最大の防御という言葉があるが、今回はその逆の防御が最大の攻撃となった良い一例である。
「さすが、レイナ。以前より格段に強くなっているな」
「以前は呪いで能力半減状態だったので元に戻っただけです。あと、まだまだ3割も出していませんよ」
「頼もしいね。フツノアリもこの調子で頼むよ」
「はい。任せてください」
笑顔で答えるレイナの姿を見て、実力差を思い知った男が心の中で一言叫ぶ。
(今回俺いるー?)
もうあいつ一人でいいんじゃないかな状態になる凡太であった。